5-2
「なんだか落ち着きませんわ」
宝石店でアクセサリーを眺めながらフレアは呟いた。チラリと後ろを振り返ると、仏頂面の憲兵二人が遠巻きに立っているのが見える。護衛というより監視されている気分だった。
「ま、しょうがないでしょ。男共がそろってどっか行っちゃったんだし」
クラッチはそう言いながら、ショーウィンドウに並ぶ指輪やネックレスに目を通す。そして値札が視界に入るたびに眉をひそめて小さく唸る。
「……値段やべえ。こんだけあれば十年は遊んで暮らせるわ」
「良かったら一つプレゼントしますわ」
フレアが笑顔で言った。クラッチは首を激しく横に振る。
「いいよ、そんなことしてもらわなくても。見てるだけで満足だからさ。ていうかもう服買ってもらったじゃん」
「遠慮なさらなくてもよろしいのに」
「あのねぇ、こんな高額な物プレゼントされたら逆に困るっての」
クラッチは呆れたように息を吐いた。
「――私達の旅、もうすぐ終わるのですね」
フレアがポツリと呟く。寂しそうな表情を浮かべていた。
「この数日間、本当色々ありましたわ。砂漠でアクセルさんに出会って、クラちゃんには怖い顔で怒られて――」
クラッチは気まずそうに咳払いをする。
「それから色んな町で色んな物を見て、色んなものを食べて――でも一番美味しかったのはボラーチョで食べたクラちゃんの御料理ですわ」
「じゃあまた食べに来なよ」
クラッチは微笑みながら言った。
「別に今生の別れって訳でも無いんだし、また遊びに来なよ。ちょっと遠いかもしれないけど」
フレアは頷きながらにっこりと笑う。
「是非。落ち着いたら手紙を送りますわ」
クラッチも小さく頷いた。
「――あのぉ、お買い物中すみません」
その時、背後から突然声をかけられた。二人が振り返ると、小柄な女性が微笑みを浮かべて立っていた。その女性には見覚えがあった。
「あれ、シクレさんですか?」
フレアが驚いた顔で言った。背後にいた人物――シクレはへらへらとした表情で敬礼した。
「そうですよぉ、シクレちゃんですよぉ。お久しぶりですねぇ。いやぁ、まさかちょっとした小旅行のつもりがこんな大騒動になるなんて思いませんでしたねぇ。あ、そちらの方はクラッチさんですね。初めまして!」
シクレが明るい表情で言った。クラッチは眉をひそめてシクレを見つめる。
「……またこのパターン」
「え?」
クラッチは警戒した顔で呟く。チラリと護衛の方に視線を向けるが、おそらくシクレの顔を知っているのだろう。二人とも特に警戒する様子もなくこちらを見ている。
「クラちゃん、警戒しなくても大丈夫ですわ。このシクレさんは本物です」
隣のフレアが笑顔で言った。クラッチが怪訝な顔を向けるとフレアはシクレの方を見ながら言葉を続ける。
「だって前の偽物とは全然雰囲気が違いますもの。このゆるい感じこそシクレさんですわ」
「偽物? あ、そっか。私に変装した奴がいたんでしたねぇ」
フレアの言葉を聞いてシクレはぽんと手を叩いた。
「それじゃあ念の為に、本物しか知らない情報教えますよぉ。そうですねぇ、バーンズ隊長のエロ本の隠し場所とか」
「……そんなの教えられてどうしろってのよ。そもそも本当か分からないし」
クラッチが呆れた顔で言うと、隣のフレアが小さく手を上げる。
「あ、私、知っておりますわ。以前シクレさんと一緒にミスター・バーンズの部屋を漁ったことがありまして」
「隠し場所は本棚。下から二段目の本の裏ですねぇ」
「正解ですわ」
「……あんたらほんと何やってんの?」
クラッチはため息を吐きながら言った。
「ところで、あんたは何しに来たの? 何か用件があったんじゃないの?」
クラッチが尋ねる。シクレははっとした顔で頷くと静かに口を開いた。
「そうだったわ、私バーンズ隊長に報告することあったんですよぉ。一緒じゃないんですか?」
「ミスター・バーンズはアクセルさんと一緒に別行動を取っていますわ」
「あ、そうそう。そのアクセルって人」
シクレがフレアを指差しながら言葉を続ける。
「牢屋をこじ開けて逃げ出したからさ。報告したかったんだよねぇ。でも一緒ってことはもうバレてるってことかぁ」
「え?」
シクレの言葉に、フレアとクラッチは互いに顔を見合わせる。
「どうしたんですかぁ?」
「牢屋がこじ開けられていたって?」
クラッチが尋ねる。シクレは頷いた。
「えぇ、そうですよぉ。何かすごい力で鉄格子がねじ曲がっていましたねぇ。何か道具でも使ったんですかねぇ。わざわざそんなことしてまで逃げなくていいのに」
