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21 人としての選択

 フェールが普段過ごしている借家は街の北端にある。

 中央から離れていて利便性は悪く、また治安もあまり良くない。

 その代わり安く借りられ、審査も緩いので訳アリの住人が多いとか。 

 

「ただいま~。はぁ、疲れた。ねむ~い」


 鍵を使って中に入ると、そのまま力尽きフェールは木目の床に寝転がる。

 隅にベッドが一つ置かれて、衣装棚の隣には武具が無造作に置かれている。

 いつも思うが、綺麗というよりは何もない部屋だ。面倒臭がりな彼女らしい。


「しかし意外だったのは、ご近所付き合いもしっかりしているんだな」


 途中、通りがかった人たちから何度も声を掛けられた。

 その一人一人が彼女の体調を気にしていて、あと妙に俺は警戒されていた。

 

「んー、意識した事はないけど、私が出歩くだけで空き巣とかが減るみたいなんだよね。それでみんなありがたがって声を掛けてくれるんだよ。おかげで愛着が湧いちゃって引っ越しし辛くて。困った困った」


「フリーの用心棒代わりか。まっ、一人でも十分やっているようで安心した」


「【鍋底】のお母さんに心配かけてばかりなのも悪いしね」


「まだそのネタを引っ張るか……! それから床で寝るな。服が汚れるだろう」


 ベッドに寝かしつけて毛布を被せる。それから額に水で冷やした布を乗せる。

 街の屋台で買ってきた食べ物をお皿に並べて、本当なら手作りを振る舞ってやりたいが。

 

「悪いな。リンネを待たせ過ぎてもいけないし、出来合いの物で我慢してくれ」


「そっか残念。でも食べ慣れているはずなのに、いつもよりおいしいのは愛情のおかげかな?」


「屋台のおじさんの愛情だな」


「ぶーぶー。そういうの求めてなーい」


 フェールは文句を言いながらも、差し出した食べ物を口にしていく。

 やはり彼女も冒険者。用意した食事は好き嫌いなく全部平らげてしまった。


「汗を拭く布と水も用意したぞ、それと着替えも。これはあとで自分でやってくれよ?」


 こういう時はいつもエレナに頼んでいるのだが。生憎、不在なので本人に任せるしかない。


「オルガって、いつもこうして世話を焼いてくれるよね」


「勘違いしないように。別にお前が特別なんかじゃない。マイトにだって同じようにやってるさ」


 【鍋底】は昔から自己管理ができていない子が多いのだ。

 あのお利口なマイトですら、道具開発に集中し過ぎて倒れる事がある。

 そういう一面も可愛らしいと思う。頑張っている人間は無性に応援したくなるものだ。 


「……オルガ、不安なんでしょ? いいよ、私の前でそうやって隠さないで」


 ここからが本題とばかりに、フェールは声色を真剣なものに変える。


「人造魔神の遺骸の話を聞いてから、ずっと怖い顔をしてたよ。そういう時に限って、誰かの世話を焼きたがるよね」


「自分で意識した事はないが、だからご近所さんから頻繁に声を掛けられたのか……」


 怖い顔を浮かべた男が知り合いの女性を支えていたら、さぞかし不審者に見えていた事だろう。


「きっと大丈夫だよ。もしもの時は、私がオルガを守るから。唯一の理解者である私が」


 いつもいい加減な性格の癖に、他人の心の機微には敏感で。

 俺が本当に困っている時は、命を賭してでも助けようとする。


「……お前に正体を知られたのが、俺の人生で一番の失敗だったよ」


 実はフェールは、俺が人造魔神である事を二年前から知っている。

 彼女を助ける為に俺は初めて、隠してきた魔神の力を争いに使ったのだ。

 街では一時大きな騒ぎとなり、何度か正体がバレそうになったが、無事に済んでいる。


「雨の日に血だらけで倒れていた人物を匿ったら、ソイツが元殺し屋で、私怨を集めすぎて暗殺者に狙われているっておかしな状況に巻き込まれたからな。しかもだ、口封じに俺まで殺されそうになった」


