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はるかな物語2  作者: 東久保 亜鈴
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第8話 悪夢の国から来た親衛隊

猿島が目を醒ましたのは、夜だった。


正確に言うと薄暗い部屋の中でカーテンらしきところから光が入ってこなかったので、猿島が勝手に夜だと思ったのだったが、その予想は奇しくも当たっていた。


猿島は、革バンドで両手を縛られ天井から吊るされたチェーンにそのバンドを通され、両手が天井に向かって伸び切り、両脚がつま先立ちしないと地面につかない高さに吊るされていた。


「痛っ」


自分の状況を冷静に観察する。


怪我は無い。


着衣に乱れはない。


吊るされているので、肩と縛られている手が痛いだけ。


なぜか声が出せないような猿ぐつわを咬まされていない。


次に、室内を見回す。


どこかの廃屋なのか人が住まなくなって何年も経つような部屋で、部屋の真ん中付近に事務机が置かれていた。


ギィ。


椅子がきしむ音が聞え、猿島が音のする方を見ると、黒っぽい上下の服を着た男が一人、ニヤニヤと笑いながら猿島を見ていた。


男は猿島と目が合うと、立ち上り、猿島の方に近づいてくる。


男は40代位で引き締まった体格と精悍な顔をしていたが、残忍な目をして、雰囲気は爬虫類そのものだった。


そして、猿島は、その男を知っていた。


「あんた、確か親衛隊の」


「おや、よく覚えていたな。

 一度しか会ったことが無かったのに。

 しかもすれ違っただけなんだけどな。」


「やっぱり」


男は、佳奈を監禁した黒幕の金田の親衛隊の一人だった。


親衛隊は屋敷の中にいた手下の傭兵とは異なり、常に、金田の身の回りの警護をし、命令であればどんな非合法的なことも平気で行う直属の兵隊で、金田の国の特殊組織の一員であり、屋敷に居た手下の傭兵とは何をとっても雲泥の差があるほどの腕前だった。


また、その理由から決して表には出てこなく、顔を見ることはなかったが、猿島はたまたま一度だけ屋敷で金田と歩いているその男を見ただけだったが、爬虫類を想像させる冷酷な目が気になり、記憶に残っていたのだった。


「あんたのボスは帰国したんだろ?

 なんで、ここにいるのよ。」


「余計な詮索はしなくていい。

 まずは、屋敷でお前と居た男がどこにいるのかを教えてもらおう。」


「え?」


(おかしい。

 猪は、昼間一緒に居たじゃないか。

 猪の顔を知らない?

 いや、そんなことはない。

 それに、なんで猪なんだ?)


「痛い思いをする前に、教えてもらえないかな?」


「誰が教えるか」


(目的がわからないから、今は、白を切ろう。)


「?!」


猿島が白を切ろうと思った時、顎に男の手が触れる。


ゴキッ


嫌な音とともに、顎に痛みが走り、口が空いたまま閉じることが出来なくなった。


(顎を外した?)


