第十話 けんかりょーせーばい!
「ええい、本当に忌々しい勇者共め」
他に人のいない部屋の中で、一人の男が忌々しげに吐き捨てる。
彼の名は、ハルバート・ボア・ストロング。法務大臣の立場で行政を司る、領地を持たない法衣貴族の一人である。
「まさかバーントラフトが潰されるとは……余計なことをしてくれる」
隠す気もない苛立ちのまま、何度も舌打ちを漏らす。
彼のような法衣貴族は、領地経営による税収を得られないので、王宮からの定期的な給金によって安定した生活こそ送れるものの、贅沢三昧の日々とは中々いかない。
その結果何が起こるかと言えば、自らの役職を傘に来た賄賂のやり取りだ。
特に最近多かったのが、戦争が終わったことで不利益を被った貴族達の、後ろ暗い事業とその証拠を隠蔽することによる賄賂だ。
資金繰りが厳しく、相当にあくどいことをしていたバーントラフト家などその筆頭であり、入って来る金が減ってしまうとハルバートはご立腹だった。
「たかが獣人風情など、奴隷にされていたからなんだと言うのだ。今はそんなことに金と時間を使っている場合でもないだろうに。他にどれだけ勇者の力を必要とする地域があると思っているのだ」
ごもっともらしいことを口にするが、実際にはただの逆恨みに適当な理由をつけて正当化しているだけであり、客観的に見れば的外れもいいところ。
しかし、金に目が眩んだ彼にとっては、それが妥当な指摘に思えて仕方がなかった。
「こうなれば、適当な書類をでっち上げ、今回の反乱は不当であると王に直訴すべきか。解放された奴隷達の犯罪歴など用意すれば、何も言い返せないであろう」
現在、奴隷の所持が禁止されている王国ではあるが、唯一の例外が犯罪奴隷だ。
犯罪を犯し、刑罰として奴隷の身分に落とされた者だけは、従来通りの扱いで構わないとされている。
つまり、捕まっていた獣人達の犯罪歴さえ用意出来れば、反乱に加担した勇者こそを糾弾することが出来るのだ。
「くっくっく、私にかかれば、犯罪をでっち上げるなど容易なこと。今に見ておれよ、薄汚い獣人に勇者どm」
「ままがどうかしたの?」
「もぉぉぉぉぉぉ!?!?」
散々に悪巧みしながら書類を漁っていたハルバートは、背後から突然響いた声に驚いてその場にずっこける。
ごろごろと奇怪なダンスのように転がりながら距離を取る彼の姿に、声をかけたジャミィはこてりと首を傾げた。
「お、おおお、お前、どうやってここに入った!? 鍵をかけておいたはずだぞ!?」
「えっ、かぎ?」
「かかってたの?」
少々遅れて入って来たポメラともどもジャミィがくるりと振り向くと、そこには無残に破壊された鍵の姿が。
「「あれ??」」
「あれ? ではない! 貴様等、何を強引に押し入っておるかぁ!!」
「「ご、ごめんなさーい!」」
ハルバートの剣幕に、二人はぺこりと頭を下げる。
一応補足しておくと、二人もわざとやったわけではないのだ。
ただ、部屋の扉が“多少”開きにくかったところで、この双子のパワーの前では少し立てつけが悪いのか鍵がかかっているのかよく分からず、結果として壊してしまうという事態がよく起きるだけで。
「すぐなおすから、ゆるしてほしいわ」
「直すってお前、そんな簡単に……!?」
ただ、すぐ物を壊すだけあって、直す方も一瞬である。
ポメラが時魔法を発動するや、壊れた鍵の時間が巻き戻され、何事もなかったかのように元の形を取り戻す。
あまりにも見事な高等魔法に、ハルバートは空いた口が塞がらなかった。
「それよりおじさん、きいて! ふたりをけっこんさせてほしいの!」
「えっ、あの、えっ? 結婚……どなたを、ですか?」
「このふたり!」
双子が改めて扉を開けると、そこにはニーミに連れられ息を切らせた男女の姿。
彼らの出で立ちから、すぐに貴族と使用人による身分差の恋だと看破したハルバートは、思わぬ展開に即座にほくそ笑む。
(この件を上手く纏めれば、心遣いが相当に期待できるな)
確かに、貴族と平民による身分差結婚は、時の王子が行ったことでぐっとハードルが下がったが、そのためには必要な手続きや根回しが諸々増えるため、結婚資金が通常より多くなる。
当然、それに見合った“心遣い”を担当した者が手にするのは至って合法は範囲であり……賄賂などよりよほどローリスクで手に入る纏まった金となるのだ。
(くくく、なるほど。バーントラフト家を潰して減った分の収入はこれで補え、という勇者なりの裏取引のつもりか。ならば精々利用させて貰うとしよう!)
