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ノーブレーキ・ランナウェイ  作者: 佐久謙一
第二章 追いかけます
15/35

2-7



 アクセルが出ていって数十分後、険しい顔をしたファーティが小屋に帰ってきた。ファーティは中に入るなり、小屋中に視線を巡らせ、そして顔をクローネに向けた。クローネは腕を組んで椅子に腰かけている。

「おい、あの馬鹿はどこ行った?」

「あいつは逃がした」

「何だと? どういうつもりだ?」

 ファーティがクローネに詰め寄り、その顔を睨みつける。クローネはファーティの顔を真っ直ぐに見返しながら口を開いた。

「あいつは無関係だから逃がしたんだよ。文句あるのか?」

 クローネの物言いにファーティの頬がピクピクと痙攣する。

「何だその口の利き方は? お前、何度も命令をミスしてる自分の立場が分かってんのか?」

「うるせえ! 俺は強いんだ!」

 クローネがばっと立ち上がり、ファーティを睨みつける。ファーティも無言のままクローネに歩み寄り、互いに息のかかる距離で睨み合う。

「おい、クローネ。私がこんなに機嫌が悪いのはな。逃げた馬鹿とは別に、もう一つ無くなってるものがあるからなんだよ」

 ファーティは視線で小屋の外を示しながら言葉を続ける。

「外に停めてあった私の大事なバイクが無くなってんだよ。鍵はそこの引き出しに入れておいたよなぁ? 手前のバイクの鍵と一緒にしてよぉ?」

 ファーティはクローネを睨んだまま引き出しを勢いよく開ける。引き出しの奥からバイクの鍵が滑り出てきた。

「…………」

 引き出しに視線を向けたクローネは、無言のまま鍵を見つめた。その鍵が自分のバイクの鍵であることに気付き、額から脂汗がにじみ出る。

「……姉貴、バイクに乗っていかなかったのか?」

「あぁ、町まで大した距離じゃないんでね」

 クローネは無言のまま視線をさまよわせる。ファーティの眉間の皺がどんどん深くなり、クローネの額にグリグリと自分の額をこすりつける。

「おい、クローネ。私があのバイクをどれだけ大事にしてたか、知ってるよなぁ?」

 ファーティの怒りのボルテージが上がっているのをクローネは感じ取っていた。まともにファーティの顔を見る事が出来ず、無言で視線を逸らしたままだ。

「……何ですかぁ、この状況。修羅場って奴ですかぁ」

 そんな二人に対して突然第三者の声が割り込んだ。二人が驚いた様子で振り返ると、いつからそこにいたのか、窓枠に頬杖をつく人物がこちらを見つめていた。

「何だ、手前は!?」

 ファーティは声を上げながら窓に詰め寄る。そしてその人物の格好を見て、ぎょっとした様子で足を止める。

「あっ、あっ、私、私ですよぉ。姉さん。やっと着きましたよぉ」

 ファーティの様子に、その人物は両手をパタパタと振りながら笑顔で言った。

「……姉さん? お前、ノズールか?」

「そうですよぉ。そんな怖い顔したらいや~んだぞぉ」

 その人物――ノズールはわざとらしく腰をくねくねさせながら小屋の中に入ってきた。

「……何だ、その気持ち悪いキャラは」

「もう入っちゃってるんですよぉ。大目に見てくださぁい」

 ノズールはそう言ってウインクしながら敬礼した。ファーティは呆れたようにため息を吐く。

「相変わらずだな、ノズール。それで何か情報はあるか?」

「勿論ですよぉ。ばっちりでぇす」

 ノズールは自信満々に胸を張る。

「まずミス・フレアのことですけどぉ、彼女は祝福の道標を辿る旅をしているみたいですぅ」

「祝福の道標? 七つのパワースポットを巡る奴か?」

「それですぅ。それで彼女は砂漠の町アーセでガイドを二人雇ったみたいですねぇ。その二人はボラーチョって小さい宿を兄妹で経営しているみたいでぇ――」

 ノズールの言葉にクローネの顔が険しくなる。ノズールは言葉を続ける。

「兄の方はアクセル、妹のほうはクラッチって名前みたいですねぇ」

「ふぅん、アクセルとクラッチねぇ」

 ファーティはそう言いながら、クローネに視線を向ける。クローネが青ざめた顔で俯いてるのに気付き、すっと目を細める。

「クローネ、手前何か知ってんじゃねえのか?」

 クローネは顔を上げ、慌てた様子で首を横に振った。その反応に、ファーティは小さく舌打ちすると、クローネの鳩尾に蹴りを叩き込んだ。クローネの体がくの字に折れ曲がり、その巨体が崩れ落ちる。

「おい、クローネ」

 痛みに悶絶するクローネを見下ろしながら、ファーティは静かに言った。

「今から手前は拷問対象だ。知ってることを全部吐きな」

「んふふ。姉さん、私も手伝いますよぉ」

 ノズールがニヤリと口元を歪ませながら言った。

 クローネは肩で息をしながら二人を見上げる。自分を見下ろす二人の眼は、感情の無い、無機質で冷たい物だった。

「……俺は……俺はヒーローになるんだ」

 自分に言い聞かせるようにクローネは呟く。しかし蛇に睨まれた蛙のように、その体は恐怖に支配されてしまっていた。

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