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食事を終えた彼らは車に乗り込み、次の目的地であるホオビへと向かった。運転はバーンズが担当することになった。アクセルは後部座席でギターを弾いている。
「――暖炉の火を絶やさないで。ずっと君を温めていたい。君の温もりを忘れたくないから。糸と針を無くさないで。ずっと君を保ちたい。君の形を忘れたくないから。あぁ、やってしまった。どうか君を奪わないで。ずっとずっと――う~ん、いまいちだな」
アクセルは首を傾げながらギターをコツコツと叩いた。
「次の町は魔法使いの町なのですね? すごく楽しみですわ」
助手席に座るフレアが楽しそうにはしゃいでいる。
「魔法と言っても杖を振って奇跡を起こす類じゃないけどな」
アクセルはギターのチューニングを合わせながら言った。
「有名なのが薬草や鍼を使った医療だな。呪術医と言われてる奴だ。迷信的なのも多いが一部では帝都の医療よりも進んでいる分野もあるとか。他にも鉄を金に変える錬金術や星の動きから未来を占う占星術――」
「どれもこれも科学的根拠のないものばかりだな」
バーンズが話を遮るようにして言った。アクセルは顔をしかめながら運転席に身を乗り出す。
「ロマンの無い男だな。そんなんじゃ次のパワースポットは楽しめないぞ。せっかくこれまでの奴とは趣の違う奴なのに」
「あら、そうなんですの?」
フレアの質問にアクセルは頷く。
「だいたい観光名所ってのは、超自然か、すごい建造物かの二パターンだろ? だが次の奴はそのどれとも違うんだ。なんてったって魔法の力で生み出されたと言われている代物だからな」
アクセルの言葉にフレアが目を輝かせるが、対照的にバーンズは胡散臭そうに顔をしかめる。
「その顔は信じてない顔だな」
アクセルの言葉にバーンズが鼻を鳴らす。
「当然だ。事件や犯罪といった現実を相手にする仕事なものでな。その手の類に現を抜かしているほど暇ではない」
そう言うバーンズに、アクセルはため息を吐きながらフレアを見る。
「フレアちゃん、こんなユーモアの欠片もない男との結婚なんてやめた方がいいんじゃない?」
バーンズが顔をしかめる。その様子を見て、フレアが苦笑いを浮かべた。
しばらく車を走らせていると、町の入り口を示す案内板が見えてきた。
「お、着いたみたいだな。あそこに車を停めてくれ」
アクセルが一角を指差して言った。そこは駐車用のスペースらしく、他にも何台か車が停まっていた。
「着いた――のか? 町は見当たらないが」
車を停めながらバーンズが尋ねる。車を降りたフレアは辺りをキョロキョロと見渡している。
「確かに何も見えませんわ」
「ん? あっちだよ、あっち」
アクセルが指差しながら言った。そちらに顔を向けると、一面が白く靄のかかった風景が広がっていた。
「霧が出ているようだな」
バーンズが呟く。アクセルが先導して霧の方へと進んでいく。やがて霧の入り口に差し掛かったところで売店らしき小さな建物があることに気付いた。カウンターには無数の小物が置かれており、何より目を引いたのが大量に並んだ傘だった。
「やあ、いらっしゃい。この町に来るのは初めてかな?」
店主らしき中年の男性が笑顔を浮かべて話しかけてきた。アクセルは軽く手を上げて挨拶しながら店主に近付いていく。その間、三人は店に並んでいる商品に目を向けた。
そして傘に取り付けられた値札を見て、バーンズはぎょっとした様子で立ち尽くした。
「……何だこの傘。値段が定価の十倍はあるぞ」
同様にフレアも傘を手に取り、首を傾げている。
「帝都のブランド傘と変わらないお値段ですわね。良い素材を使っているようには見えませんし、何故これほどの値段がするのでしょう?」
そんな二人に、満面の笑みを浮かべたアクセルが近付いてくる。
「交渉完了! その傘、半額でいいってさ」
「半額? 誰が買うと言った」
バーンズは眉をひそめて言った。それに対してアクセルは肩をすくめながら霧の方を指差した。
「買わないと風邪を引くことになるぜ?」
「は?」
「あの霧の事だ。正確には、あれ霧じゃなくて雨なんだけどな」
バーンズはますます眉をひそめて空を見上げた。白い雲がまばらに浮いている青い空が確認できる。
「まぁ、百聞は一見に如かずだ。とりあえずおやっさん、傘四本ね。軍のツケで」
そうこうしている内にアクセルが勝手に話をまとめた。その手にバーンズの身分証が握られていることに気付き、バーンズは慌てて内ポケットを探る。
「貴様、いつの間に抜き取った!」
「言ったろ? 俺は根に持つタイプだってな」
アクセルはニヤニヤと笑いながら、身分証をバーンズに放り投げた。
「それじゃあ請求書は後でお送りします。それでは良い旅を」
身分証を両手でキャッチしたバーンズに、店員が笑顔でそう告げた。
バーンズがアクセルを睨みつける。アクセルは口笛を吹きながら適当に傘を選んで、フレアやクラッチに渡している。
「……この借りは返すからな」
「手前の方から先に仕掛けてきたんだろうが。これで貸し借り無しだ」
「もう、二人とも喧嘩はやめなって」
クラッチが呆れた顔で言った。
それぞれ傘を手に取った四人は霧に向かって歩いていく。近付くにつれて空気が冷たくなり、湿気を帯びてきているのが感じられた。
「そろそろ傘を開いた方がいいな」
アクセルがそう言って傘を開く。他の三人もそれに習う。そして霧の中へ一歩踏み出した。
その瞬間、まるでバケツをひっくり返したような豪雨が降り注いだ。猛烈な音で雨粒が傘に叩きつけられていく様に、三人は一様に驚いた表情を浮かべる。そんな三人にアクセルが笑顔で振り返った。
「これもある意味ホオビの名所といえるものだな。霧のように見えていたこれは、実は雨の壁だったんだよ。どういう訳かホオビは年がら年中、この雨の壁に囲まれてるんだ。だから入り口で傘を買わないと全身びしょ濡れになってしまうって訳さ」
「風邪を引くってこういうことか……」
バーンズは必死に傘を両手で支えながら足を進める。
「しかし、あの傘の値段――なるほど、良い商売をしている」
バーンズは感心したように呟いた。
降り注ぐ雨の中、四人は必死に前へと進んでいく。前もあまり見えないほどの豪雨だが、足元には目立つ色の線が引かれた道が続いているので、それを頼りに進んでいく事が出来る。
五分程歩いただろうか。入って来た時と同様、突然ぱっと雨が止んだ。




