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2 新大陸の冒険者

 Gランククラン【鍋底】を抜けて、一人公園の片隅の薄汚れたベンチに座る。

 道中、まだ陽も明るく。これから依頼を受け仕事へと向かう人々とすれ違った。

 その誰も彼もが、華やかな装備を身に着けており、みすぼらしい俺とは対照的である。


「爺さんたちの反対を押し切って、新大陸――エリュシオンを訪れて、早三年。無我夢中で走り続けてきたが。まさか、こうして身包みを剥がされるとはな。んー、下着まで要求されなかっただけマシと思うべきか?」


 全裸で放り出されていれば、それはそれで大事となるので。決して奴の優しさではないだろう。

 身体を倒してベンチの上で横になる。辺りから憐みの視線を向けられるが、気にも留めず目を瞑る。


「さてと、ありがたいことに長い休暇を与えられた訳だが、これからどうするかなぁ」


 俺が今いるエリュシオン大陸はかつて、神々の戦場となった伝説が残される場所だ。

 それだけに、神聖な地として。例え何者であっても立ち入りを許されていなかったのだが。

 とある時期に悪魔の大軍がこの地で発生し、各国に甚大な被害をもたらす切っ掛けを作りだした。


 俗に言う【血塗られた三ヵ月】と呼ばれる大厄災。

 八つの国家の消失と数百万の犠牲者。行き場を失った難民たち。

 今も尚続く食料問題などなど。十年経った今でも大きな傷跡を残している。 


 当時、大陸を管理していた小国が悪魔を産み出したとして。

 二大国家連合軍による大規模侵攻に押し潰され、最期には崩壊した。


 管理者を失った大陸をどうするか。余力のある二大国家が協議の末、共同管理という形を取り。

 そうして紆余曲折を得て、つい五年ほど前から、聖地へ誰でも自由な行き来が可能となったのだ。 

 

 これまで人の手が殆ど加えられていなかった、未開の地にして神々の大地。

 当然ながら、お宝の匂いに誘われ様々な人種が、遠方からはるばるとやってきた。

 たったの五年で大陸の六割は踏破されたという。地図に載る拠点も五つほど誕生した。


 エリュシオン大陸は巨大な龍頭と似た形状をしており、長く伸びた前角の部分。

 【龍の角】と呼ばれる地の中部にある”ここ”港街エステルはエリュシオンの玄関口だ。

 今日も荒れ狂う波を越えて、大きな希望を胸に、新大陸へとやってきた人々が船を降りる。


 港街エステルは、そんな彼ら彼女らの初期拠点となっている。

 【龍の角】は散々攻略され尽くした土地であり、比較的安全な場所だ。

 自然豊かな環境が残され、外の大陸では貴重な鉱物資源にも恵まれている。


 普通の観光客も多く滞在しているが、街を歩けばやはり冒険者が圧倒的な数だ。

 適性さえあれば身分に関わりなく仕事が得られるので、【血塗られた三ヵ月】以降は毎年志願者の数が増加傾向にある。おかげさまで、同業者同士実入りのある仕事を奪い合うこともしばしば。


「――聞いたか? また街の近くにダンジョンが発生したんだとよ。冒険者ギルドではさっそく調査隊の人員を募集しているそうだ。確か今回は五〇人程度だったかな。それなりに歯応えがありそうだ」


「マジかよ、つい二ヵ月前も同じような話を聞いたぞ? 最近、エリュシオン全体で魔物が活発化し始めていると噂で聞くし。これは良からぬ風が吹いてきたな……かつての大厄災が繰り返されるとでもいうのか……!」


「なーにカッコつけてるんだ。これは冒険者にとって大金を稼ぐまたとないチャンスなんだぞ。魔物を討伐すれば街の住人には感謝されるし、調査隊に加われば分け前が貰える。古の聖遺物も見つかるかもしれない。実績だって上げられるんだ。まさに良い事尽くし。ほら、さっさと応募しにいくぞ! 急がねぇと締め切られちまう!」


