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「……ミスター・バーンズにはあんな一面もあったのですね」
背後でフレアが引きつった笑いを浮かべながら呟いた。
「フレア、あれは変な葉っぱのせいでちょっとおかしくなってるだけだから。バーンズの為にも今日見たことは忘れてあげて」
「も、勿論そうしますわ」
フレアがぎこちない動作で何度も頷いた。
「おーい、バーンズ連れてきたぞ」
アクセルがそう言いながら戻ってきた。バーンズはアクセルの肩に捕まった状態で、焦点の合わない目を周囲に向けながら何やら呟いている。
「……ふふふ、激しい乱気流が来るぞ。空気抵抗を減らすためにムダ毛を処理しないと」
「本当に大丈夫なんでしょうね?」
クラッチがアクセルを睨む。
「あと数分もすれば元に戻るって」
「だといいけど」
クラッチは大きくため息を吐いた。
その時激しい轟音と共に店の壁が吹き飛んだ。砂埃と煙が周囲を覆い、男達の悲鳴が上がる。
「お前達、早く逃げろ! 爆弾テロだ!」
入口の扉が開かれ、憲兵が入ってきた。背の高い女の憲兵だった。大きな声で外に逃げるよう叫んでいる。その声に先導されるように腰みの軍団は店の出口へと走っていく。
「私達も早く出ましょう」
クラッチが言う。アクセルとフレアも頷き、出口の扉へと向かう。
「あなたはミス・フレアですね」
扉に差し掛かったところで憲兵が尋ねてきた。
「お嬢様には、さる御方の命により、専用の車が用意されております。私と一緒に来てもらえますか? 勿論ご友人もご一緒に」
「あら、そうなんですの? お父様とか?」
フレアの問いに憲兵は帽子を深く被り直しながら頷く。
「大事なお嬢様にもしものことがあってはいけませんからね。さぁ、急いで」
「おーい、ちょっと待ってくれよ」
アクセルがバーンズを引きずりながら言った。
「兄貴早くしなよ。憲兵の人が車を用意してくれてるってさ」
「こいつ完全に気を失いやがったんだよ。ちょっと憲兵さん、運ぶのを手伝ってくれ」
アクセルが憲兵に顔を向ける。その瞬間、アクセルは眉をひそめて憲兵の顔をまじまじと眺め始めた。
「……何か?」
憲兵が尋ねる。アクセルは首を傾げながら口を開く。
「いや、見覚えのある顔だなって思ってさ。前にどっかで会ったっけ?」
「いえ、初対面のはずですが」
「……兄貴、ナンパは後にしてくれない?」
クラッチが呆れた顔で言った。アクセルは首を横に振りながら真剣な表情を浮かべる。
「いや、絶対どこかで会ったって。俺、基本的に一度会った女はホクロの数まで忘れないからさ。そしてあんた見てると何故か鳩尾当たりがキリキリ痛むんだよ」
「他人の空似じゃありませんか?」
「絶対違う。ちょっと帽子取ってみせてくれよ」
アクセルの言葉に憲兵は大きくため息を吐く。そしてゆっくりとした動作で帽子を取った。露わになった両目がまっすぐにアクセルを見据える。
その顔を見た瞬間、アクセルの顔が凍り付いた。震える手で憲兵を指差し、口を開く。
「お、お前……ファ……ファ……」
アクセルが言い終わる前に、憲兵の鋭い拳がアクセルの顔面を貫いた。短い悲鳴と共にアクセルがその場に倒れる。
クラッチとフレアは驚いた表情で憲兵を見る。その視線を受け、憲兵はニヤリと笑った。
「あぁ、バレちまったなら仕方がないねぇ。まぁ、遅かれ早かれバレるとは思っていたが」
「あんた、まさかウォルフファミリー? この爆発もあんたの仕業?」
クラッチの言葉に憲兵はますます口元を歪ませる。
「ご名答。私はウォルフファミリーのファーティってんだ。この馬鹿が気付かなければ、誰も傷つかずにスムーズに事が運べたってのにねぇ。つくづく私の計画の邪魔をする男だよ」
ファーティは忌々し気に唾を吐きながらアクセルを睨みつける。アクセルは殴られた鼻を押さえながら、傍らのバーンズを小突いている。
「おい、起きろよバーンズ! お前、こんな時に役に立たないで、いつ活躍するんだよ! もう出番無くなっちまうぞ!」
その様子にファーティは声をあげて笑う。
「こいつは好都合だな! フレア・ラパロと憎きバーンズがセットで手に入るなんてねぇ!」
ファーティが腰のホルスターから銃を抜き取る。そして銃口をフレアに向けた。
「さあ、お嬢様。私と一緒に来てもらおうか?」
フレアの目が銃に向けられ、大きく見開かれる。
「言う事を聞かないと、手前の大事な友人に穴が増えることになるぞ」
「い、行きませんわ……!」
フレアは震える声で言った。ファーティは眉をひそめてフレアを睨みつける。
「手前、なんつった?」
フレアはファーティをきっと睨みながら答えた。
「行かないと言ったのです。犯罪者の要求になど一切応じません! あなたには自首する事をオススメしますわ! 周りには憲兵が一杯おります。逃げられる訳がありません! これ以上罪を重ねる前に投降しなさい!」
今度ははっきりとした口調で言った。きつ然とした態度を取るフレアに、周りの者はぽかんとした顔でフレアを見ている。
「は、ははっ!」
ファーティは顔を歪めて笑い声をあげた。
「虫も殺したことないような箱入りお嬢様と思ってたけど、中々肝が据わってるじゃないか」
ファーティはそう言うなり、銃口をバーンズに向けた。
「やめて!」
フレアが思わず叫ぶ。その反応にファーティは口元をニヤリと歪ませる。
「もう一度聞いてやる。私と一緒に来るんだ。次にふざけたこと言ったらどうなるか分かってるね?」
ファーティの言葉にフレアはぐっと言葉に詰まる。重い沈黙の中、フレアとファーティは互いに睨み合った。
「おっと、そうはさせねえぜ!」
その沈黙を破るように、突然ファーティの後ろから声があげられた。ファーティが振り返ると、そこには腰みの一丁の男が立っていた。
「ビースト!」
アクセルが叫ぶ。その叫びに答えるように、ビーストは笑顔を浮かべて親指を立てる。




