あるひ もりのなか
大陸中央に位置し自然に恵まれたスターク王都の周辺は建国の頃から森林が伐採され、年々森林の数が減っている。
その豊富な資源を以て国作りはスムーズに行われたのだが、王都から数kmの場所には大森林が残っている。
なぜこんな都合のいい資源の豊富な場所が残されているのか。
理由はシンプル、危険だからだ。
まず複雑な地形。高低に富み所により地面に大きな亀裂も存在。巨大な樹木の枝葉が行く手を遮り方向感覚を狂わせる。噂では幻覚系の魔法が掛けられているとも聞く。
それに加えて魔物の強さは一匹に5人がかりで勝てるかどうか。そんなのが群れで森林を徘徊している。
と言ってもこれは深部の話で、浅い場所なら普通の森とそう変わらない。
だが人が入るのを避けるのはこの危険という情報が故だろう。
『かもしれない』が人の足を遠ざけるのだ。
「こりゃ化け物がいるなぁ」
大きく縦に割かれた樹木を見て思わず口に出る。
切り傷から見て獣のものではない。鋭利な刀剣を用いた下段からの渾身の斬撃。
人間か人型の魔族かどちらにしてもかなりの剣の使い手だ。
が、あいにく地図の印はこの辺り。
『獅子を助けよ』差出人不明の手紙にはこの言葉だけが書かれていた。
獅子。現代ではライオンの別名。
異世界の文字や言葉は権能による自動翻訳で認識している。精度に関しても店主やフィートで実証済みだ。
曖昧なニュアンスの言葉ならいざ知らず単語レベルなら正確だろう。
しかし窮屈極まりない森に獅子が居るとは考えにくい、となればこれは暗喩と見て間違いない。
「いるじゃねーか獅子」
小さな枝葉を折りながら進むと少し開けた場所に出た。
そこには獅子......の紋章をこしらえた翼の付いた機械が横転している。
見上げると上部の木々が折れてぽっかりと穴から空が覗く。
「誰か......いるんですか?」
「『獅子を救え』ってそういう意味か。キミ、ケガはないか? 保護者はいるのか?」
機械の奥からした声の主は男の子。
王都では見慣れない皮のジャケットとズボンを履いた黒髪の少年だ。
「いるなら、どうか......姉さんを......」
「おーい寝るなよ。どれどれケガは、擦り傷だけか丈夫なこって。ならコイツを『はいヌリヌリー』」
フィートが部屋に残していった塗り薬をつけてやる。効果は実感済みバツグンだ。
しかし姉がいるのか。コイツを助けて任務完了って訳じゃなさそうだな。
権能”インビジブル”を使って機械と少年を透明化する。
加えて権能”空想具現”で自身を模した分身を配置。これで多少は防衛できる。
いくら浅い所とはいえ魔物の気配はそれなりに感じるからな。
欠点としては権能に意識を割かれている分戦闘能力が落ちるくらい。だが人探しくらいなら問題ない。
肉体が超人的ではない俺が連れ歩くよりこっちの方が安心できるだろう。
「......って」
声がした。同時に樹木が倒れ草木がちぎれる音も。
音の下へ木々を躱して疾走する。
一歩また一歩と進めるたびに音は徐々に大きくなり、振動が伝わるほどになるとまた大きな空間に出た。
目の前には対峙する二つの影。
一人は一刀を腰に大剣を手にした華奢な桃色の髪の女騎士、もう一方はきちんとした身なりの杖を持つ金髪男だ。
痴情のもつれ......には見えないな。
周囲には倒れた木々が散らばっている。
「さあ観念しなさい! 私の後をつけてた事は分かっていますって!」
「ですから、私は賊じゃありませんって......おっと!」
問答無用とばかりに刀を横一文字に一閃、男は大げさに転がるように避ける。
すると後方の大木が切り裂かれ輪切りになり倒れた。
男はきっちりとした身なりをしていて動き辛そうなのものだが意外、最低限の動きで器用に避ける。
反対に桃色騎士の振るう大剣は大雑把な印象だ。
「隙ありです!」
地面を大きく蹴りつけ突進した少女に虚を突かれたのか男は大剣の直撃を受け大きく吹き飛ばされ一際大きな木に打ちつけられた。
男は反射的に腕を抑えるがその腕は切断されずくっ付いている。
”魔力障壁”。異世界の人間はだれでも魔力をもっていて、それが自動的に身体を保護している。と、フィートの受け売りだ。
つまり魔力が尽きるまで攻撃で身体が傷つくことはないってことだ。
「......いい加減にしてください! ですから私はあのお方の使者で......」
「自首すれば危害は加えません......って誰です!?」
観戦者に気が付いたのか振り上げた大剣を静止させると、こちらに目を向けると驚いた顔を見せる。
「俺? レオだ」
