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第六話 “あくとくりょうしゅ”をやっつけろ!

「ラルフ様、今月の決算です、ご確認ください」


「ふむ、どれどれ……?」


 バーントラフト領の領主館にて、執事風の男が目の前の机に掛けた男へと書類を差し出す。

 それを受け取った彼こそ、この領地を統べるバーントラフト家当主、ラルフ・ボア・バーントラフト子爵である。

 今月の収支計算を纏めた書類にざっと目を通したラルフは、苛立ちを隠そうともせず舌打ちを漏らす。


「ちっ、また収益が下がっているではないか!! どうなっている!?」


「はっ、何分戦争の終結に伴い、年々鉄の需要が下がり、値が暴落しておりますゆえ……やはり今のままでは、産業自体が維持出来ません」


「そのために、鉱夫を切って費用を浮かせ、私兵まで持ち出してタダ働きさせるための奴隷を集めさせたのだろう!? まだ足りんというのか!!」


「家人一同全力を尽くしておりますが、中々……」


「使えん奴らだ、また給料を下げられたいのか!?」


 怒りのままに書類を机に叩きつけ、吐き捨てる。

 ラルフが動く度、ジャラジャラと音を鳴らす宝飾品が嫌でも視界に入り、執事の男はそうと悟られぬよう内心で溜息を溢す。せめて、この方の浪費癖が無ければ、と。


 元々、バーントラフト家はしがない騎士爵家でしかなかった。

 それが、人魔大戦に伴う鉄需要の増加によって飛ぶ鳥を落とす勢いで発展し、その戦略的重要性から男爵、更に子爵と、トントン拍子に昇爵を重ねた異例の家だ。

 潤沢な資金を背景とした私兵団は精鋭揃いと評判を呼び、贅を凝らした領主館や質の良い衣服など、社交の場では常に周囲の貴族達から羨望の眼差しで見つめられるほど。もはや、伯爵位を授かるのも時間の問題……とまで言われたのだが、それも今や昔。

 戦争が終わり、主要産業であった鉄の需要が下がると、もはや笑うしかないほどあっという間に凋落していったのだ。


「大体、この前連れて来た獣人共はどうした!? 体だけは丈夫な奴らならば、これまで以上に安く鉄が掘れるのではなかったのか!?」


「お、恐れながら申し上げますが……彼らとて何も食わずに生きているわけではありません。むしろ、体が強靭な分、働くためには食料も多く必要で……奴隷故の作業の遅さもあり、さほどの効果は……」


 更に悪いことに、人間というのは一度覚えた贅沢を中々忘れられないもので、落ちぶれた今となっても尚、ラルフは最盛期と同じ贅沢三昧な暮らしを続けていた。当然、資金繰りはあっという間に苦しくなり、大量の借金を抱えるに至っている。

 それでもなんとか、税の引き上げや人件費の強引なカット、違法な奴隷による安価な労働力の確保で帳尻を合わせようとはしているのだが……既にそれも、限界に達しようとしていた。


「獣に食わせる飯などあるか! 倒れるまで鞭打ってでも働かせろ!! 途中で死んだら、その時はまた代わりを捕まえてくればいい!!」


「な、なりません!! ただでさえ、奴隷化した獣人達や高額の税に不満を持つ民が結託し、反乱の機運が高まっているのです。これ以上彼らに無体なことをすれば、どのようなことになるか……!!」


