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ノーブレーキ・ランナウェイ  作者: 佐久謙一
第二章 追いかけます
14/35

2-6



 町から少し離れた森の中。そこにボロボロの小さな小屋があった。小屋の前には二台の小型バイクが停められており、小屋の窓からは明かりが漏れていた。

「――で、どうしてこいつを連れてきたんだ?」

 ファーティは窓から覗く暗い森を眺めながら大きくため息を吐く。そして眉間に皺を寄せながら後ろを振り返った。視線の先には頭に袋を被せられたアクセルが、椅子に縛り付けられた状態で呻いていた。傍らに立つクローネは、困った表情を浮かべている。

「しょうがないだろ? 俺はフレア・ラパロの顔を知らないんだ。特徴だってブロンドで頭に花が生えてそうな女としか聞いてないんだから」

「だったら、せめて似た女を連れてこいよ。何だこいつは? 性別からして違うだろうが!」

 ファーティの言葉を受け、クローネはアクセルに視線を向ける。

「後ろから襲ったからよく分からなかったんだ。確かに肩が少しごついと思ったが」

「手前は男と女の違いも分からないくらい馬鹿になっちまったのか!?」

「でも、こいつは三人組の一人なんだ。きっとフレア・ラパロのことも知ってるはずさ」

 クローネの言葉に、ファーティはアクセルに視線を移す。

 ファーティはアクセルに歩み寄ると、被せていた袋を取っ払った。袋を外されたアクセルは混乱した様子で視線を巡らせ、目の前のファーティに顔を向ける。

「え、な、何これ? 俺こんなサービス頼んでねえぞ」

 アクセルの顔がクローネに向けられる。

「おまけにマッチョのオプションまで付いてるし」

「お前、フレア・ラパロを知っているか?」

 ファーティがアクセルの頭をつかみ、無理やり顔を自分に向けさせる。

「ん? フレア……?」

 アクセルは言いかけ、彼らの様子からただならぬ気配を感じ取った。

「……いや、知らねえな。初めて聞く名前だよ」

 アクセルは平静を装って言った。ファーティの目がすっと細められる。

「ほう、知らないと?」

「あぁ、知らない。一体何の話をしているんだ?」

「手前、昼間に女二人と車で走ってただろ? その一緒にいた女の事を言ってるんだよ」

「え? あの女? あいつらは前の町で買った娼婦だよ。これから3Pをやる予定だったんだ」

「あくまでしらばっくれるつもりかい。クローネ!」

 ファーティはクローネに視線で合図を送る。クローネは小さく頷くと、アクセルの背後に立ち、その首を一瞬で締め上げた。

 アクセルが苦悶の表情を浮かべながら呻き声をあげる。ファーティはアクセルの髪をつかみ上げながら睨みつける。

「さっさと白状しな! 手前がフレア・ラパロを連れ回している糞野郎だってのは調べが付いてんだ! フレアはどこにいる!? 言え!」

「お、俺は確かに糞野郎だが、あんたの探している糞野郎とは違う! 糞違いだ! スカトロマニアじゃなくても犬の糞と猫の糞の違いくらい分かるだろ? 俺はどっちかというと猫の糞より」

