地味メガネな侯爵令嬢は、長年放置してきた婚約者が鬱陶しい
ご機嫌様、私、シルビア・ライトレンズと申します。眼鏡と長い前髪で地味に過ごす侯爵令嬢です。
幼い頃からの婚約者である第三王子アレクシス・グランディス殿下とは、いわゆる政略結婚な仲でして。
とりあえずお互いスルーし合いながら学園生活を送っている、と言うのが暗黙の了解でした。つい1か月前までは。
ですのに近頃の殿下ときたら、私のお昼休みの平和なボッチ読書タイム(至福!)に、毎日乱入して来る始末。
毎日毎日飽きもせず、ギャラリーの皆様引き連れて……。私はこの素晴らしい本たちを読みたいだけなのに!なんで邪魔してくるんですか!
このお話は、一人で本が読みたい地味眼鏡な侯爵と婚約者な王子が鬱陶しいという、頭空っぽで読める短編小説です。
なんちゃって異世界貴族設定ですが、その要素は低く、眼鏡、コンタクトレンズが作品内に登場します。
異世界設定でコンタクトレンズの使用が許せない方は、読むのをお控え頂けますと幸いです。
初めての投稿なので、読み辛い、改行がおかしいなど不具合がございましたら、そっとお知らせくださると助かります。
ただ、きちんと直せるかは微妙ですので、その場合は仕様と捉えて頂けますと心が平和になります。
「だーれだ?」
楽しい楽しい読書タイム……ならぬ、ランチタイムの静寂を破るこの男。
12歳から18歳の貴族階級子女を中心とした聖グラスフィード学園において、屈指の人気を誇る第三王子アレクシス・グランディス殿下。
煌めくプラチナブロンドに白磁の艶やかな肌、やや細身ながら均整のとれた体躯、極めつけは深海を思わせるブルーグリーンの瞳。光の加減で色を変えるその瞳は神秘的で、見る者を魅了する。
……何を隠そう私シルビア・ライトレンズ侯爵令嬢の婚約者である。
婚約者と言っても、年齢は片手に足りる頃に決められた、絵に描いたような政略結婚である故、正直結婚のその時まで、お互いスルーなんだろうなと思っていた。
そしてその間に、出来る事なら、私よりずっと素晴らしい素敵なお嬢様方と知り合いまくっていらっしゃる殿下には、考えを改めて頂きたいなと……、そう考えていたのだ、つい1か月前迄は。
輝く容姿に素晴らしい成績、剣の実技もなかなかな殿下は、そりゃあもう、おモテになる。殿下が歩けばゾロゾロと、何ダースいるの? ってくらいな女子と、側近候補な皆様方。
婚約者と言われている私が、暗い印象しか与えない濃紺の髪で顔を隠し、いつも学園の隅にあるベンチで本を読んでる典型的なボッチ女子な事も、その人気に拍車を掛けているのでは無いかと思われる。
つまり、「コレなら勝てる」という事なのだろう。
そんな訳で、学園生活も4年目を迎えた今までは至って静かなものだった。
たまにイヤミを言われる時はあるのだが
正直稀で、まずは殿下に覚えて貰う事が先決なようだ。そりゃあそうだ。みんな暇じゃないものね。
さて話を戻そう。
冒頭の「だーれだ」は、ここまで話せば皆様お分かりかと思いますが、つい1か月前迄スルーしていてくださった殿下の所業である。
何故そうなったのかは判らないが、1か月前から突然、殿下は暗い印象……簡単に言うと、殿下にはおおよそ不釣り合いな地味メガネ女子な私を構い出したのだ。何故。
「殿下、このようなお戯れはお控えください」
私の視界を遮る殿下の手をやんわり下ろす。今イイところなので本当にやめて欲しい。
「声だけで分かるなんて、流石婚約者様だ」
爽やかさを感じるテノールは、甘みを帯びて私に囁く。いや、ホントそう言うのいいんで本読ませてください。
「殿下、私たちは恋人ではないのですから、このような戯れは困ります」
「私の婚約者様は今日もツレない。どうしたら色良い返事を頂けるのだろうか?」
今すぐ放っておいて頂けるのであれば、今すぐ満面の笑みをお見せ出来ますがいかがでしょう。……とは流石に言えず。
「恥ずかしいので、このような往来が多いところでなければ……」
と、言葉を濁す。
実はこのやり取り、先程お話しした通り、男女入り乱れてダース単位が見守る中行われているのだ。勘弁してください。
