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うるさい にちじょう

 リザとフラン姫との初遭遇から日が昇り翌日。


 俺は酒場の二階、借りている部屋で目を覚ます。


 無意識に右の太ももに目をやる。そこに傷はない、万層膏はちゃんと機能したようだ。

 神の権能の力は強力だが、どうにもまだ自分の力とは認識できていない。


 事実、神と会話した時に言っていた権能”極限現環境適応”は機能していないし、その他の権能の多くも使えない。

 これはおそらく......


「レオ! 起きてるんだろう? 早く降りて朝ごはん食べなー!」


 階下から響く元気でやかましい声。

 しぶしぶ思考を打ち切り階段を下るとがらんとした酒場のテーブルにパンと湯気のたったスープが置かれている。

 席について朝食をとる。熱々のスープだがどうしても現代と比較すると質素だ。

 具は野菜が少々程度でパンはもっさり、正直がっかりな感じ。

 てなことで神の権能でひき肉の腸詰と黒コショウを具現トッピング。これだけでかなりイケてる朝食の完成だ。


「アンタってホント不思議ねぇ。それどこから持ってきたんだい?」

「まぁコネで少々な」


 一通り朝の家事を終えたのか、店主が豪華になった朝食を眺めている。


「一口どうぞ、はいアーン」

「!? おいしい......!」


 口に入れた途端目が大きく見開かれる。

 当然と言えば当然。具現したのは異世界由来の食材とはいえ加工方法は現代のものなのだから。

 異世界の文明は多くが中世、一部が近代程度もの。食材の加工技術に関してはまだまだ発展途上だ。

 この時代では王族ですら食べたこともない美味だろう。


「ねぇ作り方教えてくれないかい?」

「構わないが対価は......」

「宿代で、だろう? 勿論、安いものさそのくらい!」


 しかし和やかな朝食の時間は突如として終わりを告げる。


「レオがここに居ると聞いた!」


 声が届くと同時に蹴り飛ばされた扉が飛来する。

 そのままテーブルに激突するぎりぎりの所で店主の手を引く。

 ひっくり返るゴキゲンな朝食。ひっくり返ったスープはびちゃと床を汚した。

 『下がってろ』と店主を逃がし招かざる客に目を向ける。


「おーおー団体さんご来店で......でも開店後に出直してもらえるか?」

「ざけんなテメェ騙しやがって! 情報じゃ楽勝な魔物なはずだ!」

「”ちゃんと対策をすれば”って言ったろ? 大方相手のフィジカルを軽んじてたんだろ。ちゃんと渡したメモは読めよなー」


 剣士に弓使いと魔法使い、それぞれの得物を装備した三人の集団。

 俺は数日前にこいつらと魔物の情報を取引した。雷を扱う魔族の手ごまの獣型魔物。

 特性は主の魔族の影響を色濃く受け、それに加えて姿かたちの特性を持つ。

 だから雷と俊敏性の対策をしろと具体的に注意書きしたんだが…...


