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ノーブレーキ・ランナウェイ  作者: 佐久謙一
第五章 またお買い物を邪魔されます
33/35

5-7



 フレアが店に入ると、すぐ先にノズールの背中が見えた。後ろ手にナイフを携え、誰かに話しかけている。

「フレア? どうしました? 何故戻ってきたのです?」

 ノズールが部屋の奥へと消えていく。フレアは慌てて部屋の入り口に駆け寄った。

「ミスター・バーンズ!」

 フレアが叫ぶ。フレアの視界にファーティを取り押さえているバーンズと、肩越しにこちらを認識しているノズールが映った。バーンズは驚いた表情でフレアを見ている。

 ノズールがナイフを振りかざし、バーンズに駆け寄った。フレアの姿をした強襲者に、バーンズの反応が一瞬遅れ、振り下ろされたナイフを咄嗟に手で受けた。刃が掌を貫き、辺りに血が飛び散った。

「クソッ! 貴様――」

 バーンズはナイフを刺された手で、そのまま相手のナイフを持つ手をつかみ、捻り上げた。ノズールの体のバランスがガクンと崩れる。しかし今の動きで拘束が緩まったせいか、足元のファーティが体を回転させ、バーンズの腹に蹴りを放った。衝撃でバーンズの体が吹き飛ばされる。

「ふぅ、助かったよ。ノズール」

 ファーティが体を起こしながら言った。

「……ナイフを持っていかれてしまいましたわ」

 ノズールは忌々しげにバーンズを睨む。バーンズは腹部を押さえながらゆっくりと立ち上がった。左の掌にはまだナイフが刺さったままで、ポタポタと血が滴り落ちている。

「貴様が話に聞いていた、変装を得意とする賊か。よりによってフレアに化けるとは……」

 バーンズが荒い息を吐きながら言った。

「形勢逆転だなぁ、バーンズ」

 ファーティが高らかに笑い声をあげた。足元の銃を拾い上げ、クルクルと回しながらバーンズを見る。

「正直手前を舐めてたよ。仮にもウォルフファミリーを壊滅に追いやった張本人だ。正面からやりあって勝てる相手な訳ねえわな。だが――」

 ファーティが振り返りフレアを見据える。視線を向けられたフレアは、はっとした表情で立ちすくんだ。

 ファーティは素早くフレアに駆け寄ると、乱暴に腕をつかんで自分の元に引き寄せた。

「フレア!」

「動くんじゃねえよ」

 フレアのこめかみに銃をつきつけながらファーティは言った。

「手を頭の後ろで組んで跪くんだ。おっと、手にはナイフが刺さっているんだったな。そいつは引っこ抜いてこっちに投げな」

 ファーティの要求にバーンズは無言で頷いた。そして歯を食いしばりながら手からナイフを抜き取り、それを地面に放った。血まみれのナイフが床を跳ね、乾いた金属音が鳴り響く。

 続いてバーンズは言われた通りに、手を頭の後ろで組んで跪いた。掌から溢れる血が首から肩を伝って流れている。

 従順なバーンズに満足するようにファーティは笑みをますます深めた。

「ノズール。私のベルトに手錠がかかっている。そいつでバーンズを拘束するんだ」

「かしこまりましたわ」

 ノズールが笑顔で頷く。

「……その顔、その声で喋るな」

 ノズールを見ながら、バーンズは忌々しそうに言った。ファーティのベルトから手錠を取ったノズールは、にっこりと微笑みながらバーンズの元に歩み寄っていく。

「そのようなこと仰らないでください。私、フレアはとても悲しい思いですわ」

 バーンズを煽るように、ノズールはねっとりとした口調で言葉を続ける。

「あぁ、バーンズ様。そんな怖い顔をなさらないで。私はこんなにもバーンズ様をお慕い申しているというのに。バーンズ様を想うだけで私の体は熱いうねりを上げるほどに火照り上げ、あなた様がもたらしてくれる歓びを想像しては、毎夜自分を慰めているのです」