あまりのタイミングの良さに、全く見当外れの方向へと介錯してしまうハルバート。
実は目の前の男女が不倫カップルであり、結婚など成立させようものなら男の実家やらなんやらから顰蹙を喰らうのは間違いなし、純愛を貴ぶ現王家からも覚えが悪くなるという圧倒的爆弾案件なのだが、そんな可能性は微塵も考えない。
なにせ、目の前の幼女達からは自分を貶めようとする気配が微塵も感じられないのだから!!
「ほほう、それはそれは、とても良いことですね。ええ、是非とも詳しい話を聞かせていただきたく思います」
それまでの乱暴な言葉遣いはどこへやら、揉み手笑顔という三流商人さながらの気持ち悪さでにじり寄るハルバート。
男はもちろん、これで結婚出来るとウキウキ気分だった女性すらドン引きしているが、金の匂いに釣られた彼は全く気付かず商談(?)に入る。
しかし、こうなると困るのは男の方だ。
「い、いえいえ、何も法務大臣であらせられるハルバート様の手を煩わせるわけには……」
「何の、前途ある若者を導くのは年長者の務め。こちらのことなど気にせず、さあさあ」
金を毟るためにどうにか結婚を推進したいハルバートと、不倫を隠し通すために大事にしたくない男。
今ここにら船乗り、子供達の前で執り行うにはあまりにも低俗過ぎる舌戦の火蓋が、切って落とされたのである!!
「僕らはその、実家にも関係をまだ話していませんし……どうせ結ばれるのなら、ね? ちゃんと祝福される土台を築いてからにしたいといいますか」
「それはそうでしょう。いえなに、それでしたら私の方からも説得に赴かせて貰いますよ、ええ」
ぐいぐいと押してくるハルバートに、男はほとほと困り果てる。
このまま流されでもしたら、身分差による諸々の問題以前に、今いる婚約者との関係が破談してしまう。
何も、彼女が嫌なわけではないのだ。ただ、正式に結ばれるまではあまり近しくし過ぎるべきではないというお堅い思想の持ち主で、少々男としての不満が溜まっていただけで。
だが、よりにもよってこんな場所でそんな最低の裏事情を暴露するわけにもいかない。
どうすればいいと悩んだ末、彼はふと書類が積まれた机の上に目が行った。
「お気持ちはありがたいですが、大臣様も仕事が溜まっていらっしゃるご様子。今日のところはまた日を改めて」
彼としては、単にここから逃げ出す口実を求めての言葉だった。
しかし、指摘されてようやく書類の存在思い出したハルバートは、自らの失態に気付き顔を青ざめる。
(し、しまったぁぁぁぁ!! 獣人共の冤罪をでっち上げるための書類がそのままだった!!)
そう、ジャミイの突然の乱入によってすっかり記憶から抜け落ちていたが、彼は只今悪事の真っ最中。証拠品が野ざらしで机の上に放置されていたのだ!!
(いかん、内容を見られたら身の破滅だ!!)
「そ、そうですな、確かに少々バタバタしておりまして、見苦しいところを……」
当たり障りない言葉で平静を装いつつ、書類を片付けようとするハルバート。
だが、焦りのせいで手を滑らせ、書類をうっかり落としてしまう!