「その時は、この俺自らの手で粛清してくれるわ!! 獣如きが俺に逆らうとどうなるか、骨の髄まで教え込んでやる!!」


 だが、ラルフはその現状を認識できない。いや、認識してはいても、認めようとはしなかった。だからこそ、そんな非道で非現実的なことをいとも容易く口にしてしまう。

 もはやこの状況を変えるには、反乱の時を待つしかないのか……執事の男にも、そんな考えが浮かび始める。


「た、大変ですラルフ様ッ!!」


「今度はなんだッ!?」


 その直後、けたたましい音を立てて執務室の扉が開かれた。

 振り返れば、そこにいたのはバーントラフト家に仕える使用人の一人。

 まだ年若い彼は、ラルフの上げた怒声に竦み上がるが……それどころではないと思ったのか、気丈にも臣下の礼と共に口を開いた。


「こ、鉱山区にて、反乱が発生した模様!! 獣人奴隷が脱走し、付近の民と合流しながらこちらへ向かっています!!」


「な、なにぃぃぃ!!!? 警備の者は何をしていたぁぁぁぁ!!!!」


「そ、それが、化け物のような幼女に襲撃され、為す術なく蹂躙されたと……」


「幼女だと!? バカを言うな、吐くならもっとマシな嘘を吐け!!」


「で、ですが、警備の生き残りは確かにそう証言を……! よほど恐ろしい目に遭ったのか、『幼女怖い幼女怖い幼女怖い幼女怖い』と繰り返すばかりで、返答が要領を得ないのが困りものですが……」


「っ~~~~!! クソッ、使えないクズ共め!! どけ! 獣共も、それに同調した民も、全員この俺が殺してやるッ!!」


「お、お待ちください、ラルフ様!!」


 いきり立ち、外へ行こうと大股で歩き出す主へ、執事は慌てて声をかける。

 だがそれよりも早く、ラルフが手をかけようとした扉が轟音と共に吹き飛んだ!!


「「たのもーーーー!!」」


「ぎゃあああああ!?」


「ら、ラルフ様ーーーー!?!?」


 砕けた扉の残骸と共にラルフの体が宙を舞い、執務机を粉砕しながら床に叩きつけられる。

 少なくとも、このバーントラフト領内においては最高の権力者であるはずの男に対してこの所業、一体誰がと目を向ければ、そこにはたった今話題に上った幼女の姿。


 魔王と勇者の二人の娘、ジャミィとポメラである。


「あなたたちね! ニーミのかぞくをいじめたのは!」


「わたしたちが“おしおき”にきたから、かくごしなさい!」


 手を繋ぎ、ピリピリとしていた執務室には似つかわしくないほど明るい声音で口上を垂れる幼女が二人。

 とても強そうには見えないが、状況からして扉を吹き飛ばしたのは彼女たちに違いない。とても油断は出来ないと、執事は身構え……そこで、はたと気付いた。


 油断も何も、戦う必要ないのでは? と。


(このままラルフの馬鹿についていっても、先は見えている。ここはどうにか交渉して、相手方に取り入った方がいいのではないか? まあ、幼女と交渉したところでどれほど効果があるかは……謎……だが……?)


 冷静になったところで、更に一つ気が付いた。この幼女、どっかで見たことあるぞ? と。


「お、おのれぇ!! この俺を誰だと思っている、このバーントラフト領の支配者、ラルフ・ボア・バーントラフトだぞ!! どこの貴族家の者か知らんが、こんな真似をしてただで済むと思うなよ!? やれガリル! 貴様の力を見せつけてやれ!!」


 ガリルと呼ばれた執事の男は、自らの主の命令を受けて更に考える。

 言われてみれば確かに、この娘達の着ている衣服、やけに高品質だな? と。


(年齢は六、七歳と言ったところか? わざわざ手を繋いで攻め入って来るなど、よほど仲が良いのか……人族と魔族で随分と、珍しい……?)


 上流階級に属する、人族と魔族の仲良し姉妹。

 そうした情報がピースとなって、先の疑問とカチリと嵌った瞬間、執事は一気にその顔を青褪めさせた!


(こ、この方々はぁぁぁぁ!? ま、ままま、まさか、魔王ディアル様と勇者フィアナ様のご息女!? ということは此度の反乱は、彼らとその後援者たる王家が関わっている!? 終わったぁぁぁぁ!! この領地終わったぁぁぁぁ!!)