「獣型魔物と言ってもその辺の犬っコロに比べりゃ桁違いの肉体してんだぞ。対策しない阿呆共でも命が残っただけラッキーってもんだ」

「ほざけ情報屋風情が!」


 こめかみに青筋をたてた男は大きく一歩前に出つつ腰の長剣を振りぬき宙を薙ぐ。

 流石魔物退治を生業とするだけはある、避けなければ腕の一本くらい骨ごともっていかれるだろう。しかし当たらなければ意味はない。


「くらえー!」

 少々間の抜けた声にしては凶悪な火球が倒れたテーブルに激突、零れたスープが一瞬で蒸発する。

 発射された方向には二人の女。一人は前傾して杖を構え、もう一方弓を番え引き絞る。


「お嬢さん、攻撃する時は黙ってやらなきゃ当たらないぜ。情報ってのは敵に明かさないほど有利なんだ」


 転がった椅子を蹴り上げ盾にして矢を防ぐと、前衛の男は一歩下がる。


「情報屋の癖に中々戦えるなぁ! ......1,2,でいくぞ合わせろ!」

「うん」

「了解!」


 男は2人にこっちに聞こえないくらいの小声で耳打ちすると、直剣を両手で握った。

 間髪入れずに大上段の構えで突進。破れかぶれのような大ぶりの攻撃だ。

 俺は突進の直線方向から外れるようステップを踏むが読んでいたかのように矢が迫っている。

 咄嗟に転がるようにして避け壁にもたれかかり受け身をとった。


「どんぴしゃ!」


 が、声が響く頃には赤熱の塊は不可避の位置にあった。

 呼吸の合ったコンビネーション。一瞬の作戦会議といい長年の経験値を感じさせる。


 激突爆音、煙が晴れると奴らの喜び顔が見えた。まるで戦いに勝利したような顔。


「ねぇ流石にやり過ぎじゃない? 壁が粉々だよ」

「はっはっはざまぁねぇぜ。これで少しは懲りたろうな!」

「はぁ......またこんなに壊して、手加減してくださいって私言ってますよね!」


 まず一人。


「悪いとは思ってるさ、でもよぉ......!?」

「ひぃっ......消えた!?」


 うろたえる残された二人。動揺と困惑半々といった顔だ。

 二人。


「悪ふざけは止めて飲みに行こうぜ? なぁ......!? 二人してイタズラは趣味が悪いぜ、オイ! よし分かった今日は俺の奢りだ、だから出てこいよぉ!」

「残るは一人、お前だけだ」

「てめぇ......! 二人をどこへやった?」

「案外仲間思いなんだな。いいぜ、ここから悪役はバトンタッチだ。二人の命が惜しければ言うことを聞くんだな」

「ごちゃごちゃと!」


 聞く耳持たず、俺を切り裂かんと剣を振りぬく。

 姿勢を低くして避け身を隠し続けて勧告する。


「人の話は最後まで聞くべきだぞ」

「うるせぇ! 隠れてねぇで出てこい!」

「隠れる? どこにその場所があるってんだ?」


 俺の言葉を最後にシンと静寂が酒場を満たす。

 見渡せばテーブルや椅子零れたスープの一切が姿を消し空き家のようにただ床と壁、そして奴だけが残されている。


「いつの間に!? ッ!?」


 奴の足元に具現した剣を投げつけ突き立てる。一本、二本、三本。

 動揺、困惑そして恐怖。奴の手からカランと直剣が床に転がる。

 未知の現象に遭遇して思考が止まり恐怖した表情。


「王手だ、返す手は?......無いみたいだな」


 わざとらしく足音を立てて背後から奴の首に剣を突き付けると膝から崩れ落ちた。

 奴らを縄で縛りつけ安全を確保し、『ぱん』と手をうつと権能”インビジブル”が解け透明化していた全てが元に戻った。



 その後、酒場の修繕料の弁償などの後処理の話し合いを店主に任せ俺は部屋に戻った。


 異世界に来てから一週間、今日のような事件にはいくつか遭遇した。

 義のため、善行のため、欲望のため、シチュエーションは様々。

 権能が目覚めるのはいつもそんな瞬間だ。


 事実、さっきの戦いで権能”インビジブル”が発現した。

 効果は【自身や他者、物など対象物の姿を透明化し認識を阻害する】こと。

 あまりにも都合のいいタイミング、まるで神の加護のようだ。

 