「そ、それは、巻き込んだのは悪いと思ってるよ……! てか一番の失敗って酷っ!」


 彼女を助けようとしたというより、自分を守ろうとしたというのが正しいかもしれない。

 元殺し屋と聞いて匿った事を若干後悔したので。本人曰く、悪人しか狙っていないらしいが。


 とまぁ、その一件以降。フェールは俺に恩義を感じていて、今の関係がズルズルと続いている。


「これでも私は破門にされたけど【守り人】なんだ。仕えるべき主には躊躇いなく命と剣を捧げるよ」


「【守り人】って王侯貴族専門の護衛人だろう? 俺のような小庶民には似合わないぞ」


 仕える国は選ばず。要望があればどのような人物でも守護する。それが【守り人】だ。

 幼少期から人と戦う技術だけを叩き込まれ。それ以外は、感情すらも不要と切り捨てられる。


 兄弟姉妹で別々の国に送られ、戦争が始まると、親族で敵同士になる事もあったらしい。

 噂では肉親相手でも、躊躇いなく殺せるように訓練させられるとかで。碌な話を聞かない。


 雇い主にとっては忠実な傀儡だが。他の護衛たちからは人造魔神と同様に恐れられている。

 彼ら彼女らは人の姿をした鬼神であると。フェールに対してはそういう風に感じた事はないが。

 

「私は元々仕えていた人物を、帝国の上級貴族を【血塗られた三ヵ月】で見殺しにして、生き恥を晒し家名を汚した罪で追い出された身だから。剣を振るうしか脳がないし、当時はまだ八歳で自我を持っていなかった。大人から搾取されないよう必死で生きた。といっても結局、いいように利用されて殺し屋なんてものをさせられていたんだけど……」


「八歳で上級貴族の護衛任務……? それに失敗して追い出されたって……無茶苦茶だな」


 フェールの身の上話を詳しく聞くのは、これが初めてだ。

 本人は黒歴史として語りたがらなかったので。内容は壮絶だった。


「そうみたいだね。私の家ではそれが普通だったから、おかしいとも思わなかったよ。家族から存在を否定されて、戦場で死んでいた方が名誉を傷付けずに済んだとまで言われて。自分がこの世界から必要とされていないんだと思ったんだ」


 過去を語るフェールはそこに悲壮感などはなく。まるで日常会話を交わすようでいて。

 本当に、それが当たり前だったんだろう。俺はどんな顔をして聞いていればいいのか悩んだ。


「だからね。初めて会った時から、オルガには親近感があったんだよ。あぁ、この人も同じなんだって」


 瞬間、俺はいつもの自分を取り戻す。


「……嘘を付け。お前は最初、助けようとした俺の事を強姦魔だとか叫びながら噛み付いてきたぞ? 今でもその時の傷が残っているんだからな! どの辺りに親近感があったんだ!?」


 右肩に刻まれた消えない赤い痕を見せつける。

 人造魔神の治癒能力でも治せないって相当だぞ。


「あーらら。誤魔化そうと思ったけど証拠が残ってたかぁ……。男なんて困ってる女を見つけたら、下心あって近付く連中ばかりだったし。実際、私に声を掛けてきた連中は身体目当てしかいなかったもん」


 フェールは苦笑いを浮かべながら、俺の肩の傷を「ごめんね痛かったよね」と優しく撫でていた。

 

「まぁ年若い女性がずっと一人で生きてきたんだ。男に警戒して当然だろうな」


 俺が拾った時は暗殺者に狙われていたし、家族からも捨てられていた。

 心から信じられる相手がいなかったのだろう。そう思うと、よくぞここまで持ち直したな。


「殺し屋をやってた時は、寧ろそれを武器にして、男相手に有利に戦ってたけどねー」


「お前、昔から逞しすぎるだろ。心配して損した」


 じゃあ今でも相手の油断を誘う為に、無駄に肌を露出させているのか。

 未だに殺し屋の癖が抜け切れてないじゃないか。いずれ新しい服を押し付けよう。


「でもオルガって、無理やり私を連れ去ったと思ったら、エレナちんと一緒に世話を焼いてくるし。次の日にはマイトちんも持ち帰ってきて。あー、この人ってただの馬鹿かお人好しなんだって思ったよ」


