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ノーブレーキ・ランナウェイ  作者: 佐久謙一
第一章 ガイドを雇います
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1-6

「十八という若さで治安部隊の隊長に昇りつめたミスター・バーンズですわ。社交パーティでお会いになった時に話が弾みまして、お父様がぜひ婚約をと――」

「バーンズ。知ってるわ。長年この国で暴れまわってた盗賊団『ウォルフファミリー』を一網打尽にした男。しかも当時の階級はただの一歩兵に過ぎなくて、僅か数人の私兵で大軍を蹴散らしたって話だわ」

 クラッチの言葉にフレアはにっこりと微笑む。

「巷で流れている噂はだいぶ脚色されていると、ミスター・バーンズもおっしゃっていましたわ。武勇伝についてよく周りから、からかわれるそうです」

 そこまで聞いて、アクセルが一人で頷きながら会話に割って入る。

「なるほどな。それでそいつとの結婚が嫌になって家出したわけだ。よし、分かった。ラストシーンの『その結婚、ちょっと待った!』の役は俺に任せとけ」

「酔っぱらいは黙ってて」

 クラッチがアクセルを軽くあしらいながらフレアに向き直る。

「それで、その人に何て言われたの?」

 クラッチの問いにフレアは一呼吸置いて答えた。

「はい。先日お会いした時にこう言われたんです。『何故あなたはいつも無理して笑っているのですか?』と――」

 フレアの言葉を聞いてクラッチは一瞬言葉を失う。その反応にフレアは小さく笑いながら言葉を続ける。

「私もクラッチさんと同じ反応でした。その場では何も答えられなかったんです。最初は彼の質問の意味もよく分かっていなかったのですが、自問自答する内に気付いてしまったんです。私が笑っているのは――お父様に、人前で笑顔を絶やすなと教えられたから。私が行う一挙手一投足は全て教えられたことを、そのまま実行しているだけだと。私には――」

 フレアは暗い表情でうつむく。

「自分というものが無かったんです」

「それが自分探しの旅のきっかけ、か」

 クラッチの言葉にフレアはコクンと頷く。

「正直不安で一杯です。危険なのも承知しています。でも自分の力で何かを成し遂げないと、私はこのまま空っぽな人間で終わってしまいそうな気がして――」

 そこまで言ったところで、アクセルが空の酒瓶を大きな音を立ててテーブルに置いた。突然話を遮られた形になり、フレアは驚いた様子で顔をアクセルに向ける。その視線を受け、アクセルはニヤリと笑った。

「つまり今日はフレアちゃんの誕生日って訳だな」

「え?」

 アクセルの言葉の意味が分からず、フレアは思わず聞き返す。アクセルは空になった酒瓶を手で弄びながら言葉を続ける。

「フレアちゃんは自分の意思で旅に出た。誰かにそうしろと言われた訳でもなく、自分の意思で決めた訳だ。つまりこの瞬間に、自分で考え、自分で行動するフレアちゃんが誕生したと言えるってことだ」

