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11 一方その頃、【鍋底】では

 エリュシオンの玄関口であるエステルには、低ランク帯の冒険者が多く居座っている。

 理由として【龍の角】に出没する魔物は弱く、ダンジョンもほぼ一階層で完結している為だ。

 一般的に、階層が少ないダンジョンには、あまり良い宝物は出現しないという研究データがある。


 聖遺物も例外ではない。港が近く利便性は群を抜いているが。

 自ら苦行に挑戦する冒険者にとって、甘えや油断を生み易い環境となる。


 この地に定着しているクランは最高でもCランク。

 街を警護する自警団の方が元上位ランクの強者揃いであった。

 高みを目指す者は、すぐにでもこの地を抜け出そうとクランに所属し、研鑽に励む。


 クランに所属すると様々な利点があるのだが、その一つが依頼探しである。

 ソロでは受注できる依頼数に制限が加えられる。いかに優秀な人材であってもそれは変わらない。


 また、クランに所属するという事は、一定の信用を得られていると見なされ、

 専門商品の取引を行えるようになる。これはGランク制度ができた事による弊害だ。

 一般人でも容易に冒険者を名乗れるようになったので、武具の売買に制限が掛かったのだ。

 

 この制限はFランクから徐々に解除されるので、ソロでの活動はFランクからが推奨される。


 つまりGランクはクランに所属しなければ、碌に装備を整える事もできないのだ。

 とはいっても、大抵の冒険者は試験に合格するとまずはFランクからのスタートとなる。

 試験に挑んで尚Gランクに堕ちる者は余程の理由があり、すぐに夢を諦め散っていくものだ。


 ――諦めきれず、何としてでも這い上がろうとする者も中には存在するが。


 【鍋底】はGランク制度が誕生した年に結成された、初めてのGランククランだ。

 今のところ【鍋底】以外のGランククランはエステルには存在しない。唯一無二である。

 

「くそっ……エレナめ、あとで後悔しても遅いぞ。俺はここから成り上がっていく。やがては最強のSランククランを束ねる男となるんだ。金も名誉も思いのままだ……そうだ、俺はここで終わる人間じゃない。落ちこぼれオルガとは違う、俺は優秀な人間なんだ」


