3-4
「おい、あんた素人か? 銃にセーフティかかってるぞ」
その時、ふいにアクセルが言った。偽シクレは思わず銃口を逸らし、銃の側面に視線を落とす。
その瞬間、アクセルの足が偽シクレの銃に向かって振り上げられた。
しかし思ったより足が上がらず、振り上げた足は銃を持つ手まであと数センチ届かなかった。
「…………」
アクセルと偽シクレは互いに無言で視線を交わす。アクセルは気まずそうに小さく咳払いすると、再び口を開いた。
「おい、銃にセーフティかかってるぞ」
「勝手にやり直ししてんじゃねえよ!」
偽シクレが叫ぶや否や、アクセルは地面を蹴り、偽シクレにタックルをかました。アクセルの頭突きが腹部に叩き込まれ、偽シクレはくぐもった声を上げながらそのまま押し倒された。衝撃で銃が手元から離れる。
「逃げろ、クラ! 急いで次の町まで行くんだ! 後で追いつく!」
アクセルが叫ぶ。クラッチは一瞬躊躇するも、力強く頷き、フレアの鎖を引っ張って走り始めた。
「畜生、どきやがれ! うえぇ、何かヌルヌルするぅ……」
偽シクレは覆いかぶさるアクセルをどかそうともがくが、全身ローションまみれのアクセルの身体は滑りやすく押し出せないでいた。
アクセルも引っ剥がされないよう両足を偽シクレの腰に回し、がっつり固定する。そして偽シクレの顔面に思い切り頭突きを叩き込んだ。がふっという悲鳴と共に、偽シクレが鼻血を吹き出す。
「へっ、ざまあみやがれ!」
アクセルが再び頭突きをかまそうと背筋を伸ばす。その時、背後から誰かがアクセルの肩をつかんだ。そして無理矢理振り向かされるのと同時に、顔を思い切り殴られた。
「皆、大変だ! 変態が女の子を襲っているぞ! すぐに来てくれ!」
後ろにいたのは見知らぬ男だった。男の声を聞いて、周りの店から続々と屈強な男達が姿を現す。
「え? ちょっと待って。違うって! 襲われてたのは俺の方で――」
アクセルは慌てて言い訳をするが、周りの男達は問答無用でアクセルを取り囲んだ。
「この変態野郎! ちゃんと店で金払ってプレイしやがれ!」
「ふざけんな! 俺は変態じゃねえ!」
「うるせえ、変態は皆そう言うんだ!」
男達の容赦ない蹴りがアクセルに浴びせられる。アクセルは丸まって必死に弁明しながら耐えるが、男達は聞く耳を持たない。
その時、喧騒を遮るように一発の銃声が鳴り響いた。突然の銃声に男達の動きが止まる。
「全員動くな!」
背後からの叫びに男達が一斉に振り返る。そこには軍服を身に纏った男が空に向かって銃を掲げていた。軍服の男は胸元の勲章を示しながら声高に叫ぶ。
「私は二〇二治安部隊、隊長のバーンズ・アルバードだ! これは一体何の騒ぎだ!」
軍服の男――バーンズが男達の元に歩み寄る。そして集団の真ん中で横たわるアクセルに視線を落とし、顔をしかめる。
「……何だ、この変態は」
「隊長さん良いところに。この変態が女の子を襲っていたんです!」
「婦女暴行の現行犯か。それで被害者の子は?」
「それはこちらに――あれ?」
男が怪訝な顔で周囲を見渡す。傍らで血を流して倒れていたはずの偽シクレがいつの間にか消えていたのだ。
バーンズが腕を組んで男を見つめる。男はしどろもどろになりながら視線をさまよわせる。
「隊長~、一人で走っていかないで下さいよぉ」
気の抜けた声にバーンズが振り返る。後ろから息を切らせたシクレがこちらに向かってきていた。
「それにいきなり発砲はマズいですってぇ」
「緊急事態だったのだ。仕方あるまい」
バーンズの元に駆け寄るシクレ。その顔を見て、男は驚いた様子でシクレを指差す。