 偶然、傍を通り掛かった二人組の冒険者の会話を耳にする。

 新大陸のダンジョン。心躍らせる内容だが、生憎Gランクには関係ない。

 最底辺の落ちこぼれには、そもそも入場の権利すら与えられていないもので。


 神々の力の残滓を宿した地には、ダンジョンと呼ばれる洞窟が発見される事がままある。

 元々存在していたものから、何らかの要因で自然発生したものまで。外の常識は通用しない。

 中には財宝を隠した宝箱が見つかったりと、何故そういった物が残されているのか未だ不明らしい。


 この地で発生する現象の多くは、人の欲望を満たし、時には心を惑わす。

 冒険者たちからは【神の悪戯】と呼ばれ。この地に住まう者にとって日常となっている。


 俺も【鍋底】に所属していれば、今頃おこぼれ程度は預かれたかもしれない。

 記憶では前回はダンジョン近辺の捜索と、冒険者たちが放棄した道具を回収していた。

 仮契約で獣を使役し拾ってきてもらい、それを売って何とかクランの維持費を賄ったのだ。 


「まっ、今はダンジョンなんてどうでもよくて、俺自身の今後の身の振る舞い方を考えないと」


 貧乏クランに退職金なんぞ存在せず、手持ちも僅かしかない。

 頼りの装備すら失いどうしようもない状況だ。まさに絶望的である。

 しかしどんな苦境であれ時間は刻々と進んでいく。立ち止まる暇はない。


 ――俺はまだ冒険者を辞めるつもりなどはなかった。

 あの偉そうなグラディオの言いなりになるのが癪だったのもあるが。

 単純にエリュシオンを離れるにしても船代は掛かるし、まだ俺は”目的”を果たせていない。


 これまでお世話になった人たちを悲しませてまで、この茨の道を選んだというのに。

 どんな顔をして戻ればいいのか。きっとこんな俺でも爺さんたちは受け入れてくれるだろう。

 だが、恩人たちに迷惑を掛けたくはない。最後まで……自分の面倒は自分で片付けるつもりだ。


「うーむ。薬草採取の依頼とか残ってないだろうか。簡単な依頼は【鍋底】が掻っ攫った可能性があるが。グラディオの性格上、時間と面倒が掛かる依頼は避けるだろうし、見落としがあるかもしれない。Gランクでソロだと信用が足りず、まず審査で落とされるかもしれないが、ここはダメ元で探してみるか」

  

 危険な討伐依頼はまず無理だとして、採取依頼なら豊富な経験がある。

 これまで積み上げてきた貯金も多少は残っているが、あくまで頼るのは最終手段。

 明日の朝日を拝むには労働するしかないのだ。頬を叩き気合を入れてベンチから立ち上がる。

  