 好意を寄せていた人物に逃げられ、グラディオは苛立っていた。

 元Aランクのガンツが加わり、すぐにでもFランクに到達するだろうと考えた。


 冒険者ランクと違い、クランは実績があればすぐにでも昇格の可能性がある。

 しかし何事もそう上手くはいかない。【鍋底】はとにかく足手纏いが多すぎるのだ。


 依頼を手当たり次第に引き受けているが、どうも成功率が芳しくない。

 冒険者ギルドからも直接苦言を呈された。他のクランに尻拭いをさせるなと。

 すべては自分の期待に応えられない無能な連中の責任だ。グラディオはそう考えている。


 とはいえ無能だとしてもクビを切り過ぎると、今度は手が回らなくなる。

 いずれはメンバーを入れ替えるにしても、今は何よりも実績が欲しいのだ。

 元Aランクに薬草採取を手伝わせる訳にもいかない。機嫌を損なわせてしまうだろう。


 更に問題として、これまでクランを裏で支えていたオルガとエレナを追い出した為に、

 書類制作などの業務が滞っていた。冒険者ギルドに提出する今月の報告書もできていない。

 面倒事は昔から二人に任せっきりにしていたのだ。それも代替ができるものだと考えていた。


 しかし残っているメンバーは、それすらも満足にできない無能ばかりである。

 邪魔なオルガはともかく、エレナを逃したのはグラディオにとって大きな誤算だった。


「おはようございます。お久しぶりです皆さん……あれ? 何だか雰囲気が暗いですね」


 クランの門が開かれる。現れたのは日焼けした若い中性的な少年だ。

 二年ほど前にオルガが連れてきたGランク冒険者、名をマイトといったか。 

 クラン最年少である十三歳、病に伏す妹の薬代を稼ぐ為に冒険者となったらしい。


 Gランク冒険者は生活費が賄えず、他の仕事と兼業しているケースが大半であり。

 全員が一ヵ所に集まる事はまずない。マイトがこの場を訪れたのも一ヵ月ぶりであった。


「あの、グラディオ先輩。オルガ先輩はどちらに……? 先輩の席がなくなっているようですが……」


 マイトは恩人であるオルガを強く慕っており。いつもオルガの背中を追っていた。

 一から冒険者としての心構えを教わり、薬が安く手に入る店を紹介してもらったのだ。

 クランリーダーではなく、オルガの命令を重視する。グラディオにとって気に入らない要素だ。


「ハッ、あの足手纏いはクビにしてやった。もう二度と戻っては来ないだろうな!」


「クビにした……? な、何故、どうしてですか!? オルガ先輩はクランに必要不可欠な方です!」


「どうしてだ? クランリーダーの俺が決めた事に一々口を挟むな! オルガの犬風情がッ!」


「うっ……で、ですが……!」


 グラディオはこれまでの鬱憤を晴らすように、力一杯に拳を机に叩きつけた。

 一回り体格が優れた男に凄まれ、まだ身体ができていないマイトは顔を青ざめる。


 マイトのように拳を振りかざせば大人しくなる相手であれば、わざわざクビを切る必要もない。


「ふぁああ……まぁまぁ二人とも落ち着こう。慌てても仕方ないよ、お腹減るだけだよ~」


 そこへ間延びした話し方をする少女が割り込んでくる。

 彼女もまた、【鍋底】に滅多に顔を出さなかった人物である。

 淡い桃色の髪を乱し、鮮やかな古着を雑に着こなし、白い胸元を露出させている。 


 飢えた男の視線を集めるような、そんな魔性の魅力を備えた若い女戦士だ。


「チッ、誰かと思えばフェールか。……コイツはお前と同期だろ、さっさと黙らせろ」


「あいあい」


 彼女はグラディオにとって数少ない苦手な存在であった。

 フェールはGランククラン【鍋底】で唯一のFランク冒険者なのだ。

 普通は昇格時に自分の実力に合ったクランへ巣立っていくものなのだが。

 

 彼女は移籍が面倒だからといったくだらない理由で、【鍋底】に居座っている。

 実力はグラディオよりも遥かに上。その為、常に傲慢な彼も、彼女には強く出られない。


「マイトちん、一旦冷静になろうよ」


「フェールさんは何を言っているんですか、オルガ先輩は僕たちの尊敬する先輩ですよ!?」


「うんうん。知ってる知ってる。オルガは優しい先輩だったよね~」


「フェールさんだってさんざんお世話になった癖に、何とも思わないんですか!? 酷い、薄情です!」


 マイトがフェールに詰め寄る。フェールは十八歳と年上だが、互いに同期なので遠慮はない。

 欠伸を手で隠しながらフェールはマイトを引き寄せ、グラディオに届かぬよう耳元でささやく。 


「……ここで不平不満を愚痴ったところで、無駄にグラディオちんの怒りを買うだけだよ? マイトちんは妹ちゃんの為にお金を稼がないといけない立場なのに。ここを追い出されたら、次はどうするの? 他に行く当てはある?」


「そ、それは……Gランクを雇ってくれるクランはここだけで……薬もクランに所属しているからこそ安く買えるようになって……ソロだと依頼を受けるのも難しくて、追い出されては困ります」


「そう、まずは自分を大切に。怒りをぶつけるタイミングを間違えたら駄目だよ。自分のせいでマイトちんが苦労したと知ったら、優しいオルガが悲しんじゃう。それだけは――私は絶対に許さないから」


「ご、ごめんなさい……」


 フェールに諭されて、マイトは自身の短絡的な行いを恥じていた。

 彼女は飄々としているが、恩義に厚い人物であるのを忘れていたのだ。


「安心して。いつかオルガの許可を得て、アイツの憎たらしい顔を斬り落としてやるから」


「殺しの許可はでないと思いますけど……。フェールさん相変わらず思考が吹っ飛んでますね」


「なんたって私、怖い者知らずの”元殺し屋”ですから。あはは、私の剣はいつだって血に飢えてるよ」


「わぁ……危険人物がここに居ます。やっぱりオルガ先輩は必要不可欠なんですよぉ」


 グラディオを見つめる視線に隠しきれない明確な殺意が滲んでいる。

 穏やかな表情の裏側で、フェールはギリギリ理性を保っていたのだった。


「話が終わったのならこちらに来い、お前たちに仕事を与える」


「えぇ……面倒臭い。グラディオちんが一人で行けば? それかご自慢の元Aランク様に頼むとか」


「テメェ……!」


 酷く嫌そうな表情を浮かべるフェールに、グラディオは怒りの拳を震わす。

 が、争っても勝ち目がないのはわかっているので。唾を吐いて憤りを堪える。


「俺は【鍋底】のクランリーダーだ。俺のクランに所属している以上、俺の命令は絶対だ! お前たちは今すぐエレナを連れ戻してこい。成果報酬は出してやる。金が欲しいから落ちこぼれでも冒険者を続けているんだろ? だったらチャンスは逃すな、必死に喰らい付け。俺の機嫌を損なわせるな!!」


「……あいあい。りょーかい」


「エレナ先輩ならきっと、オルガ先輩の後を追っているはず……わかりました!」


 まるで忠誠心の欠片もない二人だったが、他に使い物になる人材もおらず。

 グラディオは苦渋の決断を飲むしかなかった。すべてが噛み合わない。上手く進まない。


「くそっ、どいつもこいつもオルガオルガオルガ。誰がリーダーだと思ってやがる。馬鹿にしやがって……!」

 

 【鍋底】を出て行く二人を見送ったのち、傍にあった机を蹴り倒していく。

 オルガが去ってから不機嫌になる回数が増えている事に。彼自身まだ気付いていない。

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