 バーントラフト家の私兵団は精鋭と謳われているが、魔王と勇者を敵に回しては秒で殲滅されてしまう。あの二人が敵に回った時点で、武力で敵う勢力などこの世界にはいない。

 実際には、この件はあくまで目の前にいる幼女達の独断であり、その両親は全く関わっていないのだが……まさかこんな幼い子供が「ちょっとお散歩」レベルの気軽さで貴族家一つ叩き潰そうなどと考えているなどと、想像できるはずがなかった。


 故に、魔王と勇者がバックにいると確信を抱いた彼のやることなど、一つしかない!


「申し訳ございません!! 私はそこの悪徳領主に脅され、渋々従っていただけであります!! どうかお命だけはお助けをぉぉぉぉ!!」


 五体投地による、全力の命乞いである!!

 それを見て、主であるラルフもまた壊れた机から起き上がりながら怒りの声を上げた!


「貴様ぁぁぁぁ!! 血迷ったかガリルぅぅぅぅ!?」


「うっせえクソ領主がぁぁぁぁ!! てめえにこれ以上仕えていたって身の破滅なんだよぉ!! 大人しくここで死ね!!」


 幼女達の前で、何とも醜い言い争いを繰り広げる大の大人が二人。ガリルなど、それまでの丁寧な言葉遣いを投げ捨てての全力の罵倒である。

 情けない話だが、それも仕方のないことだ。


 大人だろうと……否、大人だからこそ! 自分の身が何よりも可愛いのである!!


「おのれガリル、もう貴様はいらん!! そのガキ諸共死ねぇぇぇぇ!!」


 そして、それはラルフとて同じこと! 貴族としての立場を失うわけにはいかない彼にとって、反乱の首謀者(と思しき存在)など生かしておけるはずがない!!


 彼の怒りに呼応するかのように、身に着けた宝飾品の数々が一斉に輝き出す。

 そう、ラルフの買い漁ったそれらは単なるファッションアイテムではなく、強力な魔法を放つための魔道具だったのだ!!

 炎の津波が、水の弾丸が、風の刃が、氷の槍が、光と闇の入り混じる波動が、一斉にジャミィとポメラ、裏切り者のガリル、ついでに一切話に参加出来なかった哀れな使用人へと降り注ぐ!

 ちょっ、なんで俺まで巻き込まれてんの!? というもっとも過ぎる彼の叫びも、怒り狂ったラルフの前では意味を成さない。纏めて薙ぎ払わんと数多の魔法が降り注ぎ、これまでかと諦めかけたその瞬間。


「へー、こんなにいっぱいまほうをつかうひと、はじめてみたわ。……えいっ」


 ぱん、とポメラの小さな手が打ち合わされ、全ての魔法が何事もなかったかのように消滅する。

 全く意味が分からない状況に、ラルフも、ガリルも、そして名も知らぬ使用人さえ、唖然と口を開けたまま固まるしかなかった。


「でも、ちょっとへたっぴね。いっぱいまほうをつかうなら……こーするのよ」


 続けて、ポメラの手が左右へ開かれると同時、溢れ出すように無数の魔法が飛び出した!

 ラルフの繰り出した魔法に加え、鉄の剣、溶岩の津波、樹木の群れ、空間の歪が牙を生みだし、逆流する時の流れが咆哮を上げる。

 もはや見たことも聞いたこともないような魔法属性が、さながら子供の玩具箱をひっくり返したかのような勢いで飛び散っていく!!


「な、な、な、なんだこれはぁぁぁぁ!?!?」


 あり得ない現象に目を見開き、必死に迎撃しようと全身の魔道具に再び魔力を叩き込む。

 しかし、一発一発の威力と精度が桁外れな上、単純な手数すら半分以下という有様では、到底敵うはずがない。あっという間に魔法の渦に飲み込まれ、死にそうで死なない絶妙な力加減でズタボロになっていく!!