「私の婚約者様は恥ずかしがり屋なようだ。すまない、皆は……」
まさか殿下が人払いをしようとは。
違う、違いますよ殿下! と内心焦りつつ、殿下の言葉に被せるように
「恥ずかしい……!」
と、小さく呟いてその場を立ち去る事とした、勿論令嬢らしく小走りながらも優雅に。……無礼は大目に見て欲しい。私は本が読みたいだけなのだ。
殿下はその場で何かを呟いていたようだが、私はどうやら逃げ切る事が出来たようだ。
しかし、何故殿下はここ1か月私に構うのか……。早く結婚しないといけない事情でも出来たのだろうか? まさか後継者争いが発生しそうなの? でも、それくらいの事が無ければ、お互いスルーだった訳だし……解せん。おっと、走ったせいで眼鏡がズレてしまった、ついでに拭いておこう。
「だーれだ」の次の日も、更に次の日も殿下は私に絡みにやって来る。その度にゾロゾロとジャンケン列車でもやってるの? な皆様を引き連れて。ホントそろそろ飽きてくれないかな。
「ねえ、邪魔じゃないの?コレ」
私の長い前髪を、殿下は無遠慮に掻き上げる。後ろの素敵な女子からは、キャー! という声と共に、赤くなったり青くなったりしている。相手が私でホントごめんなさい。
「私の髪など……。気づかってくださりありがとうございます」
正直髪を気にするより、ご自分の存在感を気にして欲しい、存在が騒がしい。あと私の自由にして欲しい。
「だって、……ホラ、眼鏡に前髪がかかってる」
そう言うなり、殿下は私の眼鏡をそっと外した。
「目に髪が入ったら、痛いよ?」
甘やかなテノールがまたも呟く。おそらくその素晴らしいご尊顔は爽やかな笑顔に違いない、雰囲気からして。
「殿下、眼鏡がないと見えませんわ」
しかし、私には全く見えないので、そのキラキラスマイルで後ろの女子たちが盛り上がっていようと、見えないものは見えない。近視舐めんな。
「そんな事言ってると、見えるところまで近寄って欲しいみたい……、だよ?」
そっと殿下が近づいてくる。眼鏡を返してくれれば良い話なのに、何故隠すように眼鏡を握り込むのだ。返して欲しい。
「殿下、困ります。私……、恥ずかしい!」
面倒だったので、恥ずかしいという事にしてその場を立ち去る事にした。さようなら普段用眼鏡2号。尊い犠牲だった。あと、普段用眼鏡1号じゃなくて良かった、あのフィット感は犠牲に出来ない。
殿下はまたも何事かを呟いていたようだが、知らないフリをした。ところで殿下、私の眼鏡奪うの何本目ですか。返して欲しい。
とまあ、このようなやり取りが続いて早1か月半。やり取り当初からギャラリーは増えて来ている……気がする。毎日毎日ご苦労な事であるが、毎日場所を変えてる私と、3日に1回奪われる眼鏡の事も考えて欲しい。圧縮レンズが特注なので、在庫が無いと即日お渡しして貰えないのだから。
ところで、このやり取りの原因についてだが、後継者争いを危うんでいたのに、どうやら違うらしい。兄弟仲は良好で、何の問題も無い。強いて言うならば第一王子の婚約者争いが激化したくらいか。……、そういえば激化したのは1か月半前くらいか。謎の一致。
今日も今日とて飽きもせず殿下はやって来るのだろうか、と思っていたが、どうやら今日こそ久々の安寧を手に入れられそうである。とっておきの場所だったから使いたくは無かったのだが、こうも連日かわすには、静かなスポット50選(私調べ)のネタも尽きそうだ。
そうこうしていたら、ホッとして眠気が……。ランチタイム読書が出来ないこの1か月半、その分は深夜に回されていたため、睡眠不足が続いているからだ。
ああ、ちょっとだけ、目を瞑ろう……。寝てしまった場合、顔を見られるとイヤなので俯くか。そうすると、フレームがちょっと緩い普段用眼鏡12号は落ちそうだし、外しておくか。
ふと気づいたら、ベンチの隣には殿下がいらっしゃった。勿論ギャラリーの皆様は後ろにいるようだ。寝顔……。
「いらしてたんですか」
少しの苛立ちを含めて殿下に向き合う。
ところで、殿下で良いんだよね?