「貴様っ!!」

 バーンズは激高して立ち上がりかけるが、銃をつきつけられたフレアを見て、寸前で思いとどまった。

「ハッハァ、いいざまだなバーンズ!」

 ファーティはたまらず声を上げて笑い出す。

「フレア・ラパロにバーンズ・アルバード。今日の戦利品は実に豪華だ。これで親父達は釈放。おまけに身代金もがっぽり。そしてウォルフファミリー復活だ! 実に良い日だ。今日をウォルフファミリー復活の記念日にしてやるぜ!」

 ファーティの笑い声を、バーンズは怒りに震えながら聞いていた。食いしばった歯の奥から唸り声を上げながらファーティを睨みつける。

「そんなことにはなりませんわ!」

 その時、ファーティの笑い声をかき消すように、フレアが声を上げた。突然のことに、ファーティは怪訝な顔でフレアを見る。

「急に何言い出してんだ?」

「あなたの思い通りにはならないと申したのです」

 フレアは毅然とした態度で言った。視線はバーンズに真っ直ぐ向けられている。

「何故なら、ここにはミスター・バーンズがおりますから」

「は? 手前、今の自分の立場分かってんのか」

 ファーティは銃でフレアのこめかみを小突いた。だがフレアは構わず言葉を続ける。

「ミスター・バーンズ。私はあなたのことを誰よりも尊敬しております。強力な後ろ盾が無いにも関わらず、それでも自分の意思と力で正義を貫き通す――そんなあなたのことをすごく羨ましく思っておりました。実は内緒にしていましたが、パーティで出会う前から、あなたのことを慕っていたのです。あの時――ダンスに誘っていただいた時――心臓が破裂しそうなほどドキドキしましたわ」

 フレアは胸に手を当てて、にっこりと微笑んだ。

「そして私はずっとあなたのようになりたいと思っておりました。最初はただの憧れの気持ちでした。でもあなたからの言葉がきっかけで、それではダメだと気付いたのです。自分で決断し、実行しなければ、何も変わらないと――だから私は旅に――祝福の道標を巡ることにしたのです」

「手前いつまでノロケ話してんだ。怖くて頭おかしくなっちまったか?」

 ファーティはフレアに銃口を強く押し付ける。フレアは目を閉じて小さく深呼吸する。そして再びバーンズを見つめて静かに口を開いた。

「ミスター・バーンズ。ここには私もおりますわ。私、物覚えは良い方なのです」

 フレアはそう言ってウインクする。フレアの意思を読み取ったバーンズは無言のまま小さく頷いた。

 その瞬間、フレアの両手がファーティの銃を持つ手をつかみ、一気に捻り上げた。それと同時にバーンズが立ち上がり、傍らのノズールにローキックを放った。

 突然のことにノズールはそのままバランスを崩して地面に倒れた。バーンズはそのままファーティに向かって駆け出す。

「て、手前っ!」

 ファーティが声を上げながら、フレアの手を払いのけた。手首の極めが不完全だったようだ。なおも食ってかかろうとするフレアを蹴り飛ばし、こちらに向かってくるバーンズに銃を向けた。

 バーンズが姿勢を低くし、地面のナイフを拾い上げる。それと同時にファーティは引き金を引いた。銃声が鳴り響き、バーンズの右肩がぱっと裂ける。バーンズは仰け反りながらも拾ったナイフを勢いよく放った。放たれたナイフはファーティの腕に命中し、ファーティは思わず苦痛の声を上げる。

