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ノーブレーキ・ランナウェイ  作者: 佐久謙一
第一章 ガイドを雇います
2/35

1-1

 砂。砂。砂。

 三百六十度、どこを見渡しても視界に映るのは砂ばかり。容赦無く降り注ぐ日差しと、それに熱せられた砂によって地平線がゆらゆらと揺れている。

「……暑い」

 そんな砂漠のど真ん中で男はポツリと呟いた。ボサボサの髪と無精ヒゲを生やした、どこにでもいそうな風貌の男だった。男の額から大きな汗の粒が沸き上がり、頬を伝って顎に――そしてそのまま地面へと吸収されていった。

 男には首から下が無かった。正確には男の首から下は、完全に砂の中に埋もれていたのだ。

「アクセル、どんな気分だ?」

 声をかけられ、アクセルと呼ばれた男は顔を持ち上げる。そこには三人組のガラの悪い男達がアクセルを見下ろしていた。

「……たしゅけて」

 アクセルは苦しそうな声で言った。三人組の中央――リーダー格であろう太った男は、下卑た笑みを浮かべながら革の水筒を取り出す。そしてこれ見よがしに音を立てて水を飲み始めた。

「た、頼む。俺にも水を――」

 アクセルは必死な表情で訴える。太った男は水筒の水を飲み干し、大きく息を吐く。そしてゆっくりとした動きでアクセルに視線を向けた。

「そうか、水が欲しいのか」

 そう言うや否や、太った男はおもむろにズボンを下着ごと下ろした。その行動に、アクセルの表情が固まる。

「ほらよ、搾りたてだ。たっぷりと飲みな」

 太った男はそう言うなり、アクセルに向かって放尿し始めた。

「うわああああああ! やめろ、畜生!!」

 太った男から放たれた放物線は容赦なくアクセルの頭に降り注がれた。アクセルが叫びながら必死にもがくさまを見て、周囲の男達は声を上げて笑う。

「畜生、ひでぇ……。こんなのってあんまりだ……」

 アクセルは今にも泣きそうな表情で言った。太った男は、ふんと鼻を鳴らしながら、アクセルの顔の前に何かを投げ捨てた。それはくしゃくしゃに丸められたトランプのカードだった。

「一体いつからイカサマをやってやがった?」

 アクセルを睨みつけながら、太った男は言った。

「舐めた真似しやがって。どうも最近勝ちまくってると思ってたぜ」

 太った男の視線を受け、アクセルは慌てた様子で口を開く。

「な、何言ってんだよ。言っただろ? 使ったのは今日が初めてだって。軽いジョークのつもりだったのさ」

「ジョークで俺達から五十万も巻き上げたってのか!?」

 太った男がアクセルの脳天に足を振り下ろす。そのままぐりぐりと踏みつけながら、太った男は言葉を続ける。

「西の方じゃなぁ、イカサマをした奴はその場で八つ裂きにしてもいいそうだ」

「野蛮な風習だな。宣教師に撲殺されるぞ」

「そこで俺は考えた訳さ。この町にふさわしい制裁って奴をよ」

 太った男の口元がニヤリと歪む。言わずとも分かる。現在のアクセルの状況がその制裁という訳だ。

 アクセルは太った男を見上げながら、かすかに身じろぐ。砂の中に埋まった体は指先一本動かせず、とても脱出できる様子ではない。

「な、なぁ、こんなのを町の名物にするのはやめようぜ。今日勝った分は全部返金するからさ。そして、もう二度と賭博場には顔出さねえから見逃してくれよ」

「今日の分だけで足りる訳ねえだろ。ここ最近の手前の勝ちを忘れたわけじゃねえぞ!」

「分かったよ。全部返すよ。足りねえ分は体で払うからさ。俺、結構うまいんだぜ? 昔、ちょっとの間だけ男娼やってたんだけど、その頃は蛸壺アクセルの異名で呼ばれてて――」

 アクセルを踏みつける足に力がこもる。

「体で払うか。いいだろう。このまま砂漠の養分になっちまいな」

 太った男はそれだけ言うと、笑い声を上げながら踵を返した。周りの男達もそれに従う。

「ちょっと待ってくれ。なぁ、冗談だよな? 今なら笑って許して、老後の思い出話として語り合えるレベルだけどさ。これ以上はシャレにならねえぞ」

 男達の背中にアクセルは必死に呼び掛ける。しかし男達は一切振り向くことなく、バギーに乗り込んでいく。

 バギーのエンジン音が唸り、アクセルの声をかき消す。そのままバギーは走り出し、タイヤによって巻き上げられた砂がアクセルの顔に降りかかった。

 涙目で咳き込むアクセル。そして次に目を開けた時には、バギーは既に遠くまで走り去っていた。

「…………」

 アクセルはバギーが走り去った方向を呆然と見つめていた。そして困惑した様子で辺りを見渡す。砂しかない。

「……これマジでどうすんの?」

 しばらくの間、アクセルは必死に身をよじりながら声を上げた。しかし砂漠の熱気がアクセルの体力をどんどん吸い取っていき、その動きは徐々に小さくなっていく。

 アクセルはもはや声を上げる気力すら失っていた。乾いた眼球がチリチリとした痛みを発し、干からびた口内からは空気の漏れるような声しか出なかった。

 喉の奥が熱い。

 呼吸が徐々に浅くなり、思考が定まらなくなっているのが分かる。遠のいていく意識の中、アクセルの心の中に家族の姿が浮かぶ。今にも泣き叫びたい衝動に駆られるが、乾いた身体からは何も出てこない。

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