「安らかな寝顔だったから、起こせなかった。すまない」
あ、良かった殿下だわ、この声。って言うか起こせ。
「みっともない姿を……」
慌てて眼鏡をかけようと……、? 無い?
ぱたぱたと周りに手をやるも、眼鏡の形は無く。アレ?どうした、普段用眼鏡12号、どこ置いちゃったっけ? 今日は予備が無いのに!
「……探し物は、これ、かな? 」
殿下の手にあったのは(多分あるっぽい)、12号……。そして、殿下は12号を掴んで、掴んで……?
「じゅうに……、私の眼鏡をお返しください殿下」
殿下は私の眼鏡を弄びながらニコニコと笑う。いつもの爽やか笑顔とは違う雰囲気……?
「ついにストック切れ、かな? 」
どうやら殿下は私の眼鏡をコレクションしているようだ。そう言いながら、無造作に眼鏡を私の届かないところに置こうとする。
「返し……」
眼鏡を返して欲しい私は、ちょっとはしたなくも眼鏡に手を伸ばそうとして……、殿下は更に眼鏡を遠くに追いやる。手を伸ばそうとして……を繰り返す事数回。
その度に、ギャラリーの皆様から声が上がる。何観戦ですか?
「殿下、いい加減に……」
などとやっていたら、パキッと小さな音がした。……まさか!
「……っ! 殿下! 」
「ごめん、コレ……」
近くで見ると、12号の鼻当て部分は小さなヒビが入ってしまったようだった。マジ勘弁して欲しい。
「眼鏡、こうなっちゃうからさ、コンタクトにしてみない? シルビィ」
言われた瞬間、私の身体は固まった。
「ね。眼鏡はやめにして、変わろう?シルビィ。でないとコレみたいに……」
そう言いながら、殿下はさらに私の眼鏡を……
「微妙な顔だから眼鏡で隠しとけって言ったの、殿下じゃないですか! 」
ダメだ、もうダメだ。許せない。
「人の眼鏡のレンズに指紋付けるのは大罪ですよ!? ご存知ないのですか? レンズを下にして置くのも、鼻当てを割るのも、取ろうとした眼鏡を隠すのも、眼鏡界隈では大罪中の大罪です! 更に殿下はフレームを開いて弄びましたね!? そのせいで12号は無残にもフレームが緩くなってしまったんですよ! 取り返しの付かない事をしたとお分かりですか!? 」
言ってしまった。ここ1か月半一番許せなかった事をついに。
だって許せなかったのだ。顔が地味と言われるのも、不釣り合いと言われるのも構わない。微妙な顔だから眼鏡かけとけって言ったのが殿下である事を忘れてるのも構わない。
けれど、眼鏡の事は……、眼鏡の事だけは許せない。
だって私は、
「我がライトレンズ家の主要産業が眼鏡と知っていての仰り様なのですか!? 」
政略結婚相手の主要産業を軽んじるような結婚なら、政略としては有り得ないのではないか。
そして何より、レンズに指紋を付けた事が許せない。レンズの指紋を綺麗に簡単に落とすクリーナーは、まだ開発中なのだ。なのに……!
