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15 英雄と大賢者の血筋

「そうか……わかりました。先輩、奴の腕です!」


 ずっと考え事をしていたマイトが、手を叩いて大きな声を出した。


「マイト、腕とは一体何だ?」


「後方から相手の全貌を見ていて気付いたのですが。先程の三ヵ所同時攻撃を防ぐ瞬間、三本目の腕が使われていないのに、拳を不自然に握っていたんです。つまり岩の盾は拳の数と同じ。奴は変幻自在の盾を四ヵ所に配置できるんですよ!」


「うん……確かに。言われてみれば、三本目を閉じていた。私も見えていたよ……!」


 観察眼の優れた二人がそう言うのであれば、ほぼ間違いない。

 

「つまりだ。本体を狙うには、最低でも四ヵ所から同時に攻める必要があるのか。それにトドメを刺す要員としてもう一人。俺たちの戦力で手が足りるのか……?」


 まともに戦えるのは俺とフェールとサイロ。次点でガルムとなるが。

 リンネもマイトも前線で戦えるほどの力は持っていない。最低でもあと一人、欲しい。


「ふぅ……大丈夫。ここに居るみんなは、誰も責める人はいない。私なら……できる」


「エレナ様?」


 何度も自分に大丈夫と言い聞かせ、覚悟を決めた面持ちで、エレナが前に出てくる。

 閉じた両目を見開くと、人見知り少女の瞳が――今だけは戦士の眼差しを宿していた。


「お、エレナちん。本気を出すんだね」


「いけるのか、エレナ。無理だけはするなよ?」


 無言で大きく頷くと、エレナは黒い三角帽子を脱いで煌びやかな金髪を揺らした。


「フェールちゃん、剣を貸して。血を流さない相手なら……私も戦える!」


「どうぞ、安物だけど。世界最強のオルレアン傭兵団、元副団長補佐様の実力を発揮してちょうだい!」


 フェールは右手のショートソードを投げ渡す。エレナは視線を動かさず受け取った。


「もう……随分と腕は鈍っているけど。でも、相手の動きは全部覚えたから。知らない人もいないし、緊張もしないよ……!」


 剣を力強く握り締めて、エレナは一人走り出す。


「ゴゴゴゴ……」


 エンシェントゴーレムが片腕を大きく振りかぶり、これまでと同じ動作で叩きつける。


「ここ……だっ!」


 エレナは安物の剣を地面に突き刺し、持ち手を踏みしめ、飛翔。

 妨害する岩の盾を蹴り、揺れを回避しつつ、斜めに落ちた腕の上部に着地した。


「……す、凄いです、エレナ先輩が空中盾を踏み台に飛んでいます!」


「えっ、というか私の剣は使わないの!? 土台代わり!?」


「そりゃ、あの武器じゃ本体へは通じないだろうしな……」


 続けて愛用の魔鉄杖を取り出し、詠唱を始める。あれは――フレイムショットか。

 ってヤバい。久々の本気でエレナが手加減を忘れているぞ。首筋から冷たい感覚が。


「……後ろだ、死にたくなければ後方に下がれ! 爆発に巻き込まれるぞ!?」


「……リンネさんこちらです!」

「えっ、あっ、わかりました」

「にっげろ~!」

「わうわうわう!!」

「わうぅ~!」


「この距離なら、岩の盾程度では……防ぎ止められないよ!」

 

 火属性の、それも初級魔法である炎弾が、次々発現し膨張していく。

 莫大な魔力の余波でダンジョン内の壁に亀裂が走る。火の粉が渦を巻いた。


 最後にエレナが後ろへ飛んで、空中で詠唱を解き放つ。

 いつも細々とした彼女の声が、今だけは鮮明に耳に届いた。

 

「フレイムショット!!」


 激しい爆発音が連続で響き渡った。合計五発の炎弾がゴーレムにぶつかっていく。

 ここが神人によって作られた部屋でなければ、漏れなく生き埋めになっていただろう。

 それほどの威力が盾に遮られながらも衝撃を伝え、超質量のゴーレムを壁際へ押し遣った。


「ゴゴゴ……ウゴゴゴ」


 爆風に煽られて、少女の身体がこちらへと飛んで来る。

 俺は受け止めようと待機して……普通に隣で着地していた。


「ゴーレムの核は対魔法防壁があるから、魔法でトドメとはいかないね……」


「ごほんっ……身体は大丈夫なのか? かなりの距離を飛んで来ていたが」


「あっ、うん……大丈夫。これでも鍛えてるから。心配してくれて……ありがとう」


 恥ずかしそうにして、エレナが小さく微笑んだ。

 効果が薄いと言いながらも、かなり有効打に見えていたが。

 エンシェントゴーレムは壁を背にしていて、もう自由に四本の腕を振るえない。


「な、なな、エレナ様が……ここまでの実力を隠し持っていらっしゃったとは。普段の様相からは想像もつきませんです……!」


 リンネが預かった黒い三角帽子を握り締めて、驚いて耳をピンっと伸ばしていた。

 いつも弱々しい姿を隣で支えていたから。初めて目の当たりにする本気に仰天している。


「これが現代の英雄と、稀代の大賢者の血を受け継いだ【神人の再誕】の真髄か……」

 

