よる の こうさく
人類の明かりに照らされくすんだ空には今、二人の若者が浮かんでいる。
男女、追う者追われる者、対称的に見えるが俺と彼女は同じ世界からの来訪者。この世界においては最も近しい出身で間違いない。彼女には危機が迫っている。
それがいつ何時に起こるのか詳細までは不明。だがその危機を彼女一人で乗り越える確率は完全にゼロらしい……あくまで神の言葉を鵜呑みにするのならばだが。
なんにせよ危機に抗うためには状況の相互理解が先決だ。
二棟三棟と屋根を蹴りつけて跳躍を続ける彼女はそのスピードを落とすことはない。
華奢な見た目とは裏腹な超人的な身体能力は元々の素質もあるが、転生時に増幅されたものだと神のメモに記載されていた。
だから……
「……読み通り動きを止めたな」
いくら身体能力が強化されようが、脳みそは据え置きだ。
能力に脳の情報処理が追いつかないだろうと予想していたが、当たったようだ。
家の並びより一段高い石作りの塔の上。急停止した彼女は何かを探すように眼下の町を浚うように観察している。
汗も拭わぬその素振り、頬に張り付く髪を無視している。相当慌てているようだ。
「なに探してんだ? お嬢さん」
「えっ!?」
背後からの投げかけに彼女は剣の柄に手をかける。
しかしてその刀身が夜天にさらされることはない。彼女の腕は俺に鷲掴みにされていたからだ。
「日本、アメリカ、中国、これで伝わるか?」
「? …………もしかして……あなたも転生者!?」
「正解。“話”通りなかなか優秀なようだな、アンタ」
「話って何の……? それより!」
腕を振りほどいた彼女は飛びのき、屋根の縁ギリギリまで距離を空けた。
その眼光は真面目そうな顔だちも相まって鋭い。
「正直混乱してるけど、同郷出身なことだけは理解しました。けど味方とは限らない」
「ははっ! いかな俺とて久々の同郷出身者にテンション上がってたみたいだ、悪いな」
「……故郷の思い出話をしたいなら他を当たって下さい、急いでいるので」
探しものはよほど大切な物らしい。ふむ、今持ってる情報で使えそうなのは……
「フランソワーズ……」
「!? それは!」
「おっとと、いきなり切りかかるとはな……地雷だったか?」
「思わせぶりなことばかり……知っている事を吐いてもらいます!」
探し物はずばり的中のようだ。国の至宝が外に転がりだしているとはな。
自分で言うのもなんだが、素性不明の転生者など怪しさ極まる。そりゃ斬ってでも口を割らせようとするわな。
説得は失敗。結果的に煽りになってしまった。俺の悪癖だ、相互理解など今は不可能だろう。
まぁ力は見たいし、まんざらでもないが。
大振りの薙ぎ払いを避けて、彼女を改めて観察する。
最も注意を引くのはやはり不可視の剣。長さはおそらく一般的な剣と同程度、その長さに慣れた者であれば瞬時に対応できるかもしれない。だが俺は現代人、実物の西洋の剣など見たことがない。
「ふっ! ……はぁっ!」
「突きは……軌道が読みやすいな。けど横薙ぎがキツイな」
「口に出すとは余裕のつもりなのっ!? っ……はぁ!……」
「けど所詮素人の剣術だな」
足元に気を払いながら屈むように不可視の刃をくぐる。
「何も知らないくせに。この世界に来てから毎日研鑽を怠ったことはない。戦場も何度も経験した! 腕は団長殿も認めるほどだ!」
「だが、その力を十全に発揮できてはいない。心当たりがあるだろう?」
「っ!? あったとしてお前には関係ないでしょう!」
「その身体を使いこなせれば、更に多くを救えた。目の前で散る命はもっと少なかった……」
「黙りなさい!」
「……剣に感情が悪くノってる、余計ダメだな……戦場では逃げ回ってたのか? 先輩?」
感情のままに振り回さた剣筋は明らかに鈍い。そんな剣に当たる道理はない、あくびしてても避けられる……はずだった。
「その言葉、撤回することになりますよ!」
「はっ! 何を馬鹿な……痛っ!?」
彼女の腰の入った渾身の刺突を足場ギリギリまで下がり回避する。相変わらず感情のノった分かりやすい一撃。下がった勢いで地面を蹴りつけ反撃の勝機を掴もうと試みる。
が、右ももに鋭い痛み、反射的に目を向けると真っ赤に染まる深い傷口。
まるで何か透明なモノが突き刺さったように全体ではなく傷の縁からドクドク血が零れ、地面に染みを作ってゆく。
思考するよりも早く言葉が零れる。
「武器はひと振りじゃないってか……?」
「ご名答、剣を知っているようですが、誰もこれしかないとは言っていない」
先入観の招いた迂闊。騎士と言えば白兵戦を主とし常時一振りの剣を帯びている。
彼女は異世界の人間じゃない。その上で透明な武器なんてイレギュラー、俺の常識で図る方が非常識だ。
肝心の方法だが、透明な武器が伸びるなんて荒唐無稽もありえるが、彼女の言葉を信じるならば飛び道具か短剣の投擲だろう。
