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ノーブレーキ・ランナウェイ  作者: 佐久謙一
終章 結婚します
34/35

6-1

 フレアの旅はそこで終わった。

 町全体を巻き込んだ大騒動の参考人として警察署に出頭していたところに父親のブライアンが駆け付け、そのまま屋敷まで連れ帰ってしまったのだ。フレア自身も残念がってはいたが、心配でやつれきった父親の顔を見ると、何も言う事が出来なかった。

 アクセルとクラッチには、ウォルフファミリー逮捕の功労者として勲章が授与されることになった。

「これ換金出来んの?」

 授与式の際にアクセルがそう呟き、バーンズに鬼のような顔で睨まれていた。

 アクセルとクラッチが家に帰ると、町の人達が彼らを盛大に歓迎した。勲章授与のニュースが知れ渡り、ちょっとした町のヒーローになっていたのだ。

 新聞でも彼らの話題で持ち切りになり、宿屋は開店以来の大盛況となった。そして日々忙しさに追われていくうちに、旅の事も遠い思い出のように感じていた。

 そんなある日、一通の手紙が届いた。

 差出人はフレア・ラパロ。結婚式の招待状だった。



「私ら絶対浮いてるよね?」

 クラッチは周囲に目を配りながら、落ち着かない様子で呟いた。

 石で造られた巨大な建物の中に木製の長椅子が等間隔で並んでいる。クラッチはその内の一つに座っていた。椅子は見るからに高級そうな造りで、古びた石畳の建物とはミスマッチのように思える。おそらく結婚式用に運び込まれた物だろう。

 そして周りには一目見て上流階級の人間と分かる人達が溢れかえっていた。高そうなスーツやドレスに身を包んだ彼らは、優雅な微笑を浮かべながらあちらこちらで立ち話をしている。

 クラッチは視線を落とし、自分の格好を見る。落ち着いた色のシンプルなドレスだった。決して安物ではないのだが、それでも周りの貴婦人のドレスと比べると色がくすんで見えてしまう。

「何、おどおどしてんだよ。田舎者だと思われるぞ。堂々としてな」

 クラッチの隣でアクセルが言った。スーツに身を包んだ彼は、落ち着いた様子で椅子にもたれかかっていた。

「そうだぜシスター。こういうのは舐められたらダメなんだ」

 その隣でビーストが足を組んで座っていた。

「……いや、あんた誰?」

「俺の名はセブン・アイ・ビースト。腹に七つの銃創を持つ男だ」

 そう言ってビーストはシャツをたくし上げ、腹部の傷跡を見せてくる。クラッチは顔をしかめながらアクセルを見る。

「兄貴の知り合い?」

「あぁ。俺のソウルブラザーさ。しかし意外だな。ビーストも招待されてたなんて」

「呼ばれてないけど来ちゃったんだぜ」

「さすがだな。それでこそビーストだ」

 そんな会話をしている内に、タキシードを着たバーンズが姿を現した。主役の登場に周囲の人々は拍手を送りながら席に着いた。

 バーンズは建物の中央奥まで進み、振り返った。傍らには微笑みを浮かべた神父が立っている。

 バーンズが建物の入り口に視線を向ける。それに釣られるように、招待客も一斉にそちらを振り返った。

 そこには純白のドレスに身を包んだフレアが立っていた。父親のブライアンが寄り添う形で、ゆっくりとバーンズの元へと歩み寄っていく。

「……綺麗」

 長いベールを引きながらバージンロードを歩くフレアを、クラッチはうっとりとした表情で見つめていた。

 クラッチの中に、フレアとの旅の思い出が次々と蘇っていた。

 最初の印象は最悪だった。それから仲直りして、色んな物を見て、色んな物を食べて、また喧嘩して。

 気付くと一筋の涙が零れ落ちた。遠ざかっていくフレアの背中が、すごく遠い世界の住人のように感じられていた。

「フレアちゃんらしいよな」

 アクセルがそっと呟く。クラッチは涙を拭いながらアクセルに顔を向けた。

「何が?」

「この結婚式の場所さ」

 アクセルはそう言って周囲に視線を向ける。

「ここは百年以上前に使われていた軍用砦の跡地なんだよ。西軍との戦争で何度も攻め込まれたが決して陥落することは無かった。その後、東軍は戦争に勝利。それによって帝都が生まれたって訳だ。この砦は帝都の礎を築いた象徴的な建物であり、そしてパワースポットでもある」

 アクセルの言葉を聞いて、クラッチははっとした表情を浮かべる。

「祝福の道標!」

 クラッチの言葉にアクセルは頷く。

「そういうこと。そしてこんな古い軍用施設で結婚式を挙げようなんて、フレアちゃんも中々ぶっ飛んでるな」

「やっぱり、フレアは何にも変わってないわね」

「あぁ。俺達が知ってるフレアちゃんだよ」

 アクセルとクラッチは、フレアを見つめながら同時に微笑みを浮かべた。

「――ところでさ、兄貴」

「ん?」

 クラッチが前を向いたまま尋ねる。

「兄貴って前も祝福の道標を回ったんだよね? 何でそんなことしたの?」

 クラッチの言葉に、アクセルは少しの間沈黙する。そして窓の外に視線を向けながら静かに口を開いた。

「絶対に叶わない願いってのをやってみたかったんだ。未練がましい考えを断ち切れると思ってさ。結局どっちの願いも叶わなかったが」

「ふうん?」

「おっと、静かに。始まるみたいだぜ」

 アクセルはそう言って、口元に指を立てた。二人の視線の先で、バーンズとフレアが見つめ合っていた。

 聖書を携えた神父が誓いの言葉を述べている。そしてバーンズとフレアは互いに頷き合った。バーンズがそっとフレアの指に指輪をはめる。

「――ここにこの二人を夫婦と宣言する」

 神父が高らかにそう告げた。

 それを合図に口づけを交わすバーンズとフレア。周りから拍手喝采が巻き起こった。

 フレアが招待客に笑顔で手を振っている。その中にアクセルとクラッチの姿を見つけ、フレアはより一層激しく手を振った。

 それはとても綺麗な、心からの笑顔だった。

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