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ノーブレーキ・ランナウェイ  作者: 佐久謙一
第一章 ガイドを雇います
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1-5



 三人が宿に着いた頃には日が沈みかけていた。

「ちょっと寄り道しすぎたね。急いで夕飯作るわ」

 クラッチはそう言って、台所の方へ向かう。フレアとアクセルはそれぞれカウンターの席についた。

「それで祝福の道標についてだが――」

 アクセルはそう言うなり、カウンターテーブルに置いてあったグラスと小皿を手に取り、それらを並べていく。

「まずこのグラスがフレアちゃんの住んでる帝都『アルレア』。言わずもがな、海沿いに作られた巨大貿易都市で、この国の首都だ」

 続いてアクセルはグラスの右半分を覆うように小皿を置いていく。

「そして首都周辺の六つの行政区。帝都に負けず劣らずの近代都市『セアルサス』。魔法使いの町『ホオビ』。鉱山都市『ハノキ』。呪いと欲望の町『ミマズカ』。歴史と文化の町『カヤノツサ』。そして今俺達がいるのが砂漠の辺境の町『アーセ』だ」

 フレアは頷きながらテーブルに並べられた小皿を見る。アクセルはそのまま言葉を続ける。

「これら七つの町にはそれぞれパワースポットとされる物があるんだが、それらを纏めて『祝福の道標』と呼んでいるんだ。誰が言い出したか知らないが、この七つのスポットを巡ると、どんな願いも叶うなんて話もある。そのおかげか、たまに旅行者向けにツアーが組まれたりもしてるな」

「どんな願いも――ですか?」

 フレアの問いに、アクセルは肩をすくめる。

「ただの迷信だけどな。一週間もあれば回れるただの観光名所だ」

「それにしても祝福の道標もそうですが、帝都にもパワースポットなんてあったんですね。私、全く存じませんでしたわ」

「へぇ、そんなもんなのか。まぁ、さっきのデザートローズだって地元の人間にしてみれば、ただのデカい岩だしな」

「そもそも私、屋敷の外にあまり出たことがありませんの」

 フレアは困った顔でため息を吐く。

「だから外の事はほとんど知らなくて」

「なるほどね、箱入りお嬢様って訳か」

 アクセルはテーブルに並べたグラスと小皿を片付けながら、フレアに向き直る。

「しかし、そんなお嬢様が何の用があってこんなところまで来たんだ? お供がいる様子は無いし、女の子の一人旅なんて危ないだろう?」

「それは――」

 フレアはアクセルをまっすぐに見つめ、自信満々な顔で言った。

「自分を手に入れる為です!」

「……えっと、自分探し的な?」

 フレアの自信満々な顔を、アクセルは戸惑った表情で見返す。

「あ、はい! そんな感じです」

「それならますます危ないな。特にこの辺は治安がいい場所とは言えないし。セアルサス方面じゃダメだったのか?」

 アクセルの言葉を聞いて、フレアは目をぱちくりとさせた。

「そもそもセアルサスってどちらにあるのでしょうか?」

「…………」

 アクセルは呆れた様子で首を振る。

「……周囲の地理もよく分かっていないのに、当てのない旅をやろうとしてたのか」

「とりあえずまっすぐ進んでいれば、どこかに辿り着くと思っておりましたわ」

「まぁ、間違っちゃいないな。それでこんな辺境まで来ちゃったって訳ね」

 アクセルはそこまで言って、肩をすくめる。

「でもそのおかげで俺の命が助かったわけだから、世の中何が起こるか分からないもんだな」

「これもきっと神の御導きなのでしょう」

 アクセルとフレアは声を上げて笑う。そこに料理の乗った皿を持って、クラッチが姿を現した。

「はいよ、お待たせ。食事できたよ」

 クラッチはそう言って、皿をテーブルに置く。そこに並んだ料理を見て、フレアの目が輝いた。

 それは様々な具材を薄焼きのパンで巻いたシンプルな料理だった。それぞれ一口サイズに切られており、切り口から露出した肉や野菜が香ばしい匂いを漂わせている。その他に、具がたっぷりと入ったコンソメスープや、山盛りのポテトサラダが並んでいた。

「まぁ、すごい! これは何て料理ですの?」

「これ? ただのブリトーだよ。中に肉とかサボテンとか色々入ってる」

「サボテンって食べられるんですの!?」

「あぁ、食用のサボテンがあるんだよ。市場にも売ってる」

 フレアの反応を微笑ましく感じながら、クラッチはブリトーの一つをつまみ上げ、自分の口に放った。

「うん、良い出来」

 満足そうに頷くクラッチ。それに続くように、アクセルとフレアも料理に手を伸ばした。

「あぁ、素晴らしいですわ。サクサクとした生地と具材の甘みが、まるでオーケストラのような最高の調和を醸し出しています」

「……随分回りくどい表現するな。うん、うまい。やっぱクラの料理は最高だぜ」

 そう言って、アクセルはクラッチに笑顔を向けながら指を一本立てる。クラッチは呆れたように肩をすくめると、カウンターを乗り越えて壁の棚から酒瓶を取り出した。それをそのままカウンターに置く。

 酒瓶を手に取ったアクセルは、酒瓶の蓋をテーブルの端に引っ掛けると、蓋目掛けて掌を振り下ろす。ポンと軽快な音と共に、蓋が開かれた。

「……その開け方やめてって言ってるでしょ? テーブルに傷が付くからさ」

 カウンターの下から取り出しかけた栓抜きを放りながらクラッチは言った。アクセルは悪びれた様子もなく酒瓶をあおる。

「ところで明日からはどうするの? 特に目的も無く始めた旅なんでしょ?」

 クラッチはフレアに尋ねる。フレアはスープを飲んでほっと一息を吐きながら、クラッチに向き直る。

「それなんですが、今ミスター・アクセルの話を聞いて旅の目的が出来ました! 私、『祝福の道標』を回ろうと思います!」

 フレアは自信満々な笑みで言った。

「七つのパワースポットを巡れば、きっと自分が見つかるはずです!」

「……自分が見つかる――ねぇ」

 対照的にクラッチは呆れた様子でフレアを見る。

「そういえば旅のきっかけとか聞いてなかったけど、何で自分探しなんて始めたんだい?」

「それは――」

 クラッチの問いに、フレアは一瞬暗い顔を浮かべる。やがて静かな口調でゆっくりと語り始めた。

「実はある人に言われた言葉がきっかけなんです」

「ある人?」

「私の婚約者です」

「え? 婚約者? 男いたの?」

 婚約者の言葉を聞いて、アクセルはショックを受けた表情でフレアを見る。フレアは頷きながら言葉を続ける。

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