余りに興奮して、侯爵令嬢としての優雅さを欠片も無くした私に対し、殿下はそれでも笑顔だ。
「大丈夫、ライトレンズ家がコンタクトレンズ開発でも国内シェア1位だって覚えているよ。だって他ならぬ君のご実家の事なのだから」
高らかに歌うように殿下は告げる。
「シルビィがケアをサボる未来しか見えないから眼鏡を愛しているのを私はよく知っている。大好きな読書の時、令嬢らしく美しい姿勢で読むには眼鏡が欠かせない事も」
「ならどうして! 」
その時、強めな風が二人の間を通り抜け、シルビアの長い前髪を掻き上げた。
そこには、琥珀のような揺らめきの、光を集めてもなお甘い、大きな瞳が輝いていた。
大きな瞳を囲む深い色の睫毛は長く、アイラインを引いたかの如くその瞳を際立たせている。
何ダースいるのか分からないギャラリーの皆様は、ザワザワと波のように騒ぎたてる。
「実はね、一番上の兄の婚約者候補だった方が君の事を『眼鏡や髪で隠さなければならない程なんてよっぽどよね』って、夜会に行く度囁くそうなんだ。学園内でも、『わざわざお一人な事をアピールするなんて、構って欲しいのかしら? 』とか。もうね、知らないクセに何なのとしか!」
まあ、私もよっぽどだなって思いますけど、構って欲しい訳では無いので、間違いですよね。
「大体、昔オレが微妙って言ったのだって、あんまりにも可愛い過ぎて、兄上が婚約者変わってアピールが凄いからだし、構って欲しいアピールだったら、どんなに嬉しいか! ぬか喜びさせんな! ううう……」
ああ、ホントよっぽどだわ。
知ってる、学園入る前からずっと謎の「シルビィは顔隠さなきゃみんなが好きになっちゃって、オレは捨てられちゃうんだ」と会う度言われたから。だから学園では眼鏡で居てって。
じゃあ眼鏡で、さらに前髪で隠すから、読書の時間が欲しいって条件は何処にいったの。
「だって悔しいじゃないか! 何も知らないただの婚約者候補に、この世で最も至高なシルビアを貶されるなんて!地味の対極なのに!」
「殿下、一人称がブレております」
「その殿下って言うの辞めて!ちょっと背徳感あるわ〜 なんて一回言っただけで距離置くの酷い! アレクって呼んで! 」
「お好きなのかと」
「素直! 」
このやり取りにギャラリーの皆様は暫し呆然とし、やがて呆れ始め、少しずつ散り散りに解散していく。
「でも久々にシルビィの素顔を見た兄上が、やっぱりシルビィがいいから婚約者候補選定し直さない?とか言い出すし。学園のご令嬢方は兄上の婚約者候補だった方の言葉を信じてダース単位で寄ってくるし。その上男子は兄上が言う程のシルビィの素顔見てみたさで付き纏うし! 」
「私の方も選定し直しでもいいんですよ? 」
眼鏡の仇は取る。あと静かな読書タイムを返して欲しい。1か月半の恨みは大きい。
「辞めて! ギャラリーの皆様にシルビィを自慢した上でラブラブアピールで牽制しつつ、あわよくば一気に結婚の一石三鳥狙ったのは謝るから! 」
「あと、眼鏡の指紋と仇についてもお願いします」
「眼鏡についてはホントごめん。でも義父上が、コンタクトの方も伸ばしていきたいから、さり気なく宣伝してくれたら結婚早めても良いって」
殿下、めっちゃいい様に使われてます。お父様には一言言っておかないと。
「そんなこんなだから、オレと早く結婚してください! 」
何てムードの無い……。
一度散り始めたギャラリーの皆様は、何だか更に面白い展開になって来たぞと、再集結し始めた。
ちょっと殿下、だから私、こんな人前で……恥ずかしいんですけど!
「シルビア・ライトレンズ、返事は?」
それはそれはお美しい甘やかさをふんだんに込めたご尊顔に、様々な色合いの歓声が上がる。最高潮といった場の雰囲気の中、私は……。
「学園にしか無い本を読みたいので無理です」
「そんな……!」
私の言葉に、殿下は勿論ギャラリーの皆様も鎮まり返る。
ヤバい現場に立ち会ってしまったのでは? と蒼ざめる者、私もしかしてワンチャン? と期待するそれぞれの心境を他所に、私は言葉を続けた。
「あと数冊で学園内にしか無い本は全て読み終えますので、それからでいいですか? 」
「……っ! 」
真っ青だった殿下の顔が、一気に真っ赤に変わる。忙しい方だ。
大体、何故私がいつもいつも学園で本を読んでいたと思うのか。ここにしか無い本を、出来る限り早く、読み終えるためだと言うのに。
私は大忙しの殿下に、そっと近づいて、耳元に囁く。
「ですから今度のプロポーズは、ギャラリー無しの二人切りの時にお願いね、アレク」