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「シクレ副隊長、起きてください」
身体を揺さぶられ、シクレは唸り声を上げながら目を開いた。目の前にはこちらを心配そうに見下ろしている数人の憲兵の姿があった。
「あれぇ、私寝てた?」
自分の周りの憲兵達に視線を向けながらシクレは体を起こした。頭がフラフラしている。
「大丈夫ですか? 気を失っていたのですよ」
憲兵の一人が言った。その言葉を聞いて、シクレははっとした表情で立ち上がった。
「あっ、思い出した! 私、首を絞められたんだわ」
シクレの言葉に憲兵達は動揺した表情を浮かべる。
「一体誰にですか!?」
「それがぁ、思い出せないんだよねぇ。いきなり後ろからやられたもんでぇ。見たところ金品も盗られてないし、着衣に乱れも無いし、何が目的だったのやら」
シクレは顔をしかめながら言った。
「そういえば、あの変態は大丈夫かな?」
「変態ですか? どの変態ですか?」
「牢屋にいるでしょ。変態」
シクレの言葉に、憲兵は首を横に振った。
「いえ、店の中には誰もいませんでしたよ」
「あれぇ?」
シクレはおぼつかない足取りで牢屋まで向かう。薄暗い店内に並んだ無数の鉄格子をざっと眺めるが、憲兵の言った通り全てもぬけの殻だった。
シクレは眉をひそめながらアクセルのいた牢屋に視線を向ける。そこだけ何か大きな力でこじ開けたかのように鉄格子がひん曲がっていた。
「……あいつ、ああ見えて力強かったのかぁ?」
シクレの顎に手をやり、小さく唸る。憲兵の一人が鉄格子を注意深く観察している。
「おそらくですが、鉄格子の曲がり方からして、部屋の中からではなく外から力をかけられたものかと思われます」
「外? 誰かがあいつを逃がしたってこと? そいつが私の首を絞めた犯人かぁ?」
憲兵の説明を聞いて、シクレは眉をひそめる。
「どうしましょう? 我々は民間人の護衛を行うとしか聞いていないので、状況がつかめないのですが」
「うぅん、そうだなぁ」
シクレは唸りながら店の外まで移動する。そして夜空を見上げて静かにため息を吐いた。
「今日はもう遅いし、明朝、バーンズ隊長の元に報告に行こっか。変態が一人逃げただけだし、焦る必要ないっしょ」
へらへらと笑うシクレに憲兵達は困惑した様子で互いに顔を見合わせた。
「よく眠れたか?」
声をかけられ、アクセルはゆっくりと目を開いた。窓から差し込む日の光が部屋の中を優しく照らしている。アクセルは寝返りを打ち、声の主のほうに顔を向ける。そこには腕を組んで仁王立ちしているバーンズの姿があった。
「……眠れる訳ねえだろ。背中が痛くてしょうがねえよ」
アクセルは不満たっぷりに言った。今アクセルがいるのは床も壁もむき出しのコンクリートで作られた部屋だった。部屋には床に敷いた布団と仕切りの無いトイレしか存在せず、窓と片側の壁には重い鉄格子がはめられている。
早い話が牢屋だった。
アクセルは布団と呼ぶには薄すぎる布から体を起こし、バーンズを睨みつける。
「手前、陰湿な嫌がらせしやがって……。絶対許さねえからな。俺は根に持つタイプなんだぞ」
バーンズは鼻を鳴らしながら鉄格子を開けた。アクセルは首を鳴らしながらゆっくりと立ち上がった。
警察署を出た四人は近くの喫茶店で朝食をとることにした。四人掛けのテーブルに互いに向かい合う形で席につく。
「次の目的地は魔法使いの町『ホオビ』か。あそこも文化の町カヤノツサと同様、独自の宗教を持つ異民族の町だ。現地住民の反対で警察署がなく、独自の風習と法がまかり通っている」
運ばれてきたコーヒーを口にしながらバーンズが言った。
「――と言っても、観光産業でしっかり稼いでる町だし、猫とお話ししてたら即火あぶりにされるわけじゃねえんだから、そこまで神経質にならなくていいだろ?」
アクセルはそう言って、コーヒーとセットで出されたドーナツにかぶりついた。唸るような声を上げながら何度も頷く。
「やっぱここのジャムドーナツは最高だな。皆も冷めないうちに食えよ」
アクセルに促され、周りの面々もドーナツにかぶりついた。サクッと小気味よい音が響く。
「……確かにうまいな」
バーンズが驚いた表情で呟く。隣のフレアも幸せそうな表情を浮かべている。
「甘酸っぱいジャムとフワフワサクサクの生地が最高ですわね。天にも昇るようなおいしさですわ」
「このドーナツはこの町の名物だからな。お土産としても大人気だ」
「……しかしカロリーが高そうだ」
バーンズが顔をしかめながらコーヒーをすする。ドーナツを一瞬で平らげたアクセルは、コーヒーを味わいながら言った。
「そりゃ元々は鉱山労働者が手っ取り早く栄養補給するための物だからな。つうか、あんた男のくせにそんなの気にしてんのかよ」
「肥満は体の動きを鈍らせ、病気の原因になる。お前も気を付けた方がいいぞ。二十歳を過ぎれば一気にガタがくる」
「特に兄貴は酒を飲むからなぁ」
クラッチが横目でアクセルを見ながら言った。アクセルは気まずそうな顔でテーブルに座る面々を見渡した。クラッチの年齢は十六。フレアもおそらくそれくらいの年。そしてバーンズは十八とクラッチが言っていたのを思い出す。
「よく見たら、二十代いってんの俺だけ?」
アクセルの言葉に、バーンズは鼻を鳴らした。
「お前が一番おじさんという訳だ」
バーンズの言葉にクラッチとフレアは同時に口元を押さえて噴き出す。そんな彼らにアクセルは不満そうに唸りながらコーヒーを一気に飲み干した。




