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フレアがしばらくの間バイクを走らせていると、目的の町が見えてきた。
まず目に飛び込んできたのが、赤いレンガで作られた大きな給水塔だ。それを中心に、石や日干しレンガで作られた建物が無数に並んでいる。
フレアは停車し、町全体を見渡す。そしてバイクを押しながら町の中へと入っていった。
小さいながらも町は活気に満ち溢れていた。多くの人が行き交う市場では、見たことのない物品が陳列しており、フレアは楽しそうな様子で一つ一つを目で追っていく。
食品売り場では様々な果物や野菜が所狭しと並べられ、独特の甘い香りを漂わせている。その奥では食器や家具などの日用品。さらにカラフルな刺繍が施された衣類等、全てがフレアの興奮を引き立てる物ばかりだった。
我を忘れて町を練り歩いていくフレア。やがて一つの建物が目に留まった。
それは他の建物と同様、日干しレンガで作られた二階建ての建物だった。壁には石の看板が取り付けられており、そこには『宿屋 ボラーチョ』と掘られていた。入口脇には四人乗りのオープンバギーが停められている。
「ここですわね」
フレアはバイクから荷物を降ろし、それを両手で抱えながら木製の扉を開く。入り口をくぐると香辛料とアルコールの匂いが鼻を突いた。
室内には四人掛けのテーブル席が三つ、窓際のカウンターテーブルが二つ並んでおり、天井には明かりの灯っていないランタンが吊り下げられていた。
「――いらっしゃい」
室内の奥から声が聞こえてきた。フレアがそちらに顔を向けると、一人の少女が階段を降りてきていた。
年は自分と同じくらいだろうか。褐色の肌にブラウンの瞳。伸ばした黒い髪を後ろで一本に纏めている。気の強そうな顔付きだが、怖い雰囲気はあまり感じない。服は花の刺繍が施された黒いブラウスに、ゆったりとした丈の長いスカートを身に着けている。
「食事? それとも泊まり?」
ややかすれた声で少女は言った。フレアはにっこりとした笑みを浮かべて頷いた。
「はい。ミスター・アクセルの紹介で来ました。妹様でいらっしゃいますね? 初めまして。私はフレア・ラパロと申します」
「……兄貴の……知り合い?」
フレアの言葉を聞いて、少女は眉間に皺を寄せる。フレアはもう一度頷く。
「はい。こちらに無料で泊めていただけると聞いておりますわ」
無料という言葉に、少女の眉間の皺がますます深まる。
「あの馬鹿……今月も厳しいってのに」
少女は小さくため息を吐いた。その様子にフレアは少女の顔を不安そうに覗き込む。
「もし問題がおありでしたら、ちゃんとお支払いしますよ?」
「ん、まぁいいよ。せっかく来てくれたんだしね。ゆっくりしていきな」
少女は軽く肩をすくめながらそう言った。フレアの荷物を手に取り、片手で持ち上げる。
「部屋まで案内するよ。こっち」
顎で二階を指しながら階段を上り始めた。フレアはその後ろをついていく。
「お名前を伺ってもよろしいですか?」
フレアが尋ねる。少女は肩越しにフレアを振り返った。
「クラッチ」
「ミス・クラッチですね。よろしくお願いします」
「あー、そういう煩わしい敬称はいいよ。普通にクラッチって呼んで」
少女――クラッチはそう言いながら、スカートのポケットから鍵の束を取り出す。そして階段を上ってすぐの部屋の扉を開いた。
フレアが案内された部屋はベッドと小さなテーブルが置いてあるだけの簡素な部屋だった。狭い作りだが室内は綺麗に清掃されており、窓には先程練り歩いた町の風景が広がっている。
「ここがあんたの部屋。体を洗いたかったら通りの向こうに大衆浴場あるからそっちに行ってね。食事は言ってもらえれば作るから遠慮なく言って。鍵はこれね」
クラッチは荷物を床に置くと、鍵の束から鍵を取り外して机に置いた。
「ちなみに何日泊まる予定?」
クラッチがフレアに向き直り尋ねる。
「明日には発つ予定ですわ」
「了解、一泊ね。それじゃあ私は一階にいるから何かあったら呼んでね」
「分かりました。何から何までありがとうございます」
フレアはそう言って、懐から財布を取り出す。そして紙幣を一枚抜き取ると、それをクラッチの前に差し出した。
「……何?」
クラッチは眉をひそめて差し出された紙幣とフレアの顔を交互に見る。
「チップですわ」
フレアは満面の笑みでそう言った。
「……うちはそんな上等な宿じゃないんだけどさ」
クラッチは戸惑った声で言った。少しの間、紙幣を見つめて小さく唸る。
「……まぁ、貰っとく」
やがて視線をそらしながらその紙幣を受け取った。
「――ところで、うちの馬鹿兄貴はどこに行ったか知らない? あいつ昼には戻るって言ってたのに全然帰ってこないし」
紙幣をポケットに仕舞いながらクラッチは言った。
「お兄様ですか? 先程お会いしましたよ」
フレアは言葉を続ける。
「この町から西に三キロ行った場所におりましたわ。その時、私は道に迷っていたのですが、ミスター・アクセルがこの町と宿の場所を教えてくださったのです」
「西ってことは……あいつまたギャンブルしにあの町に行ったんだな」
クラッチは呆れたように息を吐いた。
「それにしてもミスター・アクセルは随分と変わった御方ですわね。私、最初ビックリしてしまいましたわ」
フレアはクラッチをまっすぐに見つめて言った。
「ん? まぁ、変わり者かもね、うちの兄貴は」
クラッチは小さく鼻を鳴らしながら答える。フレアは小さく頷きながら言葉を続ける。
「お兄様は昔からあんな姿だったんですの?」
「あんな? まぁ、割と小汚いって言うか……もうちょっと髪とか髭とか綺麗にしろよとは思ってるけど」
「あれだと普段の生活とか不便じゃないんでしょうか?」
「ん? なんで?」
クラッチは眉をひそめながら尋ねる。そんなクラッチにフレアは笑顔のまま口を開いた。
「だって、お兄様。首から下が無いじゃないですか」




