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「――そんで、このデカい宗教像がこの町のパワースポットって訳だな」
「はあぁ、大きいですわねぇ……」
アクセルの説明を聞きながら、フレアは圧倒された様子で呟く。
彼らの目の前には、歴史と文化の町カヤノツサの象徴とも言うべき、巨大な宗教像が建っていた。表面は色のくすんだブロンズで構成されており、高さはおよそ十五メートルほどであった。像は大きいながらも威圧感は感じられず、その眼は慈愛に満ちていた。
「教会の神とは違う神様なのでしょうけど――不思議です。何だか懐かしい気持ちになってしまいますわ」
フレアは胸に手を当てて像に祈りを捧げる。
「まぁ、ここも色々と歴史が長いからな」
アクセルは道中に置いてあったパンフレットに目を通しながら言葉を続ける。
「この辺は昔、飢饉や疫病が多くて呪われた地とも言われていた。そこで当時、この地を収めていた奴が藁にもすがる思いでこいつを建てたそうだ。造像には十年以上の歳月と、二百万人以上の職人の働きがあったらしい。そして像が完成すると不思議なことが起こった。疫病は収まり、辺りは緑に溢れ、非常に豊かな土地に変貌し――胡散臭いな、このパンフレット」
「うふふ。でもそれでこの町の人達は救われたのでしょう? 良かったじゃないですか」
「絶対何か裏がありそうだけどな。そんでまぁ、それだけ御利益があるぞってことで、帝国からこの神様を祀ることを許可され、今なおこの独自の宗教が続いているってことだ」
アクセルとフレアは並んで歩きながら会話を続ける。途中にオープンスペースのある喫茶店を見つけ、二人は入り口近くのテーブルに向かい合う形で座った。
「これで祝福の道標の二つ目だな。しかし思ったより移動に時間かかったな」
アクセルはそう言って、店の時計に目をやる。時計の針は午後の三時を指していた。
「一旦、この町に泊まるのですね」
「あぁ。カヤノツサって割と辺鄙なところにあるのが問題なんだよな。今から出発したら、次の町に着くのは夜遅くになっちまう」
「次の町が楽しみですわ。次はどんなすごいものが見られるのでしょう」
「それは行ってからのお楽しみだな」
「――あ、いたいた」
二人の会話に割って入るように、声がかけられた。二人が顔を上げると、クラッチがこちらに歩み寄ってきていた。
「三部屋借りてきたよ。ガラガラだったから一番良い部屋を貸してもらえたわ」
クラッチがそう言って、モーテルの鍵をテーブルに置いた。
「同業だけに泣けてくるね」
アクセルはそう言いながら鍵を手に取る。フレアも残った鍵を手に取った。
「俺が一号室でクラが二号室。フレアちゃんが三号室か」
アクセルは鍵をポケットに仕舞いながら立ち上がる。
「明日も早いし、早めに飯食って休むか。良い店知ってんだ」
アクセルの言葉にクラッチとフレアは静かに頷いた。
食事を終えた三人はまっすぐにモーテルへと向かった。軽く手を振るアクセルとフレアに相槌を打ちながら、クラッチは二号室の扉を開く。
「ふうん、中々良いベッドじゃない」
部屋に入るなり、クラッチはそう呟いた。
部屋の中には大きなシングルベッドが備え付けられており、脇に小さなテーブル、奥にはユニットバスルームがある。全体的に奥行きのある作りで思ったより広く感じた。
クラッチは荷物を床に放ると、息を吐きながらベッドに倒れこんだ。適度な反発のベッドと、微かに匂うアロマの香りに、クラッチは気持ちよさそうに深呼吸をした。
クラッチは天井をぼーっと眺める。今日一日運転していた疲れからか、瞼が重くなってきた。
ふっと一瞬意識が飛ぶ。
その時、コンコンと軽い音が耳に届き、彼女の意識が現実に引き戻された。
「ん?」
クラッチは首を玄関の方に動かす。しばらく扉を見つめていると、再び誰かがノックした。
「……誰?」
クラッチが尋ねるが、扉の向こうからの返事はなかった。クラッチは欠伸をしながら体を起こし、扉に近付く。
「誰? 兄貴?」
そう尋ねながら扉を開く。そして扉の向こうに立つ人物を認識すると、クラッチはぎょっとした顔で固まった。
「フレア!? あんたそんな恰好で何やってんの!?」
「……うぅ、クラッチさん助けてください」
クラッチの問いに、フレアは泣きそうな表情で言った。
クラッチは困惑した様子でフレアを見つめる。目の前に立つフレアは何故か全身びしょ濡れになっていたからだ。
「お風呂がぁ……お風呂の使い方が分からないのですぅ」
フレアは寒そうに体を小刻みに震わせながら言った。
「何かトイレとお風呂が一緒の部屋にありますし、いきなりシャワーから冷たい水が出てくるし、もう訳分かんないですよぉ……」
「……マジか」
フレアの言葉にクラッチは呆れたように首を振った。
「お願いです、クラッチさん。お風呂の使い方を教えてください!」
フレアはそう言うなり、クラッチの手をつかみ、自分の部屋まで引っ張っていく。クラッチはため息を吐きながらも、フレアに引っ張られるまま部屋まで入っていった。
三号室の扉が閉まる。
それとほぼ同時に一号室の扉が開かれた。
「やっべ、俺の着替え、クラの荷物と一緒にしたままじゃん」
そう言うアクセルは、身体にバスタオルを巻きつけただけの姿だった。アクセルは周囲を見渡し、誰もいないことを確認すると、そそくさと二号室の前まで移動した。
「お~い、クラ開けてくれ。着替えそっちの荷物に入れててさぁ」
扉をノックしながらアクセルは言った。しかし中からの返答は無い。
「お~い、早く開けてくれ。俺、今タオル以外何も身に着けてないから、下手すりゃ通報されちまうよ。お前の兄ちゃん露出狂なんて言われたくないだろ?」
ノックを続けるが、返事は無い。アクセルは眉をひそめながらドアノブに手をかける。鍵はかかっていなかった。
「あれ、出かけてんのか? 鍵もかけずに不用心だな。まぁ、いいや」
アクセルは部屋の中に入ると、床に放られていた荷物を開けて、中から自分の着替えを探す。
「えぇと、俺のシャツとパンツと――何だこれ? あいつの下着か? 三十代の勝負下着みたいなパンツ履いてんな」
アクセルはクラッチの下着を手に取り、小さく鼻を鳴らす。赤のレースショーツだった。
「う~ん、こういうのは男から見たらちょっと引くよなぁ。何でもギラギラしてりゃあいいってもんじゃねえんだよ」
下着の感想を述べながら、アクセルは残りの着替えを探す。
その時、アクセルの背後の扉がゆっくりと開かれた。扉が開く気配にアクセルは荷物をあさりながら尋ねる。
「ん? クラか? 俺の着替えどの辺に――」
その瞬間、背後から突然アクセルの頭に袋が被せられた。
「――――!!」
アクセルは慌てた様子で声を上げる。だが、被せられた袋のせいで、それはくぐもった声にしかならなかった。
背後の人物の腕が首に巻きつき頸動脈を締め上げる。アクセルは必死に抵抗するが、その動きは徐々に小さくなり、やがて動かなくなった。