様子がおかしい
「よし、これでどうだ」
春夜が白のオセロを黒にした。
先程始めた、通算百戦目のオセロ勝負は今終わり集計の時間になった。
集計の結果、春夜が勝った。
「う~、負けた-!、はる強くなりすぎ!」
「ハハハ、そう言うけどなつだって強くなってると思うぞ」
それぞれの合計は、春夜が三十四、風夏が三十だった。
春夜の言う通り、風夏も強かった。
お互いにオセロの実力は互角だと言ってもいいと思うほど均衡していた。
時と場合に、よっては風夏が勝っていたかもしれない。
しかし実力が互角だと言ってもこの勝負を制したのは春夜だった。
風夏はとても悔しかったのか手を顔の前で合わせて春夜にお願いをした。
「はるお願い、もっかい、もっかいだけ勝負して」
「はー、しゃあねーな、もう一度だけだぞ」
「やった、はるありがとう」
風夏の無邪気な笑顔に春夜は顔が熱くなるのを感じた。それを誤魔化すように、黙々とオセロの準備がし始めた。
二回戦を始めて数分後、春夜の番なのだが、何故か手が動かない。それに顔が険しい。
それはオセロの場面上を見れば理解できる。場面上には春夜の黒と風夏の白が同じくらい並んでいたが黒を置く場所がない。
「はる、どうしたの、はやくしてよ」
風夏が急かしてくる、しかしその顔はニヤニヤと笑っている。風夏は春夜が黒を置く場所がないことも、それを認めたくなくて本当に置く場所がないか探している春夜の心情もわかっている。だからこそ風夏は春夜を煽っているのだ。
それを理解した春夜は渋々と言った表情でパスを宣言した。
「えー、パスするの」
「うるせえ、てかパスしか出来ないこと、なつもわかってるんだろう」
「あちゃー、ばれてたかー」
「わかるわ、さっきのなつの顔を見れば誰でも」
そう軽口を叩いていると風夏が白を置いて黒を返した。また春夜の番になったが、風夏の白を置く場所が絶妙でまた置く場所がない。
春夜の顔がまた険しい顔になった。
そんな春夜を見て風夏はまたニヤニヤと笑っていた。
数分後、そんな事を繰り返しながら二回目の勝負が終わりを迎えた。また、白と黒の数を集計した。その結果、今度は風夏が勝った。
風夏の顔がとても明るいのに対し、春夜の顔がとても暗い、よほど負けたのがショックなのか負のオーラまで出ている。
そんな春夜を見て風夏はニヤッと笑った。
「ねぇねぇはる、今どんな気持ち、私に負けてどんな気持ち?」
「し、知るか!」
春夜はその風夏の絡みにウザさを感じたがとても懐かしい気持ちになり、笑みがこぼれた。
風夏は春夜との勝負に勝ったときたまに今のようなウザイ絡みをしてくるクセがあった、そのクセが変わらずにあったことが春夜は少しだけだが嬉しかったのだ。
しかし嬉しくてもウザイことには変わりない。
「くー、ウザイ、悔しい、なつもう一度やるぞ」
「えー、またやるの?」
「さっきお前の頼みを聞いてやったじゃないか、しかもこれは練習だ」
「もー、はるはやっぱり全然変わってないんだから」
風夏は呆れ顔で春夜を見た。
そんな顔をされた春夜は知ったことかと話を進めていく。
「なー、いいだろなつ」
「はー、わかった、もう一度やってあげる、でもさっきのは練習じゃないからね」
「サンキュー、なつ」
風夏の言葉を聞いて春夜は笑顔になり、オセロの準備をし始めた。
そんなオセロの勝負を何度も繰り返していたらあっという間に七時を過ぎていた。
「もうこんな時間か、夕食の準備をしなきゃ」
「なつって料理、出来たっけ」
「もう馬鹿にしないで、私だって料理ぐらい出来るわよ」
そう言って風夏はキッチンに向かい食事の準備をし始めた。
春夜は風夏の邪魔にならないように、机の上のオセロを片付けてから大人しくソファーに座り、本を読んでいた。結局景品の本はどちらにも与えられた。
数分後、出来た料理が机の上に並べられていったため、本を読むのを止めて机に向かった。
机の上にはご飯とコロッケやメンチカツといった揚げ物類などが並んでいた。
「へー、なつって料理得意なんだな」
「え、あぁ、うん、そうなんだ……」
一瞬、風夏の顔が固くなったがすぐに元の顔に戻った。
「はる、遅くなると明日の朝ごはんが食べられなくなるからはやく食べよう?」
「あぁ、そうだな、はやく食べよう」
風夏は席に着くとそう言って食べ始めた。そんな風夏につられ春夜も「いただきます」と言ってから食べ始めた。
春夜は早速コロッケに手を伸ばし、一口食べて驚いた。今まで食べてきたどのコロッケより美味しかったのだ。
「なつ、このコロッケ、どこで買ったの?」
「そのコロッケ?それは今朝の残り物だよ」
春夜はそれを聞いて驚いてから後悔もした、今朝は引っ越しの後片付けが終わっていなかったので、簡単なもので朝食を済ませてしまったため、このコロッケを食べれなかったのだ。
「なつって本当に料理がうまいな、このコロッケ、お店で買ったものかと思うぐらい美味しいぞ」
「え?」
春夜がそう言うと、風夏は驚いたような顔をした。その風夏の表情を見て春夜は困惑をした。
(なぜ、なつはこんなにも驚いているんだ、何か不味いことでもいったか?)
「なつ、その、すまん」
「え?なんで謝るの?」
「いや、なつがとても驚いた顔をしていたから、何か不味いことでも言っちゃたかなーって思って」
「え、あぁ、ご、ごめん、その、美味しいって言われて嬉しくて……」
「あぁ、そうなのか」
春夜は納得をした……ように見せた。風夏は少し嘘をついた、嬉しいのは多分本当だが、嬉しいだけなら驚いたような顔をする必要がない。でも春夜は追求をしなかった。何故なら風夏の様子を見ると聞かれたくない、思い出したくもない、という様子だったから、聞こうにも躊躇われた。離ればなれになっていた間に風夏に何があったのか春夜はわからない、聞こうにも風夏は多分答えてくれないだろう、信頼されてないわけではないが、会えなかった時間が生んだ遠慮と言う名の溝が春夜に言うことを阻んでいるのだ、そんな風夏の心情を春夜は理解した。だがら春夜は風夏を信頼して、話してくれるのを待つことしか出来ない。それが今、自分が風夏に出来ることだと思う。そう思うと、春夜は歯がゆい気持ちになった。
その後、二人は黙々と食事を取るだけで、それ以上話をしなかった。