 アクセルはすっと立ち上がると、酒瓶を高らかに掲げる。

「ハッピーバースデー! フレアちゃん!」

 アクセルは満面の笑みで言った。だがフレアはきょとんとした顔でアクセルを見ている。

「あれ、スベった?」

「……え、ええと、なんだかよく分かりませんが、ありがとうございます!」

 フレアは困惑の混じった笑顔で、水の入ったグラスを高々と掲げた。

「ごめんね、フレア。兄貴の相手は真面目にやんなくていいから」

 呆れ顔のクラッチに、アクセルは苦笑を浮かべつつ席に座りなおす。

「まぁ、今のは無かったことにしてもらうとして――フレアちゃんの旅に俺から一つ提案があるんだけど」

 フレアは小さく返事をしながらアクセルを見返す。

「これからフレアちゃんは祝福の道標を巡る旅に向かう訳だろ?」

「はい、そのつもりです」

「しかしフレアちゃんはあまり地理に詳しくない」

「……はい、そうなんです。でもそこはなんとか自分の力で――」

 フレアが言いかけたところで、アクセルが手を持ち上げて言葉を遮る。そしてニヤリと笑いながら、自分を指差した。

「良かったらさ。俺達をガイドとして雇わないか?」

 アクセルの言葉にフレアとクラッチは同時に驚いた表情を浮かべた。

「ちょっと兄貴、いきなり何言ってんの!? 宿はどうすんのさ!」

 クラッチは声を荒げて言った。アクセルは肩をすくめながら鼻を鳴らす。

「別にいいだろ? この時期は泊まりの客なんてほとんどいないんだしさ。それにお前、最近働きづめだろ? ガイドがてら旅行も出来て、お金も稼げる。完璧なプランだ」

 アクセルはフレアに向き直り笑顔を向ける。

「どうだい、フレアちゃん。全て自分の力でって考えは尊重するが、何でも自分で抱え込むのはよくない。特に慣れない土地での旅だ。こういう旅ではガイドを雇うのが一般的だぜ。もちろん、最後に決めるのはフレアちゃん自身だけど」

 アクセルの言葉を受け、フレアは困った様子でアクセルとクラッチを交互に見る。そして顎に手をやり、小さく唸る。

 しばらくして、フレアはぽんと手を叩きながら顔を上げた。

「私、決めましたわ」

 そう言って、にっこりと笑った。

「お二人とも、ぜひ私のガイドになって下さい。よろしくお願いしますわ」

 フレアの言葉に、アクセルも笑顔で答える。

「オッケイ、任せとけ! 最高の旅にしようぜ!」

 二人の様子に、クラッチは小さく息を吐きながら肩をすくめた。

「全く。本当にいいの? せっかくの旅に私達がついてくることになって」

「構いませんわ!」

 フレアはクラッチに向き直って言った。

「私、一度でいいから年の近い子と一緒にお買い物とかやってみたかったのです。服とかアクセサリーとか美味しいものとか!」

「服……かぁ。まぁ、悪くないね」

 クラッチもまんざらでもないといった表情で答える。その様子にアクセルはニヤニヤとした表情を浮かべる。

「二人とも、もうすっかり仲良しだな。フレアちゃん。こんな愛想の無い妹だけど、末永く友達でいてやってくれ」

「喜んで! お友達! お友達!」

 フレアはクラッチの両手を取り、子供のようにはしゃいでいる。

「よし! それじゃあ景気づけに一杯決めるか!」

「決めましょう!」

「……ちょっと落ち着きなよ、二人とも」

 妙にハイテンションなアクセルとフレアに、クラッチは小さくため息を吐いた。

「ほらほら、ノリ悪いぞ、クラ! 酒を持てい!」

「持てい!」

「分かったから、少し静かにして――てか、あんた酒飲めんの?」

 クラッチは訝し気な表情をフレアに向ける。

「何事もチャレンジですわ!」

「……どうなっても知らないよ。それで注文は?」

「景気よくショットガンで行こうぜ」

 アクセルの注文受け、クラッチはテーブルにショットグラスを三つ並べた。そして慣れた手つきで三つのグラスにテキーラと炭酸水を注ぎ込んだ。シュワシュワと軽快な泡の音がグラスから奏でられる。

「飲み方を説明するぜ」

 アクセルはグラスを手に取り、フレアに顔を向ける。フレアもアクセルにならってグラスを手に取った。

「まずこぼれないようにグラスの口を手で覆う。次にグラスをテーブルに勢いよく叩きつける。それで酒と炭酸が良い感じにシェイクされるから、グラスから溢れ出る前に一気に口に流し込む。そして飲み終わったら、もう一度勢いよく空のグラスをテーブルに叩きつけるんだ」

「な、なるほど。随分と豪快な飲み方をなさるのですね」

 フレアは期待と戸惑いが入り混じった顔でグラスを見ている。

「キツイと思ったら吐き出していいからね?」

 クラッチが心配そうな顔でフレアに言った。フレアは大きく息を吐いて気合を入れている。

 三人は手に持ったグラスをテーブルの上に掲げる。互いに目配せをし、小さく頷く。

「よし、行くぜ! 旅の無事を願って!」

 アクセルの掛け声とともに、三人は一斉にグラスをテーブルに叩きつけ、続いてグラスを一気にあおいだ。シェイクされた酒が体に流し込まれていく感覚に、三人は同時に顔をしかめる。

