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ノーブレーキ・ランナウェイ  作者: 佐久謙一
序章 旅に出ます
1/35

0-1

 地平線から太陽が顔を覗かせるのと同時に、フレアは部屋の窓を大きく開け放った。

 フレアは興奮していた。今にも窓から叫んでしまいたい衝動に駆られるが、そんな自分を必死に抑え込む。

 まだ陽の昇りきっていない外の世界はとても静かで、窓から流れてくる冷たく澄んだ空気がフレアのブロンドの髪を優しく撫でる。

 フレアは目を閉じて、ゆっくりと深呼吸をした。朝の香りが鼻腔の奥をくすぐり、自然と口元に笑みが浮かんだ。遠くから微かに鳥のさえずりが聞こえてくる。

「――お嬢様、もう起きていらしたのですね」

 突然の呼びかけにフレアは振り返る。いつの間にか部屋の扉が開いており、そこから一人のメイドが顔を覗かせていた。髪と同じ栗色の目がフレアを見つめている。

「おはようございます、マヤ!」

 フレアはにっこりと笑いながら言った。マヤと呼ばれたメイドは、部屋に入ると深々と頭を下げた。

「おはようございます、お嬢様。昨夜はよく眠れましたか?」

「全っ然っですわ!」

 フレアは興奮した面持ちで、マヤに詰め寄る。

「夜中に何度も起きてしまいました! これほど朝を待ち遠しく感じたのは初めてですわ!」

 そのままマヤに抱き着き、頬にキスをする。

「あ~もう、ワクワクが止まりません~。外にはどんな世界が広がっているのでしょう? すっごく、すっごく、すっごく楽しみですわ!」

「お、お嬢様、お静かに。他の者が起きてしまいます」

 マヤが口元で指を立てながら言った。フレアもはっとした表情で、同じように口元に指を立てる。

「そうでしたわ。バレたらまずいですからね」

 フレアの言葉に、マヤは小さく頷く。

「バイクは裏口に用意してあります。あとはお嬢様の荷物を運ぶだけです」

「それでは急いで着替えましょう」

 そう言って、フレアはネグリジェを脱ぎ捨てて、クローゼットを開いた。数えきれないほどの衣服がずらりと並んだ姿に、マヤは思わず感嘆の声を漏らす。

 フレアはその中から、動きやすいパンツスタイルの服を手に取った。同様にマヤもメイド服を脱ぎ捨て、クローゼットからレースやフリルの付いたドレスを手に取る。

 早々に着替えを済ませた二人は、部屋の扉から顔を出し、廊下に誰もいないことを確認する。そしてトランクを持ったマヤが先導し、フレアがその後をついていく。屋敷内はまだ薄暗く、人が起きてくる気配は無い。

 そのまま外に出た二人は、小走りで裏口まで向かう。やがて目的のバイクが見えてきた。

 そこには大型の三輪バイクが置かれていた。大きなオフロード用のタイヤが取り付けられていて、座席と荷台も幅広く、安定感と重量感を備えた見た目をしていた。

「……いよいよ旅の始まりなのですね」

 バイクを見つめながらフレアがポツリと呟く。マヤはトランクを荷台に固定しながら頷いた。

「えぇ。やはり不安ですか? 今からでもお供しますが?」

「そうしてくれると安心ですが――」

 フレアはバイク用のゴーグルを取り付け、ヘルメットを被る。

「それでは意味がないのです。私一人の力で手に入れたいのですわ。どうすれば手に入るのかはまだ分かりませんが――きっと見つかるはずです。外は色んなもので溢れているのですから」

 フレアはそこまで言うとマヤに向き直り、にっこりと微笑んだ。

「ありがとうございます、マヤ。こんなわがままに付き合っていただいて。私がこんな相談出来るの、マヤだけですもの」

「恐悦至極にございます。それでは後の事は私にお任せを。道中お気をつけて」

 マヤは両手でスカートの裾を軽く持ち上げながら、膝を軽く曲げてお辞儀する。フレアは頷きながらバイクに跨り、鍵を回した。


 その瞬間――空気を震わすほどのけたたましいエンジン音が鳴り響いた。


「…………」

 突然の爆音に、周囲の木から一斉に鳥達が飛び立った。屋敷内からも慌てた様子の人の声が聞こえてくる。

「……皆さん起きられたようです」

 マヤが屋敷を振り返りながら言った。

「お嬢様、人が来ます。急いで下さい」

「ちょっと待ってください。ギアが中々入らなくて……」

 フレアは慌てた様子でレバーを操作する。その度にバイクが生き物のように激しく唸る。

「お嬢様、うるさいです」

「あ、なんとかいけそうです。ここをこうし――いいいぃぃ!?」

 ギアが噛み合うと同時に、突如バイクが猛スピードで発進した。エンジン音とフレアの悲鳴が入り混じり、バイクはどんどんスピードを上げていく。

 そしてそのまま裏口の門をぶち破って屋敷の外へと走っていった。

「……お嬢様、豪快すぎます」

 遠ざかっていくフレアの姿を見つめながらマヤは静かに呟いた。



「……これは、いったい何があったのだ?」

 破壊された裏門を見つめながら、執事長は呆然と呟いた。背後には使用人達が不安そうな顔で門と執事長を見ていた。

「みなさ~ん、おそろいでどうしたんですの~?」

 そんな空気を吹き飛ばすかのように呑気な声が聞こえてきた。執事長がそちらに顔を向けると、そこにはブロンドのカツラを付け、フレアのドレスを身に着けたマヤがいた。ニッコリとした笑顔でクルクルと回転している。

「今日も良い天気ですわ~。さぁ、小鳥の囀りに合わせて踊りましょう~。ランランラ~」

「…………」

 使用人達は固まった表情でその異様な光景を見つめる。執事長は無表情のままマヤに近付くと、頭を鷲掴みにして動きを止めた。

「マヤ、何の真似だ?」

 そう言って、カツラをひったくって地面に叩きつけた。

 マヤは無表情で執事長をチラリと見上げる。そして彼に向き直ると深々と頭を下げた。

「申し訳ございません。割といけるかなって思ってました」

「とりあえずお前が普段からお嬢様の事をどう思っているかはよく分かった」

 執事長はマヤに詰め寄った。

「一体何があった!? 説明しろ!」

 執事長の怒鳴り声に、マヤはビクッと肩をすくめた。そしておずおずとした様子で執事長を見上げながら、懐から一枚の手紙を取り出した。執事長は眉をひそめたまま手紙に目を通す。

『この手紙が読まれているということは、マヤの変装がバレてしまったということですね。すみません。私は旅に出ます。一週間ほどで戻る予定ですので心配しないでください。とりあえず私は南に向かいます。追伸、マヤのことは怒らないで上げてください』

 簡潔に書かれたフレアの手紙を見るや否や、執事長はその場に崩れ落ちた。マヤは慌てた様子で執事長の体を支える。

「こ、この大事な時期に……何てことを……。旦那様になんと申し上げれば……」

 そこまで言って執事長は意識を失った。使用人達の慌ただしい声をよそに、小鳥達は静かに鳴いていた。

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