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「――そんな訳で、俺達の祝福の道標を巡る旅は終わったんだ。ちょっとした小旅行のつもりが、こんなドタバタ珍道中になるなんて、全く予想できなかったよ」
アクセルは地面に寝そべり、空を見上げていた。雲一つない青い空が、清々しい気持ちにさせてくれるのを感じる。
「それでフレアちゃんとバーンズの結婚がきっかけで、祝福の道標に恋愛成就の力があるみたいなことを誰かが言い出してな。最近はカップルでパワースポット巡って、最後にプロポーズってのが流行ってるらしい。さらに、うちの宿がフレアちゃんの出発点として紹介されて、ツアーに組み込まれるほど大盛況になったんだ。もう最近じゃ俺とクラの二人じゃ限界でな。従業員雇って、ついでに増築もしようか考えてるんだ。こんなにうちの宿が流行るなんて、昔は想像もつかなかったよ」
アクセルは息を吐きながら言葉を続ける。
「俺は思ったんだ。願いってのは叶えてもらうものじゃない。前に進んでいれば勝手に叶ってるものなんだ。悲観的にならずに、希望をもって前に進んでれば、良い結果がついてくる。祝福の道標を巡れば、どんな願いも叶うってのは、そう言う意味なんじゃないかと思うんだ」
「そうか、アクセル――」
アクセルの傍らに立つ太った男が、ため息を吐く。
「それで――お前の話は終わりか?」
太った男がアクセルを見下ろしながら言った。アクセルは首だけ動かし、男に笑顔を向ける。
「あぁ、そうだ。俺の話、ちゃんとしっかり聞いてくれたか?」
「あぁ、聞いたよ。話を聞いてやるって言ったら、二時間近くべらべら喋りやがって」
「そうか聞いてくれたか。だったらさ――」
アクセルは笑顔のまま男に告げた。
「いい加減、俺を解放してくれない?」
アクセルは首を回して自分の状況を改めて確認する。
アクセルは今、道のど真ん中に大の字で寝かせられていた。四肢にはロープが結び付けられており、ロープの先はそれぞれ四頭の馬まで続いていた。
「手前、寝惚けたこと言ってんじゃねえよ」
太った男はアクセルを睨みつけながら言った。
「お前、この町にはもう近づかないって言ったよな? 何堂々と酒場で飲んだくれてやがる!」
太った男の言葉にアクセルは慌てた様子で口を開く。
「俺は賭博場に近付かないって言ったんだよ! そっちには顔出してないだろ!」
「うるせえ! 賭博場と酒場はすぐ隣じゃねえか! だいたいあの生き埋めからどうやって逃げ延びやがった!?」
「俺の話を聞いてなかったのかよ。通りすがりの女神に助けてもらったって言っただろ?」
「そんな虫のいい話があるか! ふざけた作り話をしやがって! まぁいい。手前には今から昔ながらの八つ裂きの刑をプレゼントしてやる」
太った男が右手を掲げて合図を送る。馬四頭に乗っている部下達が生返事をした。
「アクセル。これから何が起こるか分かるな? 俺の合図と共に、四頭の馬を別々の方向に走らせて、手前の四肢を引き千切ってやるのさ」
太った男の言葉を聞いてアクセルは青ざめた顔で男を見返す。
「おい、やめろ! 俺はあのバーンズと友達なんだぞ! 俺を殺したらお前ら全員縛り首だぞ!」
「手前みたいなのがバーンズと知り合いな訳ねえだろ! どこまでも往生際の悪い野郎だ! とっととくたばりやがれ!」
太った男の手が振り下ろされる。それを合図に四頭の馬が一斉に走り出した。ロープが一瞬で張り詰め、アクセルの四肢を引っ張り始めた。
アクセルが呻くような悲鳴を上げる。そんなアクセルを見下ろし、太った男は声を上げて笑い出した。
その時、太った男の背後から何発もの銃声が鳴り響いた。それと共に、アクセルの四肢を縛るロープが一瞬で弾け飛ぶ。
「なっ!?」