 情報は武器になる。反対に未知や想定外に人は恐怖する。

 だからこそ今は知るべきだ。

 世界と敵と、そしてリザに訪れる死の危機。

 何よりも神が俺を転生させたその意図を。


「痛ってーなクソ」


 ともあれまずは目の前のことから。

 俺は肩に刺さった木片や火傷跡を具現した医療具で処置した。

 ケガを一瞬で治癒できる権能はないものかね。


「傷薬はいらんかね? お兄さ~ん」

「はぁ......いらん自前のがある。それと玄関は下で話はマネージャーを通せと言ってるだろ」

「マネージ......ャー? よくわかんないけど善意は受けるもんだよ! はいヌリヌリー」


 女は窓のへりから降りると焦げ臭い傷口にネトッとした薬を塗りたくる。

 そのまま慣れた手つきで包帯を巻きつける。止める間もなかった。

 顔はフードに隠されよく見えないが体格は大柄ではない。


「これでよーし! じゃあハイ!」

「お手?」

 差し出された手に手を重ねる。

 ムッとした顔、違ったらしい。


「違うよ! お代だよお代」

「善意とは何か議論したいな」

「タダな訳ないだろーここは情報屋らしく......あのー手離してくれるかな?」

「握手とは挨拶を意味するだけでなく親近感を与える効果がある。信頼関係の重要な情報屋としてぴったりなジェスチャーだと思わないか?」

「痛たたたた!! 親近感って何かなゴリゴリいってるよー! 離してぇー!」

「ほぉ......痛みが引いた。この薬効きがいいな。もっと親愛を伝えねば!」

「____ッ! 分かったよぉ! お代はもういいから離してよー!」


 ようやく親愛が伝わった声をあげたの聞き届けたので手を離してやる。

 女は距離を取って椅子に腰かけるとフードをおろし俺を睨みつける。

 情報屋フィート。好奇心旺盛な赤い瞳を持ち、長い金髪は動きやすいように後ろで結っている。

 強靭な肉体は持たないが身のこなしが軽く戦闘慣れしているのは実感済みだ。

 俺が初めて遭遇した異世界人であり情報屋の師匠でもある。


「で、外はどんな感じだ? 境界線付近はまで行ったんだろ」

 本題、と声のトーンを落として尋ねる。


「状況は良くはないかな。レオンシード家も精いっぱいって感じでマズいねー」

 向こうも察してか口調は変わらないものの真面目な声色に変わった。

「今のところ魔族もスターク国土には踏み入ってないけど時間の問題。辺境じゃ物資の運搬もキツイしねー」


 辺境レオンシード領。スターク西方の魔族領との境界線。

 東西に長いスターク国の王都は東寄りに位置するためレオンシードから遠く物流網が細い。

 境界線上の山々の隙間を塞ぐ城壁で今は侵攻を食い止めているが......といった状況か。

 無論蓄えはあるだろうが大陸中央に位置するスターク国は魔族の他にも敵が多い。


「頼みの綱はレオンシードの切り札か。果たして成るか否か」

「はいはい! 暗い話はこれまでー! そっちの話聞かせてよ」


 情報屋としてのイロハは叩き込まれた俺は王都とその周辺に腰を据えて活動中だ。

 フィートは王都外俺は王都内で分担して情報を収集している。


「こっちもたいして明るい話題はないが進展はアリだ。リザを見つけた、昨晩のことだが......」


「ふむふむ......ぷっ、あはははっ。なんで戦ったのさー。『つい』ってせっかくのチャンスだよ?」

「守る対象としてどの程度やるか見なきゃだろ!? ......はーい反省してまーす」

「ま、一歩進展、いや姫さまにも会ったから二歩進展かなー」


 フィートはひとしきり笑うと窓枠に足を乗せる。


「前途は多難、だけど希望はある。それじゃお互い頑張ろー!」

 グッと足に力を入れて足元を軋ませる。

「あっ!」


 何かに気が付いたのかバランスを崩し落下した。

 慌てて窓に駆け寄ると真下の屋根のヘリに彼女は掴まっている。


「本題本題! 忘れてた! はいこれ依頼ねー」


 ナイフ投げの要領で一枚の封筒が風切り迫る。

 右手の指二本でキャッチ。


「ナイスキャッチー! 依頼内容は読んで!」


 言うなり壁をけり着地すると駆けていった。


「相変わらず元気ねぇ。はいナイフ持ってきといたよ」

「サンキュー」


 店主が阿吽の呼吸で封切りを届けてくれる。

 なんでもフィートとは昔から縁があるらしい。


 封を切り中身を検める。

 一枚はスターク王都周辺の地図。森林部に印がある。

 もう一枚は、と......


「『獅子を助けよ』?」


 意味深げな暗号がそこにはあった。

投稿再開します

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