「く、く、く。

 じゃあ、話したくなったら合図してくれ。

 但し、わかるように合図してくれないと駄目だよ」


男はいつの間にか手に警棒を持っていて、いきなり猿島の背中や腹を打ち付ける。


「が、がが」


顎を外された猿島は、言葉にならない声を上げる。


男は、ニヤニヤ笑いながら、腕や脚、そして腰と、全身くまなく警棒で容赦なく叩き続ける。


猿島は、叩かれた痛みと、吊り下げられている腕と肩の痛みで何度も意識を失うが、男は容赦せずに、猿島の意識を無理やり戻し、また、叩き続ける。


2時間位続いたころには、猿島の衣服はところどころ破け、身体中みみずばれのように赤く、血が滲んでいた。


男は、叩く手を休め、椅子に座ってぼろ雑巾のように吊り下がっている猿島をニヤニヤしながら見ていた。


そして、ポケットから何か液体の入ったアンプルと薬のような錠剤を取り出し口に含むと、アンプルの液体で錠剤を呑み込む。


「ふぅ。

 さて、話す気になったかな?」


男の声は意識を失いかけている猿島の耳には入らなかった。


「強情だな。」


猿島が聞えていないをのわかっているはずなのに、男はそう言って立ち上がり、吊り下げられている猿島に近づく。


そして、猿島をチェーンから外し、乱暴に事務机に上半身をうつ伏せに寝かせ、背後に回ると猿島の肩に手を置く。


ゴキ、ゴキ


「が、ぎぃ」


不気味な音がし、猿島が声を上げる。


男は、猿島の両肩を外していた。


その激痛で、猿島は現実に戻って来る。


しかし、両手は肩を外され動かすことが出来ないのと、脚も痛みで感覚が無くなっていた。


男は、ニヤニヤしながら自分のズボンのベルトを外し始めた。




翌朝、俊介の父親の会社では猿島が帰って来ていないと大騒ぎになっていた。


猿島も猪俣も俊介の父親に拾われ、社員として社宅に住むようになってから、真面目に生活し、無断外泊は一度もなかった。


また、猪俣は昨日昼間に猿島が親衛隊の一人を見たと言ったことを思い出し、それを確かめに行って連れ去られたのではないかと俊介と父親の重蔵に話をする。


事態を重く見た重蔵は、すぐに警察と、佳奈を救いだした時に面識を持った警視庁の人間にも連絡する。


佳奈の時、相手が国交を結んでいない国の要人だったこと、また、政治家の子供が監禁されていたことで、事件は警視庁の管轄下にあった。


要人は自国で粛清され、それ以上の追及は難しかったが親衛隊の存在も掴んでいて、そこから何が行われていたか詳しく知るために、警視庁も逃げた親衛隊を追っていたので、猿島を探し出すのに全面的に協力すると返事があった。


また、猪俣と俊介、そして非番の社員も総出で、猿島が親衛隊を見たというところから広範囲に捜索を開始する。


「しかし、なんでそんな親衛隊の一人がこんなところにいるんだ?

 逆恨みか?」


俊介が素朴な疑問を猪俣に投げかける。


「いや、そんな軽いものではないだろう。

 奴ら、傭兵たちと違って、向こうの国の軍隊さんって話だから勝手に動くことはないんじゃないか。」


「じゃあ、どうして猿島を? 

 お前たち、何か知っているんじゃないのか?」


「滅相もない。

 知っていることは全部話したよ。

 あと、あるとしたら唯一、猿ちゃんがそいつの顔を知っていたというくらいかな」


「それでか?」


「まさか…

 そう言えば、あの坊やには連絡したのか?」


「あの坊や?

 ああ、立花か。」


「ああ」


「一緒に探すと言ったが、まだ決まった訳でもないし、もし、そうなら、あいつや菅井にも何かあるといけないから、菅井の方を、気をつけろと言っておいた。」


「そうだな。

 それがいい」


猪俣は納得したように頷いた。


「猿ちゃん、無事で居てくれ…」


猪俣の頭には、昨日、二人で買い物に行った時に見せた、すましたり、怒りながらもまんざらではなかった猿島の顔が浮かんでいた。



その猪俣の心配を他所に、何事もなく一夜明けた翌日の夕方。


会社帰りの春彦が、いつものように駅をでて、自宅に向かって歩いていた。


人通りが途切れたところで、風が耳元で囁く。


「春ちゃん…」


「え?」


途端、春彦は目眩と頭痛に襲われ、その場でしゃがみ込む。


しばらくしてから立ち上がった春彦の目は、瞳孔が全開になったように真黒で、ブラックホールのようにすべての光が吸い込まれるような目をし、また、口の端が吊り上がったような、まるでVの字のような不気味な笑っているような顔に変貌していた。



その頃、猪俣の部屋のドアに何かがぶつかる音がした。


「なんだぁ?」


ドアを開け廊下を見たとたん、猪俣は色めき立つ。


「猿ちゃん?!」


そこには強い血の匂いの中、ぼろぼろになった猿島がうずくまっていた。


「猿ちゃん?

 猿島か?

 大丈夫か?」


「あ…あ、い…の…かい?

 やられ…ちまった…」


そう言って猿島は力尽きたように気を失った。


「やられたって?

 これはひどい。

 だんなー!!

 若旦那!」


それから、すぐに俊介や重蔵、俊介の妻の久美、そして他の社員が集まって来る。


猿島は全身みみずばれのように赤く血が滲み、火が付いたように熱かった。


そして、脚の間から酷く出血していた。


「ちょっと、皆来ないで!」


皆が猿島の周りに集まってくるのを制したのは、俊介の妻の久美だった。


「ひ、ひどい…」


久美は外傷の他に、恥辱を受けた跡を猿島に見つけ、傍に居た猪俣の他、俊介と重蔵以外は近づけなかった。


「ちくしょう」


猿島の怪我を見て、猪俣は悔しそうに怒りをあらわにしていた。


「ともかく、猿島さんを病院に連れて行かないと。

 俊介さん、私が病院に連れて行きます。

 猪俣さん、運転と猿島さんを運ぶのを手伝ってください。」


「わかった。

 あとで病院に行く。

 猪俣、頼んだ。」


「わかりました」


あわただしく皆が動く。


猪俣の運転する車で久美が猿島を病院へ連れていき、重蔵は警視庁へ、俊介は警察に連絡する。


俊介は、警察に掛けた後、急いで春彦に連絡した。


春彦は外にいるのか、携帯からは車の走る音が聞えていた。


俊介は、春彦に猿島が金田の手の者に監禁され、暴行を受けたこと、そして、目的はまだわからないが、春彦はもちろんのこと、佳奈の方も気を付けるように伝える。


春彦は短く『判った』と答え電話を切った。


俊介は、慌てていたのか春彦の声がいつもの雰囲気とことなっていたのに気が付かなかった。


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