「あっ……落としましたよ」
それを拾ったのは、双子の連れてきた獣人メイドのニーミ。
しまった、とハルバートが思った時には既に、ニーミは手に取った書類を一瞬目にしただけで、粗方の内容を読み取ってしまっていた!
「これ……獣人のみんなに対する捕縛状じゃないですか! しかも、罪状がどれもこれも適当なものばかり……みんなはこんなことしていません! どういうことですか!?」
「ぐ、ぐぅ!?」
問い詰められ、思わずたじろぐハルバート。
そんな彼の姿に真っ先に反応したのは、暴走正義機関車たる双子の姉妹……ではなく!
「な、なんだって!? 大臣、あなたはなんということを!!」
ゲスな不倫男の方だった!!
なぜなら、たとえ今の話が本当だろうと嘘だろうと、針小棒大に騒ぎ立ててしまえば、自分の結婚だ不倫だなどという些細な話は流されてしまうと踏んだからだ。
この男、最低である!!
「ば、バカを言うな!! これは、そういう悪事を企んでいたものからの押収品に過ぎん、言い掛かりはやめろ! むしろ、貴様こそどうなのだ!?」
「な、何がです?」
しかし、そんな手法は何も彼だけの専売特許ではない。雲行きの怪しさを感じたハルバートは、やり返すように男へ指を突きつけた!
「わざわざ結婚したいと詰め掛けておきながら、あれやこれやと理由をつけて首を縦に振らない。結婚詐欺で火遊びでもしていたのではないか!?」
「ぐぅ!?」
大正解である!!
ここに来てハルバートの鈍った勘が冴え渡った……わけではもちろんなく、ただの口からでまかせ。最近そういうのが流行っているから気を付けろと、お触れが回ったばかりなのを思い出しただけである。
しかし、図星を突かれた男としては、無視出来る話ではない。特に、背後にいる愛人からの絶対零度の視線がヤバイのだ!!
「な、何を根拠に!? そんなでまかせで自分の罪を誤魔化せるだなんて思わないでくださいよ!? どうせあれでしょう、勇者様の活躍が目障りだったから邪魔してやろうとかそんなしょーもない考えで用意したんでしょう!? 大人しく懺悔してください!!」
「黙れ! それはこちらの台詞だ!! 知っているんだぞ、貴様には将来を誓い合った婚約者がいるんだろう!? そんな者がいながら他の女に手を出すなど、貴族として恥を知れ! 大人しく白状して懺悔するのだな!!」
スルスルと飛び出る嘘八百が、見事なまでに相手の急所を射抜きどんどんと追い詰めていく!!
あまりにも不毛かつ間抜けなやり取りを前に、双子達は顔を見合わせた。
「けっきょく、だれがわるものなの?」
「わかんない。ニーミ、わかる?」
「ぶっちゃけ、どちらも悪いと思います」
話を振られ、ニーミは即答する。
二人が言い争っている間に他の書類に目を通し、使用人の女性に軽く聞き取りを行った彼女は、どちらもほぼ黒であると確証を持つに至っていた。
この幼女、滅茶苦茶有能である。ナナツ、専属解雇の危機!
「わかった、それじゃあいくよ!」
「ええ、あれをするのね」
話と全く関係ないところで、変態の将来がやや危うくなっているとは誰も気付かず、双子は手を繋いで拳を握り締める。
そこから繰り出されるのは、必殺の《おしおきぱーんち》の派生技! その名も……
「「けんかりょーせーばい!!」」
「「ぎゃあーーーー!?!?」」
二人の拳が言い争う二人の男に突き刺さり、強制的に黙らされる。
その後、城の一角が吹き飛んだ騒ぎに気づいた両親達の調査によって、彼らが本当に黒だったと確証が得られ、ついでに芋づる式にハルバートと繋がりがあった後ろ暗い貴族が多数捕らえられることになるのだが……それは、双子達には預かり知らぬ話である。