「レオ......どこかで聞いたような。変わった服を着た金髪の......あー! 団長さんの言っていた人です! でもどうしてこんなところに?」
「変な服ってどの口が、そっちも大概だぞ」
彼女の華奢な体を包むのは王都でたまに見る流行の服だ。
騎士のマントを羽織っているものの戦う者の恰好には見えない。
いや魔力障壁があれば防具なんていらないか。むしろ動きやすい服装は合理的とも言えるな。
「ここが好機ですか。まったくスタークの騎士団は手荒で困りますね......ここは一旦引かせて貰います」
言い終えたかと思うと男は忽然と姿を消し、音もなく石ころが一つ転がった。
「おいアイツ消えたぞ!」
「!? ど、どうしましょう! すぐに追いかけ......でもどっちに!?」
「まず落ち着け、こういう時は痕跡を調べるべきだ、ほら」
慌てる彼女をに落ちつくように諭す。
アイツが消えた代わりに現れた石ころを拾い上げると彼女に手渡した。
魔法とは魔力を使用して起こす現象。炎や氷を出すものから肉体強化、精神強化など系統は様々。
石ころが現れアイツが消えた。まず考えるべきはどんなロジックか。
「石、あの人が消えて現れましたね。あ」
深呼吸をして落ち着いた彼女はまじまじと石を見つめる。
「そう薄くだが何かの文様が描かれてるんだ、恐らく魔法の発動のためだと思うんだが」
「これは召喚、いえ置換の魔法紋です! 騎士団で見たことがあります!」
”置換魔法”言葉の通り解釈すれば入れ替える魔法。
アイツとこの石が入れ替わったと考えれば状況に説明がつく。
「”置換魔法”か、面白そうだな......」
「だとしたらもう近くには居ないでしょうね......置換魔法は国から国まで移動できると聞きます。はぁ......」
原理がわかった喜びもつかの間彼女は肩を落とす。
無理もない。魔法の詳しいことは分からないが俺がアイツなら大きく距離を取るだろう。
「何も目的だったんだろうな、アイツ」
「盗賊の目的といったらお金でしょうか」
「だが一人で、しかもこんな場所で仕掛ける意味が分からないな。もしかしたら『使者です』って言葉は本当で......」
「私が早とちりをしたと!? どうしましょう!」
「だから慌てるな落ち着けって、まずは状況整理だ。アイツが使者だとしたらそれほど遠くに行ってないし場を整えて再度出向いてくるはずだ、そこは心配するな」
「ふぅ......確かにそうかもしれません。安心ではないですけど、落ち着きました」
「でだ、次は俺の用件」
彼女に依頼の手紙とあの少年と機械の話をした。
聞き届けると彼女は顎に手をやると少し頭をひねった。
「翼を持つ、飛行可能なほど高度な機械といえばギアステイツのもの以外考えられませんね」
ギアステイツ、スターク北方に位置する国。
機械の研究、生産長けた国だと聞くが飛行機まで作れるのは初耳だった。
というのも魔法を用いれば並大抵の事象を起こすことができる。
むろん飛ぶことは不可能ではなく、わざわざ機械を使って飛ぶ必要性はないはずだ。
目的は単なる技術研究のロマンか延長線上に真意があるのか。
今は謎だな。
「で、お前は少年の姉か?」
「残念ながら違います」
「ま、そうだわな」
あの少年がギアステイツの人間ならスタークの騎士団員の親族とは考えられない。
「とりあえず少年は騎士団で保護します。森の浅い所とはいえ鼻のいい魔物が居るかもしれません、急ぎましょう!」
「そのセリフはフラグだったな、後ろだ!」
俺が辿って来た道の方に彼女の手を引くべく近づいた。
一瞬目の前の地面が暗くなった後、地響きと共に狼のような獣が着地。
彼女はすでに察知していたようで手を引くまでもなく避け大剣を振りかぶった。
「下がってくださいレオさん!」
聞こえる程度に小さくつぶやくと彼女は脚で大きく地面をえぐり渾身の力で現れた狼のような魔物を切りつける。
さっきの比じゃない力。はるか後方に飛ばされた獣は地響きより大きな衝撃を生んだ。
余波で周囲の樹木が両断され音をたてて崩れ落ちる。
彼女は剣を振りぬくと地面に膝をつき息を切らした。
「はぁはぁ、これで......」
「いーやまだだ」
急に周囲の温度が落ちたのか冷たい空気が満ち、鼻をつく刺激臭が漂う。
次いで聞こえる唸りの獣声。
再び現れた獣にいっさい傷は見られない。
「そんな......」
「あれ食らって無傷かよ。ここは逃げるが勝ちと言いたいが......余力はあるか」
「何とか......でももう一発は厳しい、です」
大した一撃だったが代償は大きいらしい。