 馬鹿は余計だが。当時を振り返ると、俺も直前に別れを経験して心に余裕がなかった。

 誰かの世話を焼いている間は、辛い記憶を忘れられる。別に完全な善意で助けた訳じゃない。


「……正直、お前の話を聞いていると、俺もまだ幸せだったんだなと思うよ」


 テイマーの里に預けられて、爺さん婆さんたちという理解者を得られて。

 こうしてまっとうに生きているんだから。人造魔神である事すら時々忘れるくらいに。


「……そうでもないよ。こんなどうしようもない私でも、生きる権利くらいは与えられているんだから。オルガは正体がバレたらその場で殺されるんだよ? 私なんて全然楽な方だよ。オルガは怪我の治療だって受けられないんでしょ?」


「そうだな」


 表面上は訓練で誤魔化せていても、身体を調べられると、どうしても隠しきれない。

 特に治療魔法は魔神の臓器と相性が悪いのか、僅かに拒絶反応を起こすので正体がバレる。


 小さい頃から大怪我だけはするなよと、爺さんたちに強く言われたものだ。

 軽い怪我なら常人より治りが早いが。それすらも正体に繋がるリスクではある。


「オルガは抱え過ぎなんだよ。もっと探せば楽に生きる方法だってあるのに。何でよりにもよって魔神を喰らう神獣と契約しちゃうかな……。リンネちんが悪いとは言わないけど、他に適任者はいなかったの?」


 あれは半ばリンネに強制的に契約を結ばされたんだが。

 拒絶できなかった俺にも原因があるか。前世の因果が強すぎた。


「というか、何でリンネちんはオルガの正体に気付いてないんだろ」


「それは……俺も前々から疑問だったな」

 

 初日から正体がバレると思っていたのに、今日まで何故か無事に済んでいる。


「今のリンネは数千年間のブランクがある。それに力の殆どを封印維持に回していて、リンネは現状、普通の人間とさして能力は変わらない。神獣としての嗅覚が衰えていても別段おかしくはないが……」


「それは普段の様子を見ていたらわかるよ。張り切り過ぎてよく何もない場所で転んでるし、頑張り屋さんだけど基本的に不器用で。……ちょっと健気な愛玩動物みたいで可愛いよね?」


「可愛らしいのは同感だが。本人の前では言うなよ? 繊細で傷付きやすいんだから」

 

 裏でこんな話をしていたんだと知ったら泣くぞ、絶対に泣く。


「あと一緒に暮らしていてわかったが、あの子にとって主様というのは絶対的な聖域なんだ。それは前世での信頼関係を引き継いでいるからこそだろうが。あくまで推測だが、リンネも違和感を覚えていても、気付いていない振りをしてくれている。主様を疑う行為自体を忌諱(きい)しているんだ」


 リンネの主様への忠誠心は本物で、それは魔神を喰らうという本能をも超えている。

 そうでなければ前世の縁があるにしても、初対面からあれだけの信頼をぶつけてこない。


「それじゃあ、リンネちんがこの先オルガの敵になる事はない感じ?」


「どうだろうな。今のところ確実な証拠がないから忠誠心が上回っているだけで、もしも完全に言い訳の余地もなく正体が発覚したら、本能が上回るかもしれない。すべてはリンネの気持ち次第だ。俺たちがどうこう言える事じゃない」


「……その仮説が正しいのなら、このまま闇の聖遺物の再封印を進めていけば、リンネちんはいずれ本来の力を取り戻す。きっとオルガの正体にも気付いちゃうよ……?」


「だろうな」


 それがどの程度先の話かはわからないが。歩みを進めれば、遠くない未来に訪れるだろう。


「もう……やめようよ。リンネちんには悪いけど、別の大陸に逃げるとか。お互い心から信頼し合っているのに、いつか敵同士になるかもしれないだなんて、あんまりだよ。他の子たちだって……」


