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ノーブレーキ・ランナウェイ  作者: 佐久謙一
第三章 お買い物を邪魔されます
16/35

3-1

 気持ちの良い陽ざしを浴びながら、クラッチは車を走らせていた。

 周囲を森で囲まれた土の道路は、ある程度舗装されているとはいえ、あまり平坦とは言えず、車体はガタガタと揺れていた。


「――今日も沈む夕日を俺は眺めてた。ここには飲んだくれ男と嘘つき女しかいない。今日も俺の注文はパープル・ナープル。二度と立てないくらいグチャグチャにしてくれ。今日も俺は欲に溺れた。今日も君は嘘をついた」


 後部座席のアクセルの歌声を聞きながら、クラッチは大きくため息を吐く。

「何でずっと私が運転なのよ。そろそろ変わってくれてもいいんじゃないの?」

「今回は大目に見てくれ。昨日は悪党共と命のやり取りをして疲れてんだ。明日は俺が運転するからさ」

「何? 酒場で酔っ払いと喧嘩でもしてたの?」

「俺の武勇伝に関しては、あとで歌にして聞かせてやるよ。ところで昨日部屋にいなかったけど、どこにいたんだ?」

「フレアの部屋でお喋りしてただけよ。そのまま一緒に寝ちゃったけど」

「一緒にお風呂にも入りましたの」

 フレアがにっこりとした表情で言った。アクセルは不思議そうにクラッチを見る。

「あんな狭い風呂に?」

「成り行きでそうなっちゃったの!」

「そのあと恋バナもしましたのよ。初恋の相手の話とか――」

「こら、フレア。余計な事言わない!」

「……仲が良いのは結構だが、仲良くしすぎじゃないか?」

 そんな会話をしている内に車が森を抜けた。開けた平原が目の前に広がり、車体の揺れも段々と小さくなっていく。

「あら、何か見えてきましたわ。あれが次の町ですの?」

 助手席から身を乗り出しながら、フレアが言った。前方にはコンクリートの壁に囲まれた大きな町が見えていた。

「あぁ、そうだ。あの町の名は『ミマヅカ』。呪いと欲望の町さ」

「呪いと欲望?」

 フレアが振り返りながら尋ねる。

「まぁ、何でそう言われてるかは行けばわかるさ」

 アクセルは含みを持たせた笑みでそう言った。

 中に入った三人は駐車場に車を停めて、軽く町を見渡した。綺麗に舗装された石畳の道路と等間隔に配置された街灯。周囲には石造りの建物が綺麗に並んでおり、たくさんの人や車が町を練り歩いている。

 駐車場からは道が二つに別れており、右手の道の奥にはここからでも確認できるほどの巨大な屋敷があり、左手には怪しいネオンが輝く薄暗い道が続いていた。

「あの屋敷がこの町のパワースポット『ロウヘスターハウス』だ。昔は中に入ることが出来たんだが、今は立ち入り禁止になっていて遠くから眺めることしか出来ない」

「はぁ、すごいですわね。私の屋敷より大きいですわ」

 アクセルの説明を聞きながら感心したように屋敷を見つめるフレア。その間にアクセルはクラッチにこっそりと近付く。

「なぁ、クラ。ちょっといいか?」

「ん、何?」

 アクセルはフレアに横目で視線を向けつつ口を開く。

「実はな、昨日誘拐されたんだ」

「……は?」

 クラッチは怪訝な顔をアクセルに向ける。アクセルは真剣な表情のまま言葉を続ける。

「冗談じゃなくマジ話だ。どうやら俺をフレアちゃんと間違えて誘拐したらしい」

「馬鹿なんじゃないの、そいつら」

「奴らはウォルフファミリーの残党らしくてな。フレアちゃんを人質に仲間の釈放を要求するつもりみたいだ」

「ウォルフファミリー……」

 クラッチの顔が険しくなる。

「それ絶対やばいじゃん。今すぐ近くの警察署に逃げ込まないと。旅行は中止よ」

「まぁ、待て。落ち着きな。その点に関しては問題ないから」

「何で?」

 クラッチの問いに、アクセルは自信満々な表情で言った。

「説得したんだよ。こんなことやめてまっとうに働けってな。元々そいつは食うに困って盗賊をやってるだけでな。根っからの悪党って訳じゃなかった。だから俺は言ったんだ。今が更生するチャンスだと。するとそいつは涙を流しながら頷いてくれたよ」

「……そいつ本当にウォルフファミリーなの? ていうか本当に兄貴さらわれたの? 酒飲んで変な夢を見てただけじゃないの?」

 クラッチが訝し気に眉をひそめる。

「本当だって。そいつ帰り際にバイクをくれてな。それを売り飛ばして出来た金がこれだ」

 そう言って、アクセルは懐から金がぎっしり入った袋を取り出した。

「そんな訳で、俺の活躍で危機は去ったって訳だ。これで心置きなく旅を続けられるぞ」

「どこまで信じていいか分からないけど、とにかく安全なんだよね?」

「多分な。ただ一応警戒はしておいた方がいいだろ。ウォルフファミリー以外にも彼女を狙う奴がいないとも限らない」

「……やっぱり中止にした方がいいんじゃないの? 危険すぎるよ」

 アクセルは静かに首を振る。

「フレアちゃんにとって心置きなく旅が出来るのは、今回が最後かもしれないんだ。出来たら最後まで完遂させてやりたい」

 アクセルの言葉にクラッチは不満そうに眉をひそめるが、やがて諦めたように息を吐く。

「分かったわよ。幸い帝都の方に近付いていくルートだし、この辺は人通りも多いしね」

 クラッチの返事にアクセルは満足そうに頷く。

「よし、それじゃあ俺はあっちに行くから、フレアちゃんのこと任せたぞ」

「あっち?」

 アクセルの指差す方向に顔を向けると、ネオンが輝く道が指し示されていた。

「……あそこ風俗通りだよね?」

「その通り、この町の名物だ」

 クラッチは軽蔑的な眼でアクセルを見る。

「……兄貴さ、こんな時にあんなとこ行くなんてどういう神経してんの?」

「こんな時じゃないと、こっちまで来ることないだろ? 一時間くらい向こうで時間潰していてくれよ」

「警戒しろって言った矢先にこれ!? 本当、何考えてんの!?」

「警戒しすぎても疲れるだけだろ? フレアちゃんもそうだが、俺達だってしっかり旅を楽しまないとな」

「お二人とも~早く行きましょう~」

 アクセルとクラッチの会話に割り込むようにしてフレアが言った。

「おぉ、フレアちゃん。実は俺、野暮用が出来てさ。一時間くらいクラと時間潰しててくれないか?」

 不満気な顔を浮かべるクラッチから顔を逸らしつつ、アクセルが言った。フレアは不思議そうに二人の顔を交互に見比べたあと、笑顔で頷いた。

「分かりましたわ。さぁ、クラちゃん行きましょう」

 フレアはそう言うなり、クラッチの腕に自分の腕を絡める。クラッチはなおもアクセルを不満そうに睨み続けるが、そんなクラッチにフレアがそっと耳打ちする。

「殿方には一人の時間が必要な時もあるのですわ」

 クラッチはぎょっとした顔でフレアを見る。フレアは含みを持たせた笑みを浮かべてクラッチの腕を引っ張っていった。

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