 そして三人は同時に空のグラスをテーブルに叩きつけた。

「……よっしゃあ!」

 アクセルが気合の声を漏らす。クラッチは顔をしかめて小さく咳き込む。

「……あぁ、久々にやったら来るわ」

 小さく頭を振りながら、フレアに視線を向ける。フレアは何かに堪えるように険しい表情を浮かべていた。

「大丈夫? やばそうなら吐き出して――」

 その瞬間、フレアはクラッチの顔に向けて、酒を一斉に噴き出した。そしてその勢いのまま大きな音を立てて倒れこんだ。

「フレア!?」

 クラッチはカウンターを乗り越え、フレアに駆け寄る。

「あらら、さすがに初めてでショットガンはキツかったか」

「……一応この子のは薄めに作ったんだけどね」

 クラッチは袖で顔を拭うと、フレアの頬をペチペチと叩いて様子を伺う。フレアはぐったりとした様子で口から唸り声のような音を漏らしている。

「まぁ、大丈夫そうかな? 部屋まで運んでくるわ」

「一人でいけるか?」

「大丈夫、この子軽いし。片付けやっといて」

 クラッチはそう言うと、フレアを抱き上げて階段を上っていく。背後からアクセルの生返事が返ってくる。

 階段を昇りきり部屋に入ったクラッチは、フレアをそっとベッドに寝かせた。フレアは未だに唸り声をあげている。

「――お母様」

 フレアがそっと呟いた。

「……誰がお母さんだっての。そんな年じゃないし」

 クラッチはフレアの顔を見る。フレアは眉間に皺を寄せ、険しい表情を浮かべていた。

「…………」

 クラッチは小さく息を吐くと、フレアの頭をそっと撫でた。しばらく撫でていると、フレアの表情が穏やかになり、静かな寝息を立て始めた。フレアが落ち着いたのを確認したクラッチは、そっと立ち上がる。

「おやすみ」

 そう小さく呟き、クラッチは部屋を出た。

 クラッチが一階に戻ると、テーブルは綺麗に片付けられていた。台所に顔を向けると、洗浄用の灰汁を溜めた桶に、皿とグラスが放り込まれていた。

 クラッチは兄の姿を探す。アクセルは窓辺のテーブルに寝転がり、窓の外を眺めながら酒瓶をあおいでいた。

「まだ飲んでんの?」

「これはただの水だよ」

 アクセルはゴクゴクと音を立てて水を飲み、大きく息を吐いた。窓から漏れる月明かりと心地よい風に、アクセルの頬が緩む。

「寝るならちゃんとベッドで寝なよ」

「所帯臭いこと言うなよ。十代女子のセリフじゃねえや」

「兄貴がいい加減なせいだろ。今回も急にガイドをやるとか言い出すし」

「別に良かったじゃん。お前も同年代の子と遊びに行くのは初めてだろ?」

「……まぁ、ね。この町子供少ないしね」

 クラッチは、軽く背伸びをする。

「それにしても綺麗だったなぁ、あの子。ほんと良いとこのお嬢様って感じ。何て言うか、オーラが違うわ。お人形さんみたい」

「……クラ。それ本人には言わないようにしろよ」

 アクセルが肩越しにクラッチを見る。クラッチは怪訝な顔で見返す。

「どうして?」

「フレアちゃんも言ってただろ? 空っぽな自分に嫌気がさして旅に出たってさ。この旅はな、まさに父親の人形として生きてきた自分にケリをつける為の旅なんだよ。ちょっと向こう見ずなところもあるが、中々肝が据わってるよ」

 アクセルは水を一気にあおる。

「ガイドを申し出たのはな。何か見てて放っておけなかったからなんだよ。バーンズの野郎の言葉じゃねえが、無理に明るく振舞ってるような感じがしてさ」

「それと美人だからでしょ?」

「勿論それもあるな。男がいるって聞いてガッカリしたが」

 アクセルの言葉にクラッチは呆れたように鼻を鳴らす。

「それじゃあ私はもう寝るから、明日寝坊すんなよ」

 アクセルの生返事を聞きながらクラッチは階段を上っていく。残されたアクセルは窓の外をぼんやりと眺めながら、小さく息を吐いた。

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