実際普通の魔物ならあの一撃で倒せない奴は居ないだろう。
倒せないのには確実に理由がある。
と、その時魔物の後ろの樹木が倒れた。
轟音をたてるが魔物には命中しない。
一瞥もくれずにこちらを睨みつけ唸りを上げたままだ。
「そんじゃ俺が時間を稼ぐ、キミは少し休め」
「でもレオさんは魔力が薄いと......」
「団長......アルコスのヤツ意外とおしゃべりみたいだな貴重な情報だってのに」
異世界人と違って俺には魔力がない。つまり魔力障壁が使えないってことだ。
権能を使えばいくらか防御の手段はあるが今は他で使っててカツカツだ。
「知ってるなら話は早い。長くは持たないから薬でもなんでも使って早く回復してくれ」
細剣を具現させて体の前に構える。なんとも頼りないがこれが今具現できる限界。
桃色騎士を睨みつけていた獣は弱い獲物と見たのか俺に向き直り跳躍し前脚の硬質な爪を向けて飛び掛かってくる。
早い、がなんとか躱しすれ違いざまに横腹を切りつける。当然傷はつかない。
振り向きざまの素早いひっかきを二度避け、剣の届くギリギリの鼻先を突くがまたも無傷。
狼の急所のはずだが力が足りないのかいずれも効果は見られない。
「痛ってぇ、こっちの方がダメージ受けてないかコレ。キミ、そろそろ行けそうか?」
「もう大丈夫です!」
彼女は背後を取るように位置取り、軽く切りつけ止まらずに立ち回る。
獣はどちらを狙うのか決めかねたようで一度大きく後退する。
「気づいてるか、この鼻をつく腐った臭い、たぶんアイツは死んだまま動いてる」
「けど見た目は普通の狼の魔物です......なにが腐った臭いなんでしょうか?」
見た目は彼女が言うように普通の獣だ。
しかしこの腐敗臭はエサが腐ってた程度の強さではなくアイツの全体から漂っている。
「? なんだ今度は熱気が」
冷気とはうって変わって今度は辺りの空気が肌を焼くように熱される。
熱気の中心はあの獣だ。
警戒を強めたその瞬間視界が白で塗りつぶされた。
「レオさん!」
声は聞こえる、体は動かない。
あけた視界には体から雷を迸らせる獣の姿。
腐敗臭は熱気に焼かれたか消えている。
「キミは無事なのか......何が、起こった......」
「狼の電撃です! 何とかはじき返しました! ここは交代です、レオさんは休んでください!」
雷をはじいた?
超人的な所業はさておき意識を途切れさせるわけにはいかない。
体は動かないならせめて思考だ。
魔物は腐敗臭を放ち極めて打たれ強い性質を持つ。
俺はそれが死んでいるから生者とは異なる性質によるものだと考えた。
しかし熱気と共に電撃を放った。その時に腐敗臭はしなかった。
順当に考えれば性質を変化させたのだろう。
死の性質の時は耐久力、生の性質の時は魔法、と。
死と生は相容れず同時には成り立たない。としたら性質は同時に二つ使えないはずだ。
だが奴は切り替えられる。もう一度あの一撃を叩き込んだところで死者を殺すことは出来ない。
「......ざわざわ」
ぼんやりと声が聞こえる。無機質で抑揚のない声。周りから、それも複数。
顔を向けて見渡すが誰もいない。
「オマエ、目を閉じろ」
その中で一つはっきりとした声が聞こえた。
反射的に目を閉じる。
暗い瞼の裏側。そこに無数の白く丸い光が浮かび上がった。
再度辺りを見渡すと青い光が寄り添うように二つ。それと対峙するように赤と青半々の光が灯る。
「これはキミと、魔物か?」
「電撃で混乱してます? 大丈夫です私はここに居ますよ、安心してください! 絶対守ります」
青い光が元気づけるように声を上げる。
だが光は揺らいで見える。
「やはり見えているなオマエ! 早くワシを使え!」
「誰だお前は? 彼女じゃないな」
「オウトモ! ワシは刀だ! ひと呼んでレイ刀”ハバキリ”。いいから早く抜くのだ!」
「あっ、刀が!」
ブチ、と何かがちぎれる音と共に足元に何かが転がる。
目を開けるとそこには一振りの刀があった。
何だか分からんが鞘を握り柄に手を添えた。
「オマエ魔力が薄い、いや無いな! まあ今はいい! 足りない元気はワシが補う、立て。そして切れ」
「訳わからんがそれで何とかなるなら!」
刀をしっかりと握りしめると不思議と気力が体を満たす。
一思いに引き抜くとリンと空気を切り刀身が露になる。
「”インビジブル”」
確かめるように小さくつぶやき最低出力で権能を使う。
「生と死を分かち、あるべき場所へ”ハバキリ”」
黙して、だが力強く地面を踏みしめ放った一太刀は確かな手ごたえをもたらした。