 エレナの父親は、英雄――数千人規模の傭兵を束ねる大団長なのだ。

 彼女自身もかつては、そこで副団長補佐を務めるほどの実力者であった。

 しかし、とある事件をきっかけに。精神的な病を患い心を閉ざしてしまう。

  

 彼女は人造魔神によって実の母親を、偉大な大賢者と故郷を奪われている。

 血の海に倒れた大切な人たちを目の当たりにして、血を受け付けなくなったのだ。


 冒険者ギルドには大陸各地の情報が集まってくる。独自の情報網を得られる。

 彼女が【鍋底】で活動し、冒険者を続けていたのは、復讐という目的を果たす為だ。


 【血塗られた三ヵ月】で連合軍相手に生き延び、世界中に散らばった人造魔神。

 今も人間の皮を被り、のうのうと暮らしている醜悪な化物をその手で討ち滅ぼす為に。


「……私たちでもう一度盾を消費させ、この中で一番近接攻撃力があるオルガくんに託すよ。フェールちゃん、合図をするから、息を合わせて……!」


 まずエレナが飛び出して、エンシェントゴーレムの足踏みを華麗に躱していく。

 掠り傷でも負えばそれだけで戦闘不能だ。本人も弱点を理解しているからこそ、隙が無い。

 闘志を剝き出しに、決して傷を負う事がない彼女の戦い方は、見る人を圧倒させる気迫がある。


「あいあい。あんなの見せられたら、私だって負けてられないよっ!」


 続けて対抗心を燃やし、同じ道筋をフェールが走り抜ける。

 程よく力が抜けている彼女はエレナと対照的だが、実力に基づいた安心感がある。


「本気さえ出せれば、エレナちんは強いね。これで血が怖くて戦えないだなんて、もったいないなぁ」


「怠惰でサボり癖のあるフェールちゃんも、同じだよっ……!」


 二方向から攻め立てる上位勢に、エンシェントゴーレムの動きに迷いが生まれる。

 ただでさえ壁に追い詰められ、腕を封じられているのだ。頼りの盾が二つ消費された。


 そこで二人の足が止まるが、これも作戦通り。

 情報が正しければ、残りの【大地の神盾】は二つだ。

 

「わうわう!」

「うぅ、ぐるるるるる!」


 その間にもサイロと、遅れてガルムが接近。三本目の拳が閉じた。サイロが足止めを喰らう。

 が、四つ目を使えば後がないと理解しているのか、エンシェントゴーレムがガルムだけを通す。


「がりがりがりがりがり……きゅ、きゅーん。わう~わう~」


 ガルムは必死に足に噛み付いているが、岩のゴーレム相手に致命傷は与えられない。

 元々ガルムの攻撃が通用しないのはわかっていた。あくまで盾を消費させる目的であって。

 

「……奴め、最後の盾を温存してきやがった! ガルム戻れ、無茶はするな!!」


 俺の役に立ちたい一心で飛び出したガルムは、あまりに突出し過ぎていた。


「げっ、ガルムちんが、ここからじゃ間に合わない……早く逃げて、そこは危ないよ~!」

「わうぅ……」


 盾にぶつかり気絶したサイロを抱え、フェールが叫んだ。


「きゃんきゃんきゃん! わう~わう~!」


 エンシェントゴーレムの足元で、ガルムが天井を見上げ怯えながら逃げ回っている。

 一撃で踏み潰そうと、岩石の足がゆっくりと狙いをつけている。あれでは間に合わない。


「ガルムちゃんっ……! 私の魔法は……ダメ、みんなを巻き込んじゃう…!」


 エレナは細かな魔力調整ができないので、至近距離では魔法が撃てず。

 俺は最後の一撃の為に【神腕】を限界まで引き出している最中で、動きが取れない。


「え、えっと、考えろ……確か、ゴーレムの防御機構はほぼ反復学習機能で間違いなかったはず。つまり、単純な思考回路であるからして、記録されていない不意の攻撃であれば――リンネさん、最後の一手は僕たちで決めましょう! 何でもいいので武器を投げてください、僕がサポートします!」