 ――つんつん


 いざ依頼を探しに、冒険者ギルドへ向かおうとした矢先。背中から服を軽くつままれた。

 振り返ると、黒い三角帽子で隠れているが、長い金髪を揺らした少女が気配を消して立っていた。

 片手に重厚感のある太い魔鉄製の棒が握られている。少女が持つにしてはやや不釣り合いな杖である。


 いや、果たしてこれは杖と呼べる代物なんだろうか。

 エステルでは多種多様な冒険者と数え切れないほどすれ違うが。

 このような杖を好き好んで使う人物は、俺の記憶では一人しかいない。


「いつからそこに潜んでいたんだエレナ。一応伝えておくが【鍋底】は反対側だぞ?」


「……んっ」


 固く口を閉じていたエレナは、気付いてもらえたのが嬉しいのか、少しだけ口元を緩めた。

 ここまで彼女は走ってきたらしく、少し汗ばんでおり、いつも華やかな深紅の衣服が乱れている。


 追放される際は不在だったが、彼女も【鍋底】の一員だ。歳は十七で一つ年下。

 俺と同じ古株で創設時から携わっている。気弱で身体も小さいが、気が合う仲間だった。

 そして役立たずの烙印を押された俺と違い、彼女はこんな時間に、ここに居るべき存在じゃない。


 まさか、グラディオが考え直して彼女を遣いに俺を連れ戻しに来たんだろうか――ないな。

 用件を聞くと、エレナは俯きながら近くに居てギリギリ聞き取れるほどの小さな声で話し出す。


「……グラディオくんに、色々言われて。【鍋底】に居づらくなって……抜けてきた」


「おいおい、エレナもなのか?」


「え……オルガくんも? そ、そっか、一緒……だね」


 人との会話が苦手なエレナは、そこで一区切りつくと、胸元を押さえた。

 揺れ動く帽子の隙間から、彼女の綺麗な紅瞳の下、頬に濡れた痕跡が残されている。

 他にも何人もクビにされているだろう。グラディオめ、俺が居ないからって好き勝手してるな。


「俺は元々奴に嫌われていたし、まだ追い出された原因がわかっているが。優秀なエレナが【鍋底】を追いやられる理由がわからないな。一体奴に何を言われたんだ?」


「……そ、それは。『俺の愛人になれば、相応のポジションを用意してやる』って……」


「おえっ……気持ちわる」


 キザったらしく語るグラディオを想像して吐き気に襲われた。まったく似合わない。

 エレナは自分の華奢な身体を抱いて震えている。言われた本人はもっと辛かっただろう。


「……頑張って、『嫌だ』って断ったら、グラディオくん真っ赤になって怒って……怖くて」


「そうか、よく勇気を出して断ったな? 良かったぞ、暴力は振るわれていないようで。その前に逃げ出したんだな?」


「……うん」


 グラディオよりもエレナの方が断然腕が勝るのだが、そういう問題でもない。

 彼女は人見知りだし、大きな欠点もある。最悪、強引に押し倒される恐れもあった。

 そこまでの愚行は働かないと思いたいが、冗長した奴は平気で罪を犯しそうな勢いがある。


「グラディオも馬鹿だな、これまでクランを支えていたエレナを手放すとは。考えなしにも程がある」


「引継ぎもできてないよ……? 今月分の提出書類も中途半端だし……」


 書類の件もあるが、それだけでなく。グラディオは昔からエレナに惚れていたのだ。

 自分の物にならないからキレるとはどこまで横暴なんだ。あれでも昔はまだまともだったんだが。

 同じGランク冒険者を受け入れていくうちに、自分に力があるものだと勘違いしてしまったんだろう。

 

 さっきまで自分の事で精一杯だったが、【鍋底】の後輩たちの身が心配になってきた。

 俺を追い出そうとした子も居るが、エレナと同じく不在だった子も何人か残されているのだ。

 中には俺の事を強く慕ってくれていた子たちも居て、今となってはもうどうしようもないのだが。


「これから気分転換に採取依頼を受けようと思うんだ。エレナもどうだ? 参加するか?」


「……うん。落ちこぼれ同士、助け合って、程々にいい夢を見る」


「懐かしいな。今は亡き創設当初の理念だった。って、もう【鍋底】の話は隅に置いておこう」


 これ以上過去を語っても、未練がましくなってしまう。

 完全に縁を切ったんだ。ここから新たな一歩を踏み出さないと。

 俺たちは冒険者ギルドの門を潜った。そして手頃な依頼を引き受けた。


 内容は希望通りの薬草採取。幸運にも一つだけ残されていた。

 要求数は最低でも二〇本。そこから先は数に応じて追加報酬が貰える

 成功報酬は銀貨一枚と基本相場と比べると低めだが、上乗せできるのが魅力だ。


 ちなみに銀貨一枚では食事付きの宿には泊まれない。

 交渉すれば可能性はあるが、Gランクは何かと足元を見られがちだ。

 二人で協力して六〇本を目標に。銀貨三枚もあれば一日は何とか過ごせるだろう。


 冒険者ギルドから出て俺たちは街の外へと向かう。

 時刻はちょうど昼過ぎ。急がないと余裕はあまりないか。

 普通の冒険者が簡単にこなせる依頼でも、Gランクは苦戦するのである。


「わんわお!」


「おっと、なんだなんだ?」


 街を出てすぐ、白いモフモフが飛び込んできた。

 赤い舌を出しながら、俺たちをつぶらな瞳で見つめている。

 鼻をしきりに動かし、足元までやってくると、頭を擦りつけてきた。

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