「油断大敵ですね、後輩くん」
「馬鹿言え、ぐうっ!」
「その足じゃロクに動けないでしょう。治療の準備はあります……まぁ条件がありますけど」
「何が知りたい? ……なんて聞くまでもないわな、姫の情報か。うーんと何から話そうか……」
肯定、と彼女は頷きで返す。
なんの情報もない、って言ったらぶち殺されそうな剣幕だ。
「ハハッ、なーんてな、知らねーよ」
「は……? あなたが姫の居場所を知っているのでは?」
「誰がそんなこと言った……勝手に思い込んだだけだろ」
「っ!? はぁ……もういいです。あなたは少し寝ていてください!」
「殺しはしないとはお優しい、元の世界ではさぞ良い生活をしてたんだろう」
それきり、彼女は口を閉ざし手元に光を宿す。
おそらく光属性の魔法。対象の意識に働きかける魔法の多くが属する、と聞いたことがある。また殺傷には向かない傾向があるために習得を優先する者は稀だとも。
小競り合いが長く続くこの国では攻撃か防御の魔法の取得が優先される。争いの火種はそこらにある、己の身は自分で守れねばいざという時に困るという訳だ。
「……その甘さが命取りになるとは知らずにな!」
「な……その傷で動く!? いや、治ってる!?」
「万層膏……万の疑似細胞を瞬時に定着させ傷を埋める……よく知っているだろう?」
「現代を生きた者なら常識……でもなぜここに!? まさか……神の恩恵!?」
自分の身を守ることにおいて、神の権能は破格の性能を誇る。
“空想具現化”一つとっても武具や道具を知りうる限り創り出すことが可能。
万能、とは言わないが瞬時に傷を修復する薬くらいなら作れる。
いうなれば現代で得た知識すべてが俺の武器となる訳だ。
「まぁそんなトコだ、これ以上の争いは無駄だってわかったろ?」
「っ……近づかないで!」
「別に危害は加えないっての。ほら、武器も持ってないだろう」
「そんなの恩恵でどうとでも……その軽薄な態度、尚更信用できない」
「えー流石に傷つくな」
とはいえ彼女の弁はもっとも。
俺の能力は判然としていないし無理もない。未知とは人を恐怖させるものだから。
もはや説得どころじゃない。
何を間違ったのか考えれば“初めから”“すべて”となるのは考えるまでない結論。
「こんな所で止まっている時間はないのに……どうして私は……また……姫様」
「えーと……」
『なんか話す雰囲気じゃないし出直すわ』と続けようとした刹那、強制的かつ暴力的な方法で遮られた。
「もが……ごぼぼ……ぷぁっ......はぁ、これは水……か、どこから?」
「今日はお迎えが遅くなくて? リザ」
「姫様! いったいどこに……いえ、ご無事でなによりです」
「無用な心配なのです。少しお散歩するくらいで大げさなのよ」
「立場をお考え下さい! 万が一にもその身に何かあれば私の首で済めばいい方です。姫様は国の至宝なのですから。まして今は戦争前なのですよ!」
「むぅ……自分を盾にするのは姑息よ……そもそも貴女が従者になっていれば問題なんてなかったのよ?」
「それは……」
あどけなさと妖艶さ、それに無邪気さを丁寧にブレンドした絶妙な色合いの絵画。よくわからない感想を覚える。
その金の髪は夜の月明りに負けぬ輝き。
その瞳は映る世界すら清浄なものに変えてゆく錯覚を覚える。
ある種大自然的な雄大さに思わず視線を惹き付けられる。
似顔絵など比にならぬ美がそこにあった。
「それで、あなたは何処の誰さんですか?」
「あれは敵です。注意してください」
「そう? 私には悪人には見えないのだけれど……」
「おそらく以前話した追っ手です。こんなに早いのは予想外でした」
「俺は追っ手じゃ……」
「口を閉じなさい! 今夜のお戯れはここまでです姫様、帰りましょう」
「そうね…………それでは謎の追っ手さん……ごきげんよう」
「待っ……い痛っ!……」
微笑を湛え優雅にお辞儀をした彼女を追う足は痛みに遮られる。右ももの深い傷跡が姿を再び現した。意識を途切れさせたからだ。
借り受けた権能の一部は世界に干渉することができない。
そして万層膏の存在は世界を改変する力に該当する。
異世界外の人間、すなわち俺が自身に向ける分には世界への干渉とならず問題ない。
が、意識を外せば効果は世界に流れ出し、その異常を世界が検知すると修復され、万層膏がなかったことになる。すなわち効果を十全に発揮できない。
以上が『めんどくさいですがルールなので』とメモ書きされていた。
「やっぱり万層膏なんてハッタリでしたか……姫様の前で剣を汚すのは訳にはいきません、命拾いしましたね」
強く失望した声音を残すと、フラン姫と共に夜の遠景へと消えていった。
集中を取り戻して追う頃には二人の影も形もなかった。
遅くなり申しわけない。次回を近日中に上げることでお詫びとしたいです。




