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「それで、ここの宿屋を経営している兄妹と一緒に出掛けたというのですね」
砂漠の町アーセで、バーンズは周囲の人間に聞き込みを行っていた。フレアのバイクが停められていた宿屋は、彼が着いた時には誰もおらず、入口には『しばらく休業』の看板がぶら下がっていたからだ。
「えぇ、バイクが盗まれないように見ていてって、昨日妹さんに頼まれたから」
そう答えるのは、宿屋の隣に住む高齢の女性だった。恰幅が良く、人当たりの良さそうな顔をしている。
「何? お兄さんまた何かやらかしたの?」
「いえ、私達は兄妹のほうではなく、彼らが同行している女性に用がありまして」
また、という言葉に一瞬引っかかりながらも、バーンズは当たり障りない返事をする。
「ちなみにどちらに向かわれるかはお聞きしましたか?」
「えぇ、祝福の道標を巡るとか」
「祝福の……」
バーンズは小さな声で復唱する。そんな名前の旅行ツアーがあったことを思い出していた。
バーンズは小さく頷くと、女性に向かって軽く一礼する。
「お話を聞かせていただき、ありがとうございます」
バーンズは踵を返すと、乗ってきた自分の車まで早足で向かった。車に乗り込むと、ハンドルを握るシクレに車を出すよう、顎で指示する。
「早かったですねぇ、隊長。お次は?」
「どうやら入れ違いになったようだ。フレアは祝福の道標を巡る旅に出たらしい」
「祝福の道標? うわ、懐かしい。私、子供の頃一回いったなぁ」
「俺は名前しか知らない。確か帝都周辺のパワースポット巡りのことだったな?」
バーンズは地図を広げながらシクレに尋ねる。
「パワースポットの場所は覚えているか? そこを辿っていけば、いずれフレアに追いつくはずだ」
「えぇ、構いませんけどぉ……」
シクレは顔を逸らしながらぼそっと呟く。
「上司と一緒に観光名所巡りとか最悪」
「何か言ったか?」
「え? いやぁ、ミス・フレアって意外とロマンチストだなって思って! 祝福の道標を全て巡ったら、どんな願いも叶うって言うじゃないですかぁ!」
「……くだらん迷信だな」
バーンズは呆れたようにため息を吐く。
「ですよねぇ。私も子供の頃、お金持ちの王子様と結婚したいってお願いしたんですけどねぇ。現実は誰も迎えに来てくれませんわ」
「まぁ、フレアも本気で願いが叶うとは思っていないだろうが――」
そこまで言って、バーンズの頭に不安な考えが一瞬よぎる。眉間に皺を寄せ、小さく唸り声をあげる。
「どうしたんですか? 顔色悪いですよぉ? どっかでお茶でも飲んで休憩しますかぁ?」
「……いや、何でもない。さっさと行くぞ」
バーンズは不安な思いを払拭するように顔を振った。
「彼女と会って話をすれば分かることだ」
自分に言い聞かせるようにバーンズは呟いた。
扉につけたドアベルの音に、男は読んでいた新聞をテーブルに置いて、ゆっくりと顔を上げた。珍しいこともあるものだ、と男は思った。
ここはカヤノツサで唯一と言っていいモーテルだ。だがカヤノツサは観光名所と呼ばれる物が祝福の道標に分類されている物を除くと、他には何もないと言っていい。だから旅行シーズンでも無い限り、このモーテルはほとんど閑古鳥が鳴いている状態だ。
男の顔に笑みが浮かぶ。これで二組目の客だ。今日は随分と景気が良い。
「いらっしゃい。何泊で?」
男は入ってきた人物に向かってそう告げた。その人物は店内を軽く見渡すと、男に視線を向けてゆっくりと口を開いた。
「俺は客じゃない。ちょっと聞きたいことがあって来た。答えてくれるか?」
その言葉を聞いた瞬間、男の顔から表情が消えた。小さくため息を吐くと、テーブルの新聞を手に取り、そちらに視線を落とす。
「それじゃあとっとと失せな。客じゃねえ奴に用はねえ」
「……何でそんな態度をとるんだ?」
男の反応に、その人物は不満そうに眉をひそめる。
「俺が自己紹介もせずにいきなり質問したからか? 悪かったな。俺の名はクローネ。ちょっとした事情で、とある三人組を探しているんだ」
男は無言のまま新聞を読み続ける。クローネは言葉を続けた。
「三人組が部屋を借りなかったか? 男一人と女二人。女の一人は髪がブロンドだ」
「…………」
「何で無視するんだよ」
男はジロリとクローネを睨みつける。
「俺が失せろって言ったのが聞こえなかったのかゴリラ野郎。ここは手前みたいなゴリラが来るところじゃねえんだ。とっととジャングルに帰りやがれ!」
男の言葉に、クローネは目を細めて男を睨みつける。
「お前、俺にそんなこと言っていいのか?」
「あ? 何だ、やろうってのか?」
男も負けじとクローネを睨みつける。クローネは男を睨みつけたまま、すっと両手を持ち上げ、自分が来ているシャツの襟に指をかける。
そして勢いよくシャツを破り捨てた。
シャツが引き裂かれる音と共に、クローネの鍛え上げられた肉体が姿を現す。それはまるで彫刻を思わせるような筋肉と筋肉の集合体だった。
クローネの肉体に、男は呆気にとられた様子で口をぽかんと開ける。クローネは腰に手を当てて男を真っ直ぐに見据える。
「俺の大胸筋が貴様を睨んでいるのが分かるか?」
男の視線がクローネの胸に向けられる。ボコンと盛り上がった胸に備え付けられた乳首が、まるで猛獣の目のように感じられ、男の口から小さな悲鳴が漏れる。
「俺の質問にさっさと答えろ。さもないと――」
クローネの両手が再びゆっくりと動き、ズボンのウエストに指をかける。
「次は下だ」
「分かった! 質問に答える!!」
男は慌てた様子でクローネに言った。
「ええっと、三人組だったよな? あぁ、確かに一時間くらい前に三部屋借りていった奴がいたよ。二〇一から二〇三号室の三部屋だ」
「ブロンドの女はどの部屋だ?」
「そこまでは知らねえよ! でも今日の客はそいつだけだったから、その三部屋のどれかなのは確かだ!」
男の言葉に、クローネは、分かったと小さく呟くと、破り捨てたシャツを拾って男に背を向けた。
「答えてくれてありがとう。邪魔したな」
クローネはそう言って、店から出た。
外に出たクローネは目的の部屋らしき場所に顔を向ける。
「三部屋のどれか……。フレア・ラパロは金持ちだ。お供二人が金持ちの護衛とした場合、護衛対象はやはり真ん中の二〇二号室か?」
そこまで言って、クローネは小さく首を振る。
「考えても仕方がない。とりあえず行動は暗くなってからだな。姉貴に報告しよう」
そう言ってクローネはモーテルに背を向け、ゆっくりと歩き始めた。




