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「え? 別行動したい?」
翌日、日が昇るとともに彼らはホオビを出発した。次の目的地に向かう車内で、アクセルは頷きながら言った。
「あぁ、男子チームと女子チームに分かれてさ。それぞれ町を好きに巡るのさ。パワースポットの方は後で集合して行く感じで」
運転席に座るバーンズがバックミラー越しにアクセルを見る。
「何を企んでる。昨日のことを根に持ってるのか?」
「……あんた達、また喧嘩したの?」
クラッチが呆れたようにため息を吐いた。助手席のフレアがアクセルを振り返る。
「御二人とも、私とクラちゃんくらい仲良くしてください」
「男同士の関係ってのは、ドライな感じでちょうどいいのさ」
アクセルは肩をすくめながら言葉を続ける。
「それにミマズカじゃ、邪魔が入ってショッピング楽しめなかっただろ? 今度こそ二人で楽しんで来いよ」
「あ、いいですわね。クラちゃん、また可愛い服をいっぱい探しましょう!」
フレアはらんらんと目を輝かせるが、逆にクラッチは顔をひきつらせた。
「フレアの護衛はどうするんだ?」
バーンズが尋ねる。アクセルはバックミラーに視線を向けながら言った。
「次の目的地は帝都のすぐ隣の大都市『セアルサス』だ。憲兵もうじゃうじゃいる町で、もめ事起こそうなんて馬鹿はいないだろ? それに不安だったら、憲兵を何人か護衛につければいい」
「私が護衛すれば済む話だろう。私事に部下は使えん」
「俺が言いたいのは、あんたも少しは羽を伸ばせってことだ。その軍服も車に置いていきな」
アクセルは運転席のヘッドレストを軽く叩きながら言った。バーンズは顔をしかめて小さく唸る。
「何故そんなに私に構いたがる?」
「俺に言わせりゃ、あんたも相当無理してるタイプだと思うぞ。真面目に生きることしか知らないって感じだ」
「真面目で何が悪い」
「だから俺が息抜きの仕方を教えてやろうってんだ。真面目なだけじゃ人生楽しめないぞ」
「しつこい男だ」
「それが俺の取り柄だからな。とりあえず一日付き合いな」
アクセルがふふんと鼻を鳴らす。バーンズは諦めたようにため息を吐いた。
広くゆったりとした石造りの道の上を、数えきれないほどの人が歩いている。
道の両側には大きな建物が隙間なくひしめき合っており、遠くに見える大きな橋の上を蒸気機関車が走っている。町の中央らしき場所には大きな時計台が建っており、町全体を見下ろしているようだった。道路はよく整備されていて、たくさんの馬車や自動車が行き交っている。
ここは『セアルサス』。帝都に並ぶ産業、商業の中心都市だ。
「私らの町とは完全に別世界だわ」
町を見渡しながらクラッチが呟いた。
バーンズの運転する車はまっすぐ警察署へと向かった。警察署は周囲の建物よりも一際大きな造りをしていた。
駐車エリアに車を停めると、バーンズは三人を残して建物の中へと入っていった。そしてしばらくして二人の憲兵を連れて戻ってきた。バーンズは手短にフレアの事を説明すると、アクセル達に振り返った。
「話はついた。フレアの買い物中は彼らが護衛してくれる」
バーンズの言葉に、二人の憲兵は綺麗な姿勢で敬礼をした。
「職務から解放された気分はどうよ」
女性陣を見送りながらアクセルが言った。アクセルの背後には、言われた通りに軍服を脱いだバーンズが立っていた。
「銃を持たずに戦場に送り込まれた気分だ」
「まだまだ固いな。リラックスしろよ」
「休むことに慣れていないものでな」
「良いリラックス法を教えてやるよ。裸を想像するんだ」
バーンズが顔をしかめてアクセルを見る。
「誰が俺の裸を想像しろって言ったよ。自分の裸だ」