「この子! この子ですよ、襲われてたのは!」
男の言葉を聞いてバーンズは怪訝な顔でシクレを見る。
「お前、襲われたのか?」
「はぁ? 何の話です?」
「そこの変態にお前が襲われたらしいぞ」
バーンズが倒れたアクセルを顎で示す。シクレはアクセルに顔を向け、うわっと小さく呟いた。
「知りませんよ、こんな変態」
「それじゃあ、この変態は何故集団で襲われていた」
バーンズが周囲の男達に視線を向ける。男達は互いに顔を合わせながら困惑した顔を浮かべる。
「……その、確かに見たんです。この女性にそっくりな人がこの変態に襲われているのを。顔は良く見えなかったけど、髪型や服装がそっくりで」
「服装?」
「はい。あれは絶対にあなた達と同じ制服でした。だから何とか助けようと必死に――」
「待て」
バーンズは男の言葉を遮り、シクレを振り返る。
「この町に警察署は無かったよな?」
「ありませんねぇ。風営法なんて糞喰らえみたいな町です。そもそも通常の憲兵と私ら治安部隊の制服はデザインが少し違いますしねぇ」
「お前に兄弟姉妹は?」
「十歳の妹がいますけどぉ、私にはあまり似てないですねぇ」
「ウォルフファミリーの変装だよ!」
倒れていたアクセルが声を上げる。バーンズとシクレは眉をひそめアクセルを見る。
「……ウォルフファミリーだと?」
バーンズがアクセルに歩み寄る。アクセルは上体を起こして大きく頷いた。
「そうだよ。お前、バーンズって言ったな。ウォルフファミリーの残党が仲間の釈放を狙ってフレアちゃんを狙ってんだよ!」
「……フレアを知ってる? お前、フレアのガイドをやってる兄妹の片割れか?」
バーンズの言葉に、アクセルはほっと息を吐く。
「あぁ、もうそこまで知ってんのか。なら話は早い。急いでフレアちゃんを助けてやってくれ。俺の妹と一緒に鉱山の町『ハノキ』に向かってるはずだ」
バーンズはアクセルを立たせてやりながら、頷いた。
「なるほど、お前達がウォルフファミリーからフレアを守ってくれていたんだな。ありがとう。お前は立派な働きをした」
そう言って、アクセルの手錠に視線を向ける。
「これもウォルフファミリーの仕業か?」
「……ん、まぁそんなところ」
「よくやってくれた。あとは私達に任せろ」
バーンズはそう言って、アクセルを労うように肩を叩く。そしてシクレに顔を向けながら言った。
「シクレ。この男の保護と本部への応援を頼む。応援が来たら家まで護衛してやってくれ」
「隊長はどうするんですかぁ?」
「私はフレアの元に向かう。合流したらハノキの憲兵と共に帝都まで連れて帰るつもりだ」
バーンズの言葉に、アクセルは思わず口を開く。
「おい、待てよ。フレアちゃんを連れて帰る? どういうことだよ!?」
「どうもこうも無い。そのままの意味だ」
バーンズの言葉に、アクセルは語気を強めて言った。
「ちょ、待てよ。フレアちゃんがこの旅をどれだけ大事に思ってるか知らねえからそんなことが言えるんだろうけどさ。フレアちゃんはすごく――」
バーンズがアクセルをジロリと睨む。その剣幕にアクセルは言葉の続きが出てこなくなった。
「……お前の言い分は分かる。だが、分かるだろ? もう、そんなことを言っていられる状況じゃないんだ」
沈黙するアクセルに、バーンズは小さく息を吐きながら肩を叩いた。
「シクレ、この男を連れていけ」
バーンズが踵を返しながら冷たく言い放った。アクセルは何も言い返す事が出来ず、そのままシクレに引っ張られる形でバーンズの背中を見送った。