 他の子たち――エレナもマイトも、人造魔神に人生を狂わされた被害者だ。

 今の信頼関係が、憎しみに反転する可能性を考えたのか。フェールは唇を噛んでいた。


「……俺にはどうしても、この場所で果たさないといけない目的があるんだ」


 今まで誰にも話した事がなかった目的を、彼女になら教えてもいいだろう。


「移植された部位が腕や足なら良かったんだが、俺の場合心臓だろ? もしも何らかの不具合が生じた時に即、生死に直結するんだ。今のところ問題もなく健康そのものだけど、それも何年持つかわからない。誰も保障できない。治療だって受けられない。逃げようとして逃げられるものじゃないんだ」


 俺が冒険者になった一番の理由は、この身体をどうにかする為だ。

 エリュシオン大陸には人造魔神の研究施設がまだ幾つか残されている。

 当時の関係者の生き残りを捕まえて、叶うなら人間の肉体を取り戻したい。


「それにだな。人造魔神っていうのは、人でもなければ魔神でもない中途半端な存在なんだ」


 俺は、俺の事を誰よりも案じてくれるフェールに笑いかける。


「人であろうとしなければ、あとは闇に呑まれるしかない。いずれは魔神に意識を乗っ取られ破滅的な思考に囚われる。そうしていつかの【血塗られた三ヵ月】のような悲劇をもたらす化物になるんだ。お前の事だって襲ってしまうかもしれない。俺はそんなのは……死んでもごめんだな」


「だから、人としての選択をするって……?」


「ああ、もし自分が純粋な人間だったらと想像したらさ、喜んでリンネの使命に協力していたと思うんだ。闇の聖遺物を放置すれば、本物の魔神が復活するっていうんだろ。だったら人として、人を守る為に俺は行動する」


 ちょっとカッコつけてしまっただろうか。目の前のフェールは不服そうにしていた。


「もうっ、オルガは普通の人間に憧れすぎて、変に拗らせちゃってるよ。そんな理想だけを追い求める人なんて今時希少種だよ。筋肉馬鹿のラングラルくらいだよ! 普通はどこかで挫折したり、失敗して妥協したりするのに。人間ごときに夢を見過ぎ!」


「ほら、冒険者って夢や理想を追い求める人間を体現したものだろ? 別におかしくないぞ!」


「おかしい! あーあ。わかってたけどオルガって本当腹が立つくらい、潔い生き方をするんだ」


 まるで最初から俺の考えを知っていたかのように、フェールは苦笑する。


「【守り人】として育ったのに、家族に捨てられ、騙されて殺し屋に転身して、あげく暗殺者に殺されかけて。もうすべてを投げ出したくなって、目的もなくフラフラしていた過去の自分が、馬鹿で惨めに思えてくるよ。やっぱり私には、今からでもそんな真っ直ぐな生き方は真似できそうにない。はぁ、落ち込むなぁ……頭痛くなってきた」


「そこまで自分を悪く言わなくていいだろうに。体調が優れないなら早く寝ろ」


 俺も決して、自分の生き方が賢いとは思っていない。

 でもどうしてだか、フェールからすると眩しく映るらしい。


「でも――だからこそ一緒に居て満たされるのかな……。うん、きっとそうだ。羨ましいのと同じだけ、私はオルガに惹かれている。欠けている物を満たしてくれる人だから。だからもう一度、【守り人】として、この人に剣を捧げたいと初めて自分で思えたんだ。オルガは絶対に死なせないよ……私が守るから」


 一つ一つ噛み砕いて自分に言い聞かすように、フェールは想いを吐露した。

 隣で聞いていた俺は、ある種告白じみたその内容に、照れ隠しも含めて返事する。

  

「……お前も十分に真っ直ぐな奴だよ。そんな情熱的な言葉を本人の前で吐けるんだからさ」


「いひひ……きっとそれは頭の熱と、誰かさんのせいだよ。明日になったら忘れてよね」

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