図書室での出来事4
焔と一緒に参考書を探し初めてから数分後。
「春夜さん、これらなんてどうですか?」
そう言って焔が春夜に四冊の本を薦めてきた。
それらの本は確かに地理の事が中心に書かれているが、春夜にはどの本も内容が違うように見えた。
「橘はこの四冊の中ならどれが一番勉強しやすいと思う?」
春夜は素直に焔に聞くことにした。
そう言われた焔の目の色が、少し変わったような気がした。
「はい、そうですね、この四冊ならどれも分かりやすいのですが、一冊一冊解説や重要語句などが少し違うので、この四冊から絞るには後は相性になってしまうのです」
「そ、そうなの?」
水を得た魚のような焔の勢いに春夜は少し驚いた。そんな春夜の様子に、気づいていない焔は一冊ごとに違いを説明し始めた。
「例えばこの本なんですが、講義口調で書かれていて、絵や図がたくさん使われている見やすい参考書で、どうしてこうなるかが丁寧に解説されていて、視覚的にもわかりやすい構造になっているんです。次に、これは基礎から噛み砕かれて説明している、丁寧で辞書のように使う事ができる参考書で、非常にわかりやすいので、初心者から地理が得意な人まで使えるようになっているんです。そしてこれが……」
焔は丁寧に一冊一冊の違いを、分かりやすく説明してくれたが、春夜は本の違いより、焔の説明に驚きあまり説明が頭に入って来なかった。参考書は漫画や文庫本などと違って、あらすじみたいな内容紹介が書かれている事が少ない、なのに焔がスラスラと中身を見ずに簡潔で分かりやすい説明をしていることに驚いてしまったのだ。
「……とまぁこのように一冊ごとに重きを置いている所は違うんです」
「へ、へ~、そうなんだ。それにしてもすごいね」
「……? 何がですか?」
「いや、中身も見ずに違いを説明するのは、普通難しいはずなのに橘は、スラスラと説明できてすごいなって思って」
そう称賛すると焔は目を大きくして慌て始めた。
「す、すみません、いつもは気を付けてはいるのですが」
「そんな、謝る必要はないよ」
「で、でも、よく皆さんに変な目で見られて距離を置かれてしまうので……」
そう言いながら焔は表情を今までより暗くした。
「中学の時とかに変人とかキモイとか、言ってくる方も今したから他の皆さんや春夜さんだって言わないだけでそう思ったはずです」
「そんなことは思ってない。橘の説明はとても丁寧で分かりやすかったよ」
「ほ、本当ですか?」
「あぁ」
そう断言すると焔は安心したのか胸を撫で下ろした。なんとか納得してくれたようだ。
(まぁ、丁寧で分かりやすいとは言ったものの最後の二冊だけはちゃんと説明聞いてなかったんだけど……)
驚いて聞いてなかった、なんて言うとまた自己嫌悪してしまうだろうから春夜は、この事を胸のうちにしまっておくことにした。
「……この人でよかった」
「ん?なんか言った」
「え、あ、い、いや、なんでもないです、そ、それよりこの四冊の中からどれにしますか?」
「あ、えっと、じゃあ一番最初に説明してくれたやつで」
「はい、分かりました」
焔が春夜の事をじっと見つめながら柔らかな笑みを浮かべ何かを呟いた。春夜はその言葉が聞き取れず、聞き返したのだがはぐらかされてしまった。そして誤魔化すように春夜に本を選ばせた。
春夜が選ばなかった残りの本たちを焔は手際よく元の位置に戻した。その手際のよさに春夜はまた驚かされた。
「あ、それと今ここで勉強しますか、それとも持ち帰って勉強しますか、持ち帰るなら今から貸し出しの手続きをしますげど、どうしますか?」
「う~ん、いや、俺返却するの忘れそうだから借りずにここで勉強するわ」
「分かりました、それじゃあ私は勉強の邪魔をしないようにカウンターに戻りますね」
「あぁ、ありがとな」
そう伝えると焔は一礼してから出口の扉の近くにあるカウンターに戻っていった。
春夜は焔を見送ってから選んでもらった本を片手に荷物を持ち、図書室の机と椅子に向かい筆記用具を広げ勉強を開始した。




