図書室での出来事2
「す、すみません、もう大丈夫です」
数分後、彼女は落ち着いたらしくそう春夜に言ってきた。さっきと変わって、慌てている雰囲気はなくなっていた。
「そう、なら良かった」
「す、すみません、声をかけたのは私なのに慌ててしまって」
「いや、人見知りなら仕方ない事だと思うよ」
「そ、そうですか」
そう言うと彼女は安堵した表情になった。声をかけたのに慌てたので、変な子に見られたのではないかと心配していたのだろう、でも春夜がそんな雰囲気を出していなかったので安心したのだろう。
「えっと、なぜ声をかけたのかでしたよね」
「え、あぁ、そう」
一緒、何の事かと思ったが先ほど、質問をしたことを思い出した。
「それは、あ、えっと、あの、す、すみません、お名前、なんでしたっけ」
「あぁ、そう言えばまだ名乗ってなかったね、気が回らなくて悪い」
「い、いえ、あなたが謝る必要はないです、わ、私から声をかけたわけですし、ほ、本当なら私が、最初に名乗らなきゃいけなかったわけですし、あなたが悪いわけではないんです」
そう言う彼女の目はまっすぐ春夜の目を見ており絶対に譲らないという意志が伝わってきた。なぜさっきまでおどおどとしていた彼女が、ここまで頑ななのかが分からなかったが、彼女の意思を尊重することにした。
その後、彼女は落ち着きを取り戻した時にさっきの自分に羞恥して、またテンパっていたので落ち着くまで待った。
「えっと、わ、私は橘焔と言います。と、突然お声掛けして、すみません」
「いや、そんなに気にしてないから橘も自分を卑下しなくていいから」
「は、はい」
「で、俺は如月春夜っていうんだ、よろしくね」
「き、如月……」
名乗ったら、焔が動揺したように見え、眉をひそめて首をかしげた。
そんな春夜の様子を見て焔は両手を胸に重ねて慌てた顔になり早口で話しはじめた。
「す、すみません、不愉快にさせてしまって。べ、別に他意はないんです、でも、名乗ったら変な顔をされたら、不愉快にもなりますよね」
「い、いや、別に変な顔ではなかったけど……」
「ぅぅぅ、き、気まで使わせてしまって、す、すみません、で、でも本当に他意はないんです!」
本当に変な顔とは思っていなかったのだが、焔に気を使わせてしまったと思われてまた謝られてしまった。
この少ないやり取りで焔の性格がわかった気がした。多分人見知りは本当だろう、でもそれより、加害者意識が強いのだろう。だからこんなに短時間でたくさん謝られているのだろう。
「大丈夫、他意がないことぐらい分かっているから」
「ほ、本当ですか?」
「本当だから、橘に他意がないことは本当に分かっているから」
「そ、そうですか」
「だから安心していいんだよ」
「は、はい、ありがとうございます」
焔は慌てた様な、不安そうな顔から、安心した様な笑みに変えた。どうやらようやく焔は落ち着いたらしいと春夜は焔にバレない様に胸を撫で下ろした。
「それはそうとして、どうして俺の名前を聞いたとき動揺なんてしたの?」
「や、やっぱり疑っているじゃないですか!」
「い、いや違う違う、疑っている訳じゃなくて、純粋な疑問」
「ほ、本当に疑っている訳じゃなくて、純粋な疑問何ですか?」
「そう、疑っている訳じゃなくてなんで動揺したのかなって気になっただけだから」
「そ、そうですか、あ、は、早とちりしてすみません」
春夜の質問のタイミングが悪いだけなので焔が謝る必要はないのだが、ここで否定するとまた気を使わせてしまったと思わせてしまうので、焔の謝罪を否定しなかった。
その後、今度こそ本当に落ち着いた焔は、ゆっくりとだが理由を教えてくれた。
「えっと、なんで名前を聞いたときに動揺したのかですよね」
「うん、なんでなのかが気になって」
「そ、それはですね、わ、私の知り合いの名字と一緒だったもので驚いちゃって……」
「あぁ、そうなんだ」
「だ、だから本当に他意はないんです」
「それは分かっているから大丈夫だよ」
春夜は苦笑した。本当に焔は加害者意識が強い、多分そのせいで、人に少し距離を置かれてしまうのだろう。他の人に距離を置かれるのは自分のせいだと思って、加害者意識がもっと強くなってしまう。それらが焔の心の中で悪循環になっているのだろう。これを解消するには焔の加害者意識を弱めるしかないのだが、それはそれで難しい。
春夜は苦笑いしながら焔の頭に手を置いて安心させるように穏やかな顔をした。
「俺は本当に分かっているからそんなに自分を卑下するな、自分を変えるのは難しいだろうが、橘を分かってくれる奴はいるから、自信を持て、まぁ、今日合ったばかりの奴に言われても説得力はないだろうがな」
そんな春夜の行動と言葉に焔は驚いた顔をした。その顔を見て春夜は自分の失敗に気づいて焔の頭から手を引いた。
「ご、ごめん、勝手に頭を撫でて」
「い、いえ、しゅ、春夜さんは私を励まそうとしてくれたんですよね、わ、私は驚きはしましたが、そんなことを言ってもらえて、と、とても嬉しかったです。だ、だから、気を落とさないでください」
そう言うと焔は嬉しそうに笑った。その顔を見て春夜は安堵と共に少し気恥ずかしくなり、焔の目を見れず目をそらした。
話が進んでない気がする。