「畜生! それ以上来るんじゃねえ! 女をぶち殺すぞ!」

 ファーティが叫びながら銃をフレアに向ける。

 その時、何者かがファーティの両足首をつかんで引きずり倒した。ファーティは受け身を取る間もなくうつ伏せに倒れる。

 ファーティは混乱した顔で足元を見る。そこには地面に寝そべったサングラスの男が、自分に笑顔を向けていた。

「ビースト!」

 バーンズが思わず叫ぶ。

「今だぜ、ニューブラザー! 早いとここいつをやっちまいな!」

 ビーストが叫ぶ。距離を詰め切ったバーンズはファーティの銃を持つ手を蹴り飛ばした。そのまま上に覆いかぶさり、渾身の力で首を締め上げる。

「――――!!」

 ファーティが声にならない叫びをあげながら暴れ出す。バーンズも獣の断末魔の様な唸り声を上げながら、首をどんどん締め上げていく。

 やがてファーティの叫びが小さくなり、手がだらりと垂れ下がる。口から白い泡を吐きながら体を痙攣させている。

 バーンズは腕の力を緩めた。ファーティは完全に気を失っていた。

「やったな、ニューブラザー! 俺達の勝利だ!」

 ビーストはバーンズの肩を叩きながら歓喜の声を上げた。

「ビースト、無事だったんだな」

 バーンズが安堵の息を漏らしながら振り返る。だが後ろにいたビーストは腹部の銃創から現在進行形で大量出血していた。

「……無事じゃなさそうだな」

「この程度かすり傷だぜ、ブラザー。俺は不死身なんだ」

 バーンズは戸惑った様子で頷きつつ、傍らのフレアに顔を向けた。フレアはゆっくりと立ち上がりながらバーンズに微笑む。

「ミスター・バーンズならやってくれると信じておりましたわ」

 バーンズも微笑み、小さく頷いた。

「ありがとう、フレア。君のおかげで助かった」

「お安い御用ですわ」

 フレアが得意げに鼻を鳴らす。その仕草にバーンズは思わず吹き出していた。フレアは一瞬むっとした表情を浮かべるが、バーンズにつられるように声を上げて笑い出した。

「――素敵な笑顔だ」

 バーンズがそっと呟く。その声は小さくフレアの耳には届いていなかった。しかしわざわざ伝える必要は無いとバーンズは思っていた。

 もう彼女は心から笑えるようになっていた。

 それは彼女自身もすぐに気付くことだ。



「全く、散々な旅行だったぜ」

 壁にもたれかかったアクセルは、憲兵に運ばれていくファーティを見送りながら、ポツリと呟いた。目の前ではたくさんの憲兵が慌ただしく動き回っており、バーンズがその中で部下に指示を飛ばしている。

 傍らの護送車には気絶したファーティとクローネ。そしてノズールが座らされていた。ノズールは呆然とした顔でファーティを見つめており、完全に戦意喪失しているようだった。

「あのノズールって子は一発ぶん殴ってやりたかったですわ」

 憤慨した様子でフレアが言った。クラッチは苦笑を浮かべながら口を開く。

「あんた、銃を持った相手に食ってかかったんだって? 無茶しすぎだよ」

「えへへ、不思議と怖いという気持ちはありませんでしたわ」

「それ感覚がマヒしてる奴だから。もう二度と危ないことやっちゃダメだよ」

「うまく言えないのですが、あの時は絶対に大丈夫という確信みたいなものがありまして――」

「だからそういうのが危ないって言ってるでしょ」

 クラッチが心配そうな顔を浮かべて、フレアの顔を覗き込む。フレアもそれ以上は何も言わず、大人しく頷いた。

 護送車が動き出し、ウォルフファミリー残党を乗せた車が遠ざかっていく。三人は大きなため息を吐きながら、その車を見送った。

 フレアは大きく深呼吸をして空を見上げた。ぼーっとした顔で空に流れる雲を目で追っていく。

「――どうした?」

 バーンズがこちらに歩み寄ってくる。フレアはアクセル、クラッチ、そしてバーンズの順に目を移し、微笑みを浮かべた。

「何と言えばいいのでしょう。私は今とても不思議な気持ちなのです。満足しているようで、寂しいようで――どんな言葉でも言い表せないような気持ちなのですわ」

 フレアの言葉に、アクセルは声を上げて笑う。クラッチも微笑みを浮かべながら鼻を鳴らし、バーンズも肩をすくめた。

「皆、同じ気持ちの様だな」

 その言葉に、フレアは小さく頷いた。

 その時、大きな鐘の音が町中に響いた。四人が振り返ると、町の中央にそびえたつ時計台から、時刻を伝える鐘の音が響いていた。

「……素敵な音色」

 フレアがポツリと呟く。そんなフレアにアクセルは鼻を鳴らしながら、時計台を指差した。

「あれがこの町のパワースポットである『エンジェルタワー』。この町の守り神さ。教会に付属していて、その鐘の音色には邪気を払う力があると信じられている」

 フレアは驚いた様子でアクセルを見る。

「あれがそうだったのですの? 町に入った時からずっと見えていたのですね」

 フレアの言葉にアクセルは肩をすくめながら言った。

「案外探しているものってのは、分かりやすいところにあるものなんだぜ?」

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