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ノーブレーキ・ランナウェイ  作者: 佐久謙一
第三章 お買い物を邪魔されます
21/35

3-6

「手前、私のバイクをどこにやった?」

「え、バイク?」

 アクセルはきょとんとした顔でファーティを見返す。ファーティはアクセルを壁に叩きつけ、声を張り上げる。

「手前が盗んだ私のバイクだよ! クローネから鍵を貰って乗っていっただろうが!」

「え? あれは売ったよ」

 ファーティの剣幕にアクセルは怯えた表情で答えた。

「売っただぁ? どこに!?」

「スクラップ工場」

 ファーティの拳がアクセルの顔面に叩き込まれる。ごふっという音と共にアクセルは血を噴き出す。

「……だ、だって、あのバイク盗難車って聞いてたから……。そんなの普通の店に売れるわけないだろ!?」

「あのバイクは私が自分の金で買ったバイクなんだよ! どんだけカスタマイズに金かけたと思ってんだ!」

「知らねえよ! だいたいその金も盗んだ金だろ!」

 ファーティの拳が再びアクセルの顔面を撃ち抜く。アクセルは口や鼻から血を流しつつも、真っ直ぐにファーティを睨みつける。

「畜生! 手前、さっきから好き勝手に殴りやがって! 俺だってキレる時はキレるんだぞ!!」

「おう、やれるもんならやってみろ!!」

 再びファーティはアクセルを殴りつける。アクセルの眼に怒りの火がともった。

「もう許さねえ! 女だからって容赦しねえ! これでも食らいやがれ!!」

 我慢の限界を迎え、アクセルが叫んだ。そして素早く両手をファーティに向かって伸ばし――そのままファーティの両胸を鷲掴みにした。

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 アクセルは雄叫びを上げながら、一心不乱にファーティの胸を揉みしだいた。叫びとは裏腹にあまり力を入れすぎないよう注意を払いながら胸全体を揉んでいく。その表情にやましさは無く、真剣そのものだった。

「……何やってんだ手前は」

 ファーティは冷たい視線をアクセルに向ける。アクセルは胸を揉む手を止め、チラリとファーティの顔を見上げる。

「……いや、意外にキャーッとか初心な反応して怯んでくれるんじゃないかなぁと――」

 ファーティの重い一撃が鳩尾を貫いた。アクセルは胃液をぶちまけながら膝をつく。

「……さあて、仕上げといこうかね」

 ファーティはそう言ってジャケットの内に手を差し込み、そこから大きなナイフを取り出した。凶器の登場に、アクセルの顔が再び恐怖で彩られる。

「……お、俺を殺す気か?」

 アクセルの反応にファーティの口元がニヤリと歪む。

「殺しはしないさ。ただちょっと傷を付けるだけさ。一生消えない傷をな。ウォルフファミリーに喧嘩を売るとどうなるかってのを、手前の身体にしっかりと刻み付けるんだよ」

 ファーティはナイフの切っ先をアクセルに向け、身体をなぞる様にゆっくりと動かす。

「どこかに文字を刻むか、耳や鼻を削ぎ落とすか。目を抉り出すのも悪くない。時間があれば指を全部切り落として喰わせたり出来るのになぁ」

 ファーティの口から聞かされる恐ろしい言葉に、アクセルの恐怖がどんどん増大されていく。

 やがてファーティはアクセルを見据えて静かに告げた。

「決めた。手前のアソコを切り落とす」

 そう言うやいなや、ファーティはアクセルの顔面を蹴り飛ばし、仰向けに倒れさせる。そして腹に足を振り下ろしながら、アクセルのズボンに手を伸ばした。

「嫌だ! まだまだいっぱいエッチなことに使う予定なんだ!!」

 アクセルは体ごと転がり、ファーティの足を払いのける。そしてバランスを崩して前のめりになったファーティの下腹部目掛けてタックルする。そのまま壁に叩きつけ、ファーティが呻き声をあげながらナイフを落とした。

 ファーティは腕を振り上げ、アクセルの後頭部に肘を打ち込む。強烈な衝撃に、アクセルは言葉にならない悲鳴を上げた。

 アクセルの目がファーティの腰に取り付けられた銃のホルスターを捉える。咄嗟に右手を動かし、ホルスターに伸ばす。その動きを察知し、ファーティがアクセルの右手を払いのけた。銃が吹き飛び、音を立てて床を滑っていく。

 アクセルが駆け出す。ファーティはその襟首をつかみ、後ろに引きずり戻した。アクセルは小さく悲鳴を上げながら後ろに倒れこむ。

「中々機転の利く奴じゃないか。ちょっとヒヤッとしたよ」

 銃まで駆け寄ったファーティは、それを拾い上げて安堵の息を漏らす。

「おう、そうだろ。俺も昔は散々悪いことやったもんでな」

 背後からのアクセルの声。それに続くように金属の擦れ合う大きな音が鳴り響いた。

 ファーティが振り返る。その視界に飛び込んできたのは、鉄格子を勢いよく開け放っているアクセルの姿だった。

「なっ!?」

 ファーティは思わず鍵を仕舞ったポケットに手を入れるが、そこには何もなかった。その間に、アクセルは部屋の外に出て、それと同時に鉄格子を勢いよく閉めた。ガチンと鍵の締まる音が鳴り響く。

「…………」

 何が起きたのか理解できず呆然と立ち尽くすファーティ。そんなファーティに満面の笑みを向けながら、アクセルは右手に持つ牢屋の鍵を宙に放った。

「俺が狙っていたのはこっち。銃を取ると見せかけてこっそり抜き取っていたのさ。あんたも盗賊なら視線誘導のテクニックくらい知ってんだろ? なぁ、教えてくれ。盗賊が物を取られるってどんな気分だ?」

 鍵を放り捨てたアクセルは調子に乗って勝利のダンスを踊り始める。

 そんなアクセルに向けて、ファーティはがむしゃらに銃をぶっ放した。

「ぬおおおおおおお!?」

 間抜けな悲鳴を上げながら、アクセルは監視部屋に逃げ込んだ。

「畜生、逃げんじゃねえ糞野郎がぁ! ここから出しやがれ!!」

 弾切れを知らせる撃鉄の音とファーティの叫びが響き渡る。監視部屋に入ったアクセルは何度も深呼吸を繰り返しながら床に座り込んだ。殴られた跡がじんじんと痛むが、骨に異常はなさそうだった。

 ふと視線を下に向けると、シクレが地面に転がされていた。一瞬ぎょっとするが、首に手を当て、脈があることを確認すると安堵の息を漏らす。

「応援来るって言ってたし、放っておいても大丈夫かな?」

 アクセルは立ち上がり、店の外まで小走りで向かった。外に出ると立ち入り禁止と書かれた保安用テープが入口周辺に張り巡らされていた。遠くを通りかかった一般人が、店から出てきたアクセルを怪訝な顔で見ている。

 アクセルは店の脇に小型のバイクが停められていることに気付いた。そのバイクには見覚えがあった。さらわれた夜、クローネから貰ったバイクの隣に停められていた物だ。鍵は差しっぱなしにしてある。

「こいつが本当のクローネのバイクか」

 アクセルはバイクにまたがり、店を振り返る。そして入口から微かに聞こえるファーティの怒声をエンジン音でかき消した。

「クローネ、今度こそ有効に活用させてもらうぜ」

 アクセルはそう言って、バイクを走らせた。

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