「何の話をしてんだ手前は!? 糞の違いなんかどうでもいいんだよ! フレア・ラパロの情報を吐けって言ってんだよ!」

「だから知らないって言ってんだろ! 知らないことをどう答えろって言うんだ!」

 ファーティの迫力に負けじとアクセルは叫ぶ。そんなアクセルの様子に、クローネは首を絞める力を緩めながらファーティに向き直る。

「なぁ、やっぱりこいつ何も知らないんじゃないのか? だいたい姉貴も女の顔をしっかり確認したわけじゃないんだろ?」

「……いや、まぁ、確かにそうだが」

「残りの女も全員さらってみるか?」

「待て。この馬鹿の話が本当なら、娼婦をさらうとさすがに騒ぎになる。いくら帝都から離れているとはいえ、これ以上目立つ動きをするのはまずい」

 ファーティは腕を組みながら苦い顔を浮かべる。

「ダメだ、曖昧な情報だけじゃこれ以上動けん」

「こいつをさらったのは早計だったな」

「誰もこいつをさらってこいとは言ってないけどな! まぁいい。ノズールと合流してから計画を立て直そう」

 ファーティはそう言って、アクセルに背を向けて玄関のドアに手をかける。

「腹が減ったから食える物を買ってくる。お前も何か食うか?」

「俺はいいよ。それよりこいつはどうするんだ?」

 クローネがアクセルを見る。ファーティが肩越しに振り返り、再び顔を前に戻す。

「解放して騒がれると面倒だ。朝まで監禁しておく」

 ファーティの言葉にクローネは戸惑った表情を浮かべるが、やがて小さく頷いた。

 ファーティが部屋から出ていく。玄関の締まる音と共に、部屋に重い沈黙が訪れた。クローネがアクセルに視線を向けると、アクセルはぐったりとした顔で俯いていた。

「……畜生、俺が何したってんだ。かわいこちゃんと旅行してただけじゃねえか」

 アクセルがポツリと呟く。クローネは腕を組んで無言のままアクセルを見つめている。

 しばらくしてクローネは何かを決意したように息を吐いた。そして、アクセルの腕を拘束している紐をつかむと力任せに引き千切った。

「今のうちに逃げるんだ」

 クローネがアクセルに呟く。突然の解放に、アクセルは困惑した顔をクローネに向ける。

「いいのか? あの女に何か言われるんじゃないのか?」

「大丈夫だ。精々殴られる程度だ。殴られるのには慣れてる」

 クローネは諦めの混じった表情で言った。アクセルは縛られていた手首をさすりながらクローネに体ごと向き直る。

「えっと、クローネだっけか。あんた、あの女とは雰囲気違うな。姉弟って言う割に似てないし、良い奴そうだ」

「俺は……良い奴なんかじゃないよ。悪党さ」

 クローネは視線を落とし、ため息を吐く。

「ウォルフファミリーって盗賊団を知ってるか? 俺達はその残党なんだ。俺達は互いの事を家族と呼び合う。だから本当の姉貴って訳じゃない」

「聞いたことあるな。確かバーンズに壊滅させられたんだっけ?」

「あぁ、そうさ。だから俺達はフレア・ラパロを誘拐して仲間を釈放させるつもりなんだ」

 そこまで言ってクローネは静かに首を振る。

「でも本当はこんなことやりたくないんだ。何の罪もない女の子をさらうだなんて俺には出来ない。食うに困って盗賊稼業を続けてきたが、俺は人を傷付けるのが嫌いなんだ。俺達は余裕のある金持ちから頂いてるだけ。そう言い聞かせてきたが、もう限界だ。俺は真っ当な仕事をやりたい」

 クローネは涙声で言った。アクセルは穏やかな顔でクローネの肩をポンポンと叩く。

「やっぱお前は良い奴だよ。普通の悪党はそこまで他人の事を考えられないさ」

「俺はただ気が小さいだけだよ。ガキの頃なんかいじめられっ子で、ずっと家に引きこもっていたんだ」

 アクセルはクローネの鍛え上げられた肉体に視線を向ける。

「とてもそうは見えないが」

「やる事ないから、ずっと筋トレしてたんだ。おかげでこんな身体になっちまったが、中身は小心者のままさ。カタギにも悪党にもなれねえ半端者だ」

「何言ってんだよ。お前は変わろうとしてるじゃないか」

 アクセルはクローネをまっすぐに見つめて言った。

「お前は俺を逃がした。あの怖い女の命令を無視したんだ。あの女の言われるがままに悪党としての道を歩むことを、お前の心が抵抗したってことだ。これはチャンスなんだぞ。お前はまだやり直せる」

「……そう、なのか?」

 クローネの戸惑った言葉に、アクセルは力強く頷く。

「あぁ、そうさ。お前は強い。その肉体を見ろ。あんな女なんか簡単にねじ伏せられるさ。その力があれば、ウォルフファミリーにとどめを刺して、真のヒーローになれるんだ!」

「俺が……ヒーローに?」

「そうだ! お前は強い!」

「俺は……強い」

「声が小さいぞ! お前は強い!」 

「俺は……俺は強い! 俺は強いんだ! そうだ、俺は強い! ヒーローになるんだ!!」

 クローネが拳を振り上げて叫ぶ。アクセルもそれに合わせて拳を振り上げた。

「お前は強い!」

「俺は強い!」

「お前はヒーロー!」

「俺はヒーロー!」

 二人の叫びが静かな森に響き渡った。二人は互いに腕を組み、何度も声を掛け合いながらその場で回り始める。

 しばらく謎のテンションのまま回っていた二人だったが、やがてクローネがはっとした表情で足を止めた。

「こんなことをしている場合じゃない。姉貴が帰ってくる!」

 そう言うなり、クローネは机の引き出しから鍵を取り出した。

「こいつは表に止めてあるバイクの鍵だ。あんたにやるよ」

「いいのか? そんなの貰っちまって」

 アクセルの言葉に、クローネは小さく頷く。

「元々かなり昔に盗んだバイクだ。迷惑をかけたお詫びだ。適当に売り飛ばすなりして旅費の足しにでもしてくれ」

 アクセルは差し出された鍵とクローネを交互に見つめた後、頷きながら鍵を受け取った。

「あぁ。しっかりと有効活用させてもらうぜ」

「あんたに会えて良かったよ」

 クローネは微笑みながら言った。

「良かったら名前を教えてくれないか?」

「俺か?」

 アクセルはクローネに笑顔を向けて言った。

「俺の名前はアクセルだ。砂漠の町アーセでボラーチョって宿屋を経営している。全て片付いたら遊びに来な。歓迎するぜ」

 アクセルの言葉にクローネは大きく頷いた。

 部屋から出ていくアクセルをクローネは静かに見送った。バイクのエンジン音が鳴り響き、それが徐々に遠ざかっていく。

「…………」

 やがてバイクの音が聞こえなくなった後、クローネは覚悟を決めたように小さく息を吐いた。

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