その言葉を聞いてクラッチとフレアの顔が青ざめる。クラッチはシクレに詰め寄ると慌てた様子で口を開いた。
「違う。牢屋にいたのは兄貴じゃない。ウォルフファミリーなんだよ!」
「ウォルフファミリー? どういうこと?」
クラッチはアクセルから聞いた話を早口で説明する。話を聞いていくうちにシクレの表情が段々と強張っていった。
「え……何それ……超やばいじゃん。私そんな大物取り逃しちゃった訳?」
「ただ逃げてくれただけならいいけど、もしかしたらまたフレアを狙ってくるかもしれない」
クラッチの言葉に、シクレは真剣な表情で頭を抱えた。唸り声を上げながら悩んでいる。
その時、地面を揺らすほどの轟音が、遠くの方から響いてきた。突然の事態に、その場にいた全員が慌てた様子で周囲に視線を向ける。
「大変です! 何か大きな爆発が起きた模様です!」
護衛の一人が叫んだ。店から出ると、遠くで大きな黒煙が昇っているのが確認できた。
「……まさかウォルフファミリー?」
クラッチが呟く。その言葉にシクレは引きつった笑みを浮かべる。
「ま、まっさかぁ。この町に何人の憲兵がいると思ってるんですかぁ」
「分からないよ。町中だろうと平気で襲ってくる連中だ。とりあえず兄貴達と合流しないと」
クラッチの言葉にフレアも頷く。
「お兄さんどこにいるか分かってるんですかぁ?」
「どこにいるかは分からないけど――ちょっと待って。確か――」
クラッチは顎に手を当てて考え込む。
「確か、ここに友人がいて、出発の日に手紙を送ってた気がする。もしかしたらその人のところにいるかもしれない。名前は何だったかな……。確か数字の後にビーストとか書いてあったような……」
「ビースト? もしかしてワン・オー・ワン・ビーストですか?」
クラッチの言葉に護衛の一人が答えた。
「知ってんの?」
「えぇ、知っていますよ。この町では有名なチンピラです。この町一帯の不良グループをまとめている男ですね。色々と怪しい商売をやってはいますが、非合法活動には手を染めない真っ当な連中です」
「お店とかやってるってこと? どこにあるか教えてくれない?」
「風俗、飲食と両手じゃ数えきれないくらいあるので、それを一つ一つ見て回るのは……」
「おい、待てよ。確か最近新しい店作ってたよな? あそこじゃないのか?」
もう一人の護衛が会話に入ってくる。
「どんな店なの?」
クラッチは尋ねた。護衛はクラッチに向き直って口を開いた。
「『男の楽園』という名前のクラブです」
「……どんな店よ?」
護衛は小さく首を横に振りながら言った。
「よく分かりません。ただ最近ビーストはその店をよく利用しているので、お気に入りであるのは間違いないと思います」
護衛は店の住所をクラッチに告げる。
「分かった。そこにいることに賭けましょう」
クラッチが頷きながら言った。
その時、再び大きな轟音が鳴り響いた。地面が震え、転びそうになったフレアをクラッチが支える。
「……やはりただごとじゃないぞ」
護衛が呟く。黒煙がさらに大きくなり、周囲の人々は悲鳴を上げながら逃げまどっている。
「おい、そこの者! 何をしている!」
その時、突然背後から声をかけられた。振り返ると、憲兵の制服を着た大柄の男がこちらに近付いてきていた。
「連絡が来ていないのか!? 至急現場に向かえと言われているはずだぞ!」
大柄の男が言った。護衛二人は戸惑った様子で互いに顔を見合わせる。
「う~ん、緊急事態だからしょうがないですねぇ」
事態を把握したシクレは、そう呟きながら護衛二人に向き直る。
「ミス・フレアの護衛は私が引き継ぐから、二人は現場に向かいなさい。バーンズ隊長には私から言っておきますよぉ」
シクレの言葉に、護衛二人は申し訳なさそうに頷いた。そして踵を返し、黒煙の昇る方へと走っていった。
「お前は現場に行かないのか?」
大柄の男がシクレに尋ねる。シクレは男を一瞥すると、懐から身分証を取り出し、男の眼前に見せつけた。
「制服をよく見なさい。私は二〇二治安部隊、副隊長のシクレちゃんですよぉ。ここは管轄外ですし、お前呼ばわりされる筋合いはありませんねぇ」
「えっ? こ、これは失礼しました!」
大柄の男は慌てた様子で敬礼した。そして逃げるように黒煙の方へと走っていった。
「全く、最近の新人は教育がなってないですねぇ」
シクレはため息を吐きながら、男の背中を見送った。
「とりあえずやばいことになってるようだし、急いで兄貴とバーンズのところに行こう」
クラッチの言葉にシクレとフレアは頷いた。




