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三人が宿に着いた頃には日が沈みかけていた。
「ちょっと寄り道しすぎたね。急いで夕飯作るわ」
クラッチはそう言って、台所の方へ向かう。フレアとアクセルはそれぞれカウンターの席についた。
「それで祝福の道標についてだが――」
アクセルはそう言うなり、カウンターテーブルに置いてあったグラスと小皿を手に取り、それらを並べていく。
「まずこのグラスがフレアちゃんの住んでる帝都『アルレア』。言わずもがな、海沿いに作られた巨大貿易都市で、この国の首都だ」
続いてアクセルはグラスの右半分を覆うように小皿を置いていく。
「そして首都周辺の六つの行政区。帝都に負けず劣らずの近代都市『セアルサス』。魔法使いの町『ホオビ』。鉱山都市『ハノキ』。呪いと欲望の町『ミマズカ』。歴史と文化の町『カヤノツサ』。そして今俺達がいるのが砂漠の辺境の町『アーセ』だ」
フレアは頷きながらテーブルに並べられた小皿を見る。アクセルはそのまま言葉を続ける。
「これら七つの町にはそれぞれパワースポットとされる物があるんだが、それらを纏めて『祝福の道標』と呼んでいるんだ。誰が言い出したか知らないが、この七つのスポットを巡ると、どんな願いも叶うなんて話もある。そのおかげか、たまに旅行者向けにツアーが組まれたりもしてるな」
「どんな願いも――ですか?」
フレアの問いに、アクセルは肩をすくめる。
「ただの迷信だけどな。一週間もあれば回れるただの観光名所だ」
「それにしても祝福の道標もそうですが、帝都にもパワースポットなんてあったんですね。私、全く存じませんでしたわ」
「へぇ、そんなもんなのか。まぁ、さっきのデザートローズだって地元の人間にしてみれば、ただのデカい岩だしな」
「そもそも私、屋敷の外にあまり出たことがありませんの」
フレアは困った顔でため息を吐く。
「だから外の事はほとんど知らなくて」
「なるほどね、箱入りお嬢様って訳か」
アクセルはテーブルに並べたグラスと小皿を片付けながら、フレアに向き直る。
「しかし、そんなお嬢様が何の用があってこんなところまで来たんだ? お供がいる様子は無いし、女の子の一人旅なんて危ないだろう?」
「それは――」
フレアはアクセルをまっすぐに見つめ、自信満々な顔で言った。
「自分を手に入れる為です!」
「……えっと、自分探し的な?」
フレアの自信満々な顔を、アクセルは戸惑った表情で見返す。
「あ、はい! そんな感じです」
「それならますます危ないな。特にこの辺は治安がいい場所とは言えないし。セアルサス方面じゃダメだったのか?」
アクセルの言葉を聞いて、フレアは目をぱちくりとさせた。
「そもそもセアルサスってどちらにあるのでしょうか?」
「…………」
アクセルは呆れた様子で首を振る。
「……周囲の地理もよく分かっていないのに、当てのない旅をやろうとしてたのか」
「とりあえずまっすぐ進んでいれば、どこかに辿り着くと思っておりましたわ」
「まぁ、間違っちゃいないな。それでこんな辺境まで来ちゃったって訳ね」
アクセルはそこまで言って、肩をすくめる。
「でもそのおかげで俺の命が助かったわけだから、世の中何が起こるか分からないもんだな」
「これもきっと神の御導きなのでしょう」
アクセルとフレアは声を上げて笑う。そこに料理の乗った皿を持って、クラッチが姿を現した。
「はいよ、お待たせ。食事できたよ」
クラッチはそう言って、皿をテーブルに置く。そこに並んだ料理を見て、フレアの目が輝いた。
それは様々な具材を薄焼きのパンで巻いたシンプルな料理だった。それぞれ一口サイズに切られており、切り口から露出した肉や野菜が香ばしい匂いを漂わせている。その他に、具がたっぷりと入ったコンソメスープや、山盛りのポテトサラダが並んでいた。
「まぁ、すごい! これは何て料理ですの?」
「これ? ただのブリトーだよ。中に肉とかサボテンとか色々入ってる」
「サボテンって食べられるんですの!?」
「あぁ、食用のサボテンがあるんだよ。市場にも売ってる」
フレアの反応を微笑ましく感じながら、クラッチはブリトーの一つをつまみ上げ、自分の口に放った。
「うん、良い出来」
満足そうに頷くクラッチ。それに続くように、アクセルとフレアも料理に手を伸ばした。
「あぁ、素晴らしいですわ。サクサクとした生地と具材の甘みが、まるでオーケストラのような最高の調和を醸し出しています」
「……随分回りくどい表現するな。うん、うまい。やっぱクラの料理は最高だぜ」
そう言って、アクセルはクラッチに笑顔を向けながら指を一本立てる。クラッチは呆れたように肩をすくめると、カウンターを乗り越えて壁の棚から酒瓶を取り出した。それをそのままカウンターに置く。
酒瓶を手に取ったアクセルは、酒瓶の蓋をテーブルの端に引っ掛けると、蓋目掛けて掌を振り下ろす。ポンと軽快な音と共に、蓋が開かれた。
「……その開け方やめてって言ってるでしょ? テーブルに傷が付くからさ」
カウンターの下から取り出しかけた栓抜きを放りながらクラッチは言った。アクセルは悪びれた様子もなく酒瓶をあおる。
「ところで明日からはどうするの? 特に目的も無く始めた旅なんでしょ?」
クラッチはフレアに尋ねる。フレアはスープを飲んでほっと一息を吐きながら、クラッチに向き直る。
「それなんですが、今ミスター・アクセルの話を聞いて旅の目的が出来ました! 私、『祝福の道標』を回ろうと思います!」
フレアは自信満々な笑みで言った。
「七つのパワースポットを巡れば、きっと自分が見つかるはずです!」
「……自分が見つかる――ねぇ」
対照的にクラッチは呆れた様子でフレアを見る。
「そういえば旅のきっかけとか聞いてなかったけど、何で自分探しなんて始めたんだい?」
「それは――」
クラッチの問いに、フレアは一瞬暗い顔を浮かべる。やがて静かな口調でゆっくりと語り始めた。
「実はある人に言われた言葉がきっかけなんです」
「ある人?」
「私の婚約者です」
「え? 婚約者? 男いたの?」
婚約者の言葉を聞いて、アクセルはショックを受けた表情でフレアを見る。フレアは頷きながら言葉を続ける。