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三人は目的の住所まで急いで移動していた。
目的の住所への道のりが大きく立ち昇る黒煙と方向が一緒だったため、クラッチは嫌な胸騒ぎを感じていた。
「えぇと、次の角を右に曲がってまっすぐ行って――あそこだ!」
クラッチが目的の店を指差した。路地の角にある小さな店だった。見たところ爆発に巻き込まれている様子はなかった。
三人は急いで店の入り口に向かう。そして中に入ろうとドアに手をかけた時、背後からの声に呼び止められた。
「シクレ副隊長! 現場はそこではありません!」
「あ?」
名前を呼ばれ、シクレは困惑した顔で振り返る。そこには先程の大柄の男がいた。
「さぁ、俺と一緒に現場に向かいましょう! 向かわないといけないんです!」
「はぁ? 何言ってんですか、あんた。もしかして私のストーカーか何かですかぁ?」
シクレはため息を吐きながら言った。そして自分に顔を向けているクラッチとフレアに、手で先に行くよう合図する。クラッチとフレアは戸惑いながらも小さく頷き、店の中に入っていった。
「……さて、あんた所属と名前は? な~んで私に付きまとうんですかねぇ」
シクレは男を睨みつけながら言った。男は落ち着かない様子で視線をさまよわせている。
「さっさと答えたらどうなんですかぁ?」
「お、俺は――」
男は脂汗をにじませながら答えた。
「俺はあんたを現場に連れて行かないといけないんだ!」
「……いや、だから何でって聞いてるんだけどぉ? 頭空っぽですかぁ?」
「俺は馬鹿じゃない!」
男は泣きそうな表情で叫んだ。シクレは顔をしかめてため息を吐く。
「――シクレさん」
その時、後ろから聞き覚えのある声がかけられた。シクレが振り返ると、そこにはフレアが笑顔を浮かべて立っていた。
「あれ? ミス・フレア? もう店の中は調べたんですかぁ?」
シクレの言葉にフレアは頷く。
「はい。バーンズさんに会えましたわ。それでバーンズさんからの伝言なのですけど、護衛は自分が引き継ぐから、シクレさんは現場に向かってくれとのことです」
「う~ん、そっかぁ」
シクレは顎に手をやり、男を振り返る。男は泣いていた。シクレは再びため息を吐くと、男の肩をぽんぽんと叩く。
「仕方ないですねぇ。ほら、現場に行ってあげますよぉ。案内してください」
男は嗚咽を上げながら頷いた。
男が走り出し、その後をシクレが追う。シクレがチラリと背後に視線を向けると、笑顔を浮かべたフレアがじっとこちらを見つめていた。
店内に入ったクラッチとフレアは、カウンターにいた店員にアクセルの事を尋ねた。
「あぁ、アクセルちゃんね。ちょうど遊びに来てるよ」
店員が頷きながら言った。クラッチは小さく礼を告げると店の奥へと小走りで向かう。背後から店員の呼び止める声が聞こえてくるが、構うことなく奥への扉を開いた。部屋の中から軽快なリズムの音楽が聞こえてくる。
「…………」
中に入った二人は、唖然とした表情で立ち尽くした。目の前に広がる光景が理解の許容量を完全に超過し、まともに言葉を発することも出来なくなっていた。
店内では男達がリズムに合わせて自由気ままに踊っていた。薄暗い室内には照明代わりの松明がそこら中に設置されており、映し出される影が男達の踊りに合わせて不規則に伸び縮みしている。
そして何故か男達は、皆一様に腰みの一丁の姿だった。
「ウッホ、ウッホ、ウッホ、ウッホ」
変な掛け声に合わせて、男達が腰を振っている。松明と男達の踊りによる熱気が店中を包み込んでおり、非常に息苦しさを感じる。
「あれ、クラ?」
突然声をかけられ、クラッチは、はっとした表情で振り返った。そこには他の男達と同様に腰みの一丁のアクセルが立っていた。何故か右手には石槍を携えている。
「こんなところで何やってんだ。ここは女子禁制だぞ」
「そっくりそのまま私が聞きたいわ! 何だこの変な店!」
クラッチの言葉にアクセルは肩をすくめながら答える。
「男ってのはな、時々野生に帰りたくなる時があるのさ」
「もういいよ、兄貴の性癖講座は……」
クラッチは頭を抱えながら首を振った。
「それよりバーンズはどこ? 一緒じゃないの?」
「ん? バーンズならあそこにいるぞ」
アクセルが店の中央を指差す。そちらに顔を向けると、一段高いステージらしき場所にバーンズが立っていた。他と同様に腰みの姿で、周囲の男達を従えてステージ中央で踊っていた。
「俺はこの世界の支配者だあああああああああああああああ!!」
バーンズが両手を振り上げ、高らかに叫ぶ。それに合わせて周りの男達も掛け声を上げながら拳を振り上げた。
「貴族のクソッタレ共おおおお! 全員地獄に落ちろおおおお!! 糞親父めええええ! 誰のおかげで今の暮らしが出来ると思ってるんだあああああ!!」
バーンズの叫びに応じて、周りでバーンズコールが巻き起こっている。
クラッチはアクセルの髪を引っ掴むと、力任せに自分の元まで引き寄せる。
「おい、馬鹿兄貴。あんた彼に何したの?」
「何って、別に俺は――」
アクセルは腰みのから一本の煙草を取り出した。
「この、ちょっと自由な気持ちになれる葉っぱを吸わせただけだよ」
「あんた、治安部隊の隊長に何てもの吸わせてんのよ!」
「大丈夫だよ。これまだ法規制されてないし」
「いいから連れ戻してこい! 今外で大変なことが起きてんだよ!」
クラッチはそう言ってアクセルのケツを蹴り上げる。アクセルは渋々と言った様子でバーンズの元まで向かった。