「紛らわしい言い方をするな」
そんな会話をしながらアクセルとバーンズは大通りを歩いていく。やがて大きな時計台の前まで来ると、アクセルは足を止めた。
「ここで待ち合わせしてんだ」
アクセルが言った。バーンズは辺りを見渡しながら尋ねる。
「誰と?」
「この町のボスさ」
バーンズは首を傾げた。
十分ほど待っただろうか。一向に減る気配のない周囲の人間を眺めていると、とある一団がこちらに近付いてきているのに気付いた。バーンズが怪訝な顔で眺めていると、一団の中央にいる人物が陽気な声でアクセルに話しかけてきた。
「ヘイ、アクセル! 久しぶりだなブラザー! 手紙くれてうれしいぜ!」
そいつは黒いスーツに黒いシャツ、そしてサングラスを身に着けた、とにかく全身黒ずくめの男だった。かなりガタイの良い体系をしていて、耳と鼻と口元にピアスが付いていた。首には金のネックレス、腕には高そうな金の腕時計がはめられている。
「よう、ビースト! 久しぶりだな! 何年ぶりだよ!」
アクセルは笑顔で言いながら、ビーストと呼んだ男にハグをする。
「……誰だ、この男は?」
バーンズが小声で尋ねる。アクセルはバーンズを振り返りながら言った。
「え? ビーストだよ。知らないのか? ワン・オー・ワン・ビーストの異名を持つ、この町のボスだ」
アクセルの説明にバーンズは眉をひそめる。その反応にアクセルは驚いた表情を浮かべる。
「マジであの伝説の男――ビーストを知らねえの?」
「あぁ、知らん。どういう男だ」
「白昼堂々、動物園に忍び込んで、多くの観客の前でライオンと交尾した男だ」
「……ただの馬鹿だろ」
「……懐かしい武勇伝だ」
アクセルの説明にビーストはしみじみと呟きながら、シャツを脱ぎ捨てる。その体には痛々しい傷跡がいくつも残されていた。
「……奴の攻撃は鋭かった。だがそれよりも深い爪痕を、俺は残してやったのさ。その日から俺は百獣の王を超えた男――百一番目の獣――ワン・オー・ワン・ビーストになったのさ!」
ビーストが高らかに叫ぶ。それに呼応するように周りの取り巻きも一斉に叫んだ。
「――誰もが知ってる。俺達は最高のナイスガイ。ただ突っ立ているだけで、周りの女の子達は脱ぎだすぜ。楽しくなりたいかい? 気持ち良くなりたいかい? だったら最高にホットでクールな俺についてきな!」
ビーストと取り巻き達が大声で歌いながら踊り始める。それに加わろうとするアクセルの首根っこをつかみながら、バーンズは険しい表情を浮かべた。
「お前、私を何に巻き込むつもりだ」
「巻き込む? 何言ってんだよ。休み方を知らないあんたに、最高の休暇をプレゼントしてやろうってんだ。その為にこいつらを呼んだんだ。本当は俺一人で行くつもりだったんだけど、特別にあんたも誘ってやったんだぜ?」
アクセルはバーンズの肩を叩きながら笑顔で言った。
「ヘイ、ブラザー。そういえばこのニューフェイスは誰なんだい? 紹介してくれよ」
踊り終えたビーストが笑顔で尋ねてきた。アクセルはビーストに向き直って言った。
「こいつ? 名前はバーンズ。俺の友人なんだけど、もうすぐ結婚を控えててさ。それで今までずっと仕事一筋で生きてきた超真面目人間だから、独身の内にしか味わえない、最高の楽しみを教えてやろうと思って連れてきたんだ」
「オウ、そうだったのか。そいつはナイスな選択だ。この町の楽しいことは俺が一番詳しいからな」
「あぁ、でも女遊びは簡便な。こいつ嫁さん一筋だから」
「今時珍しい純情ボーイだ。気に入ったぜ、ニューブラザー!」
ビーストと取り巻きが笑顔を浮かべてバーンズを取り囲み、肩を叩き始めた。
「……アクセルが何人もいる気分だ」
両肩をバシバシと叩かれながら、バーンズは重いため息を吐いた。