太った男は目を見開いて振り返る。そこにはスーツに身を包んだ男が立っていた。男の手には銃が握られている。
「貴様、誰の権限で刑の執行を行っている?」
スーツの男が目を細めてこちらを睨んでくる。その顔を見て、太った男の顔が青ざめる。その顔には見覚えがあったからだ。
スーツの男は、銃を仕舞いながら、ゆっくりと口を開いた。
「私は二〇二治安部隊、隊長のバーンズ・アルバードだ。答えろ。貴様は法の執行官か? どうなのだ?」
「バ、バーンズ……あの伝説の……」
バーンズの言葉に、太った男は完全に怯えきった表情で言った。バーンズは男を睨んだまま言った。
「そうだ。そして貴様が手にかけようとしているその男は私の友人だ。さて、貴様は、何故その男を処刑しようとしている?」
太った男は震えるだけでバーンズの質問に答える事が出来なかった。その様子にバーンズは呆れたようにため息を吐く。
「今は休暇中の身だから特別に見逃してやる。だが、次に会った時は容赦しない。失せろ」
バーンズはそう言って、目の前から消えるよう顎で示す。太った男は震える体で何度も頷きながら一目散に走り去っていった。
「さて――」
バーンズは呆れたように息を吐きながら、寝そべるアクセルを見下ろす。アクセルはバーンズの顔を見て安堵の息を漏らした。
「いやぁ、助かったぜ、バーンズ」
「お前は毎回トラブルに巻き込まれていないと気が済まないのか?」
「何だよ、久しぶりの再会だろ? 涙を流しながらハグしてもいいんだぜ」
「うふふ、アクセルさんは相変わらずですわね」
バーンズの後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。そちらに顔を向けると、ドレスを着た女性がこちらに歩み寄ってきていた。
「フレアちゃんか! 相変わらず美人だな!」
アクセルの言葉に、フレアはにっこりと微笑んだ。
「お久しぶりですわ、アクセルさん。危機一髪でしたわね」
「いやぁ、またフレアちゃんに命を助けてもらうなんてなぁ。もしかしたら俺達、赤い糸で結ばれてるのかもしれない」
「助けたのは私だ。あと夫の前で妻を口説くな」
バーンズが呆れた表情でアクセルに言った。フレアも楽しそうに笑っている。
「それで二人ともどうしたんだ? こんな辺境の町まで来るなんて」
アクセルが尋ねる。バーンズは小さく頷きながら答えた。
「長期の休暇が取れたものでな。それでフレアと共に旅行をすることにした。前回は慌ただしくて、あまりゆっくり回れなかったからな」
バーンズは寝そべるアクセルに右手を差し出しながら言葉を続ける。
「そこでだ。今、良い宿と優秀なガイドを探しているのだが、心当たりはないか?」
バーンズの言葉を聞いてアクセルは思わず吹き出す。バーンズもそれに釣られて鼻を鳴らす。
「あぁ、両方知ってるぜ。ここから東へ三キロ行った町に『ボラーチョ』って宿がある。ガイドもそこで頼むといい」
アクセルはバーンズの手を取って立ち上がった。そしてバーンズとフレアに向き直ると、笑顔を浮かべて言った。
「助けてくれた礼だ。無料で泊めてやるぜ」
END
最後まで読んでいただきありがとうございました。
これは第27回電撃大賞にて落選した作品を加筆修正したものです。
コロナが蔓延してからというもの気軽に旅行にも行けないもんで、それで何か観光巡りする話でも書こうかなと思い、この作品を執筆しました。
旅ってのは良いものです。旅先の空気と旨い飯が日常を忘れさせてくれます。日常を生きる自分とは別の自分が生まれ、全く知らない、しかしどこか心地よい世界に存在する自分になれるのです。
旅を終えた時、もう一人の自分は姿を消します。しかし自分の中にわずかに残る思い出が、日常を生きる自分に糧を与えてくれることでしょう。
この物語からそんな空気を感じてくだされば幸いです。