「くっ……はっ……!?」


 仕立ての良い服が見事に引き裂かれ、ついでに髪も綺麗さっぱり消し飛ばされながら、誰得な裸体を晒して横たわる。

 あまりにも哀れな(社会的な)死に様に、ガリルは小さく合掌した。


「さらばラルフ様、あなたのことは……多分今日一日くらいは忘れません」


「では、忘れる前に連行させていただきましょうか」


「えっ」


 さも、自分はこれから自由に生きていくんだと言わんばかりだった彼の肩に、ポンと手が置かれる。

 恐る恐る振り返れば、そこには見目麗しいメイドの姿が。


「調べはついております。領主はもちろんのこと、執事であるあなたも相当甘い汁を吸っていたようですね? ……民衆や獣人の方々が大層お怒りですので、そちらの子爵様と同様、彼らの前で悪事の全てを洗いざらい白状して貰いましょうか」


「いや、待て、待ってくれぇぇぇぇ!! 話す、全部素直に話すから、晒し首だけはご勘弁をぉぉぉぉ!!」


 そんな叫び声を残し、ガリルはメイド――ナナツと共に忽然と姿を消す。ついでに、見苦しい裸体もいつの間にやら消えていた。

 あまりにも見事な空間転移に、傍にいた使用人はガタガタと震えてしまう。


「い、今の、まさか《亜空切断》のナナツ……!? 勇者フィアナの右腕だった、人族最強の空間魔法の使い手……!? じゃ、じゃあ、あの子供達は……」


 今更ながら、自分がどんな存在と同じ場所にいたのかを自覚した彼の視線の先で、ポメラは足元に転がる残された魔道具を自前のモノクルで眺めていた。


「ポメラ、なにかおもしろいおもちゃ、あった?」


「んー、ない。どれもびみょーなのばっかり。まほうのところはわたしでもつくれちゃうし、きらきらしすぎてやなかんじね」


「そっかー。ニーミへのおみやげにしようかとおもったけど、だめだったねー」


 それ一つで、一般的な平民が一年は裕福に暮らせるであろう魔道具を軽々しくそう評するポメラと、それを当然のことと受け止めるジャミィ。

 そんな規格外の二人が、チラリと使用人の方を見た。びくりと震え上がる彼に、ジャミィが問いかける。


「ねえ、あなたもわるものなの?」


「ひ、ひぃぃぃ!! ち、違います違います!! お、俺は本当にただここに仕えていただけで、何の悪事にも加担しておりませんんん!!」


 先ほどガリルと同じように、五体投地で平伏する使用人。

 途方もない力の権化を前に、ただただ審判を待つ罪人のように頭を下げ続けるしかない彼に、ポメラとジャミィはゆっくりと歩み寄り……。


「じゃあ、はい。これあげるわね」


「へ?」


 なぜか、手に持った魔道具――ブレスレット型のそれを渡していた。

 理解が及ばないでいる使用人の男が顔を上げると、そんな彼へポメラはにっこりと笑いかける。


「ほしそうにしてたから。わるいやつにつかまって、つらかったでしょ? だから、これでげんきだして」


 ちょん、と、ポメラが金ぴかのブレスレットに触れると、瞬く間に銀色に変色していく。

 えっ、これ錬金術じゃね? やばくね? と、もはや頭の処理能力が限界を突破しそうになるが、ポメラはそんな大それたことをしたなどと知る由もなく、ただただ無邪気に笑っていた。


「ニーミにはびみょーだけど、これならおにーさんににあうとおもう。えへへ、これからもいいこでいてね?」


「ポメラ、そろそろかえろー。ナナツがよんでるよー」


「あ、はーい」


 それじゃあね、という言葉を残して、ポメラとジャミィは領主館を後にする。

 その後ろ姿を、使用人の男はただじっと見送り……最後に、ただ一言呟いた。


「……女神」


 ボソリと呟き、渡された魔道具を握りしめる。


 この後に、彼は冒険者となって人々に尽くす、少々子供に優しすぎる紳士的な魔法使いとして名を馳せることになるのだが……それを双子の姉妹が知ることになるのは、遥か先の話である。

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