「マイト様……! 承知しました!」


 マイトが有毒大気を検知する煙を、エンシェントゴーレムの目の前で生み出す。

 白い煙が辺りを充満し、こちらは黒い影しか視認できなくなる。だが、今は彼を信じよう。

 

「エンシェントゴーレム! こちらです!」


 そこへ、リンネが声を張り上げて、懐から鉄の長針を取り出し連続で投げつける。

 塞がれた視界の中、殺到する凶器に反応してか。四つ目の拳が閉じられる大きな影が映った。

 通常の生物であれば無視できるような小さな一撃。しかしゴーレムは、それを全力で防いだのだ。


「オルガくん……今だよ! トドメを刺して!」


「全員で掴み取ったチャンスだ。無駄にはしない! ――全力の拳を喰らいやがれッ!!」


 無防備となった中央を白い煙を伴い突破し、手加減なしの【神腕】をぶつける。

 巨神サイクロプスの異能を最大限まで引き絞り、埋め込まれた心臓の鼓動が高まる。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 利き腕に確かな手応えを感じさせながら、そのままの勢いで振り抜いた。

 エンシェントゴーレムの巨体が浮かび上がり、最奥の壁へ更に深くめり込んでいく。


「ウゴゴゴゴゴ……ゴゴ……ゴゴオオオオオオオオオ」


 すべてを解放した【神腕】はまさしく、古に伝わる巨神の鉄槌で。

 敵は半身を崩し、身動きが取れなくなっている。もう盾も生み出せない。


 俺は完全に痺れて動かなくなった右腕を庇いながら、息を吐いて後ろを振り返る。

 すると、初めて【神腕】の破壊力を目にする二人が、口を開けて驚いている最中だった。


「……オルガ、私の知らない間にラングラル以上の馬鹿力になってない……?」


「こ、これが巨神サイクロプスの異能。神獣を使役するテイマーの本領ですか。べ、勉強になります」


「わう~わうわん! く~ん」


 俺の胸に飛び込んでくるガルムを左手で支え、みんなの元に戻る。


「主様、右腕の方は……? 今すぐ治療を……!」


「……ちょっと痛めただけだ。気にしないでくれ」


 動かなくなった腕は、人造魔神の治癒能力でどうとでもなるだろう。


「リンネちゃん、今のうちに再封印を……!」


「あっ、そうでした。皆様の奮闘に感謝いたします。あとは我にお任せくださいませ!」


 リンネが人差し指を動かし、中型の茶色狼が召喚される。

 この子が、エンシェントゴーレムの魂を封じ込めていた器なのだろう。

 逞しい四肢で瓦礫の山を走り抜け、壁に埋まり剥き出しとなったゴーレムの核に喰らい付く。


「ワウッ、ガルルルルル」


 エンシェントゴーレムの幻影を構成する、悪しき魔神の魂が茶色狼に吸い込まれていく。

 リンネがすかさず詠唱を解き放つ。空間から鎖が伸びていき、核となる闇の聖遺物を捕らえた。


「……抵抗しても無駄です。大人しく、我の器へと還るのです!」


「ワオーーーーーーン」


 強大な闇が霧散し、そのすべてが茶色狼の器に納まった。

 残された聖遺物が音を立てて転がる。近くに居たエレナが布越しに拾った。


「……触れただけで、強い力を感じる。リンネちゃん、これってもう平気……?」


「はい。再封印は無事に終わりましたので、聖遺物は無害となっております。そちらは皆様で自由に使っていただいて問題ありません」


 エレナが大槌を片手で軽々と振り回している。身体と同じ長さがあるというのに。

 見た目も中身も華奢な魔法士でありながら、大型武器を背負う姿が妙に様になっていた。

 

「エレナちん、せっかくだから私にも貸して貸して!」


「……ど、どうぞ」


「わぁあ! 私、聖遺物に触れるの初めて。どんな触り心地かな――――おごっ!? おも、おももも、こ、腰が……痛めた腰が、壊れ……壊れちゃう! 無理ムリムリムリ!! ひゃあっ!」

 

 悲鳴をあげてフェールが大槌を地面に落とすと、轟音を鳴らして床がひび割れた。

 試しに俺も持ち手を引っ張ってみるが……そもそも持ち上げる事すらままならなかった。

 これは、人間が扱うのを想定した武器ではないような。しかし、エレナは普通に担いでいる。


「エレナ、もしかしてお前のご先祖様に巨人でもいたのか?」


「……私、純粋な人間だよ? みんな、変なの。ちょうどいい重さだと……思うけど」


「全然ちょうど良くないよ~! ……うーん、今後はエレナちんだけは怒らせないようにしないと」


「エレナ先輩ってその……馬鹿力――あ、ごめんなさい。とっても力持ちなんですね!」


「も、もうっ。いじわるだよ、みんな!」

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