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はるかな物語2  作者: 東久保 亜鈴
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第6話 笑って、笑って、笑って

佳奈は、両手を結んで前に伸ばし、伸びのようなことをする。


「いつもね、一人で必死にこいでいるんだよ。

 だから、今日みたいに何もしないって、何か新鮮。

 ただ、景色がいつもと違うの。

 何か、小学生の時ってきっとこうだったのかなぁ。」


車椅子に乗ると、佳奈の頭位置は、小学生の子供位の高さだった。


「通い慣れた道でも、やはり景色が違う?」


「うん。」


少し、佳奈は口籠った。


「どれどれ。」


春彦は、車椅子を押すのをやめ、後ろから佳奈の顔の横に自分の顔を出し、佳奈の目線で周りを見渡した。


「本当だ。

 植え込みも花とか、真近で見れるね。

 いつもは、視線の下であまり感じなかったのに。」


「本当だ。

 言われてみたら、そうね。

 この風景も、これはこれでいいかも。」


佳奈は、少し機嫌を取り戻した。


「さあ、もうすぐ、『中屋』だよ。

 今日も、餡子でいいのかな?」


「ねえ、春。

 鯛焼き買ったら、いつも通った公園で食べたい。」


佳奈は、お願いをするような声で言った。


「わかっていますよ、お嬢様。

 最初から、そのつもりでした。」


「さすが、春!」


佳奈は、ぱっと明るい顔をして言った。


2人が中屋に行くと、昔から二人を良く知っている恰幅のいい中年の女性店員が出てきた。


そして、車椅子の佳奈を見つけると、顔を輝かせ人懐っこい笑顔で近寄ってきた。


「あれ?

 佳奈ちゃんじゃない。

 久し振りだねー。

 でも、どうしたの?

 車椅子じゃない。

 何かスポーツやって怪我したんでしょ。

 バレーボールかい?

 最近、ナデシコちゃっちゃっちゃとか言うのが流行っているからね。

 若いから治りも早いだろうけど、気をつけなきゃだめだよ。」


「おばさん、それ、ニッポンチャチャチャよ。」


佳奈がケラケラ笑いながら言うと、「やだよ」といっているように、中屋の店員は、手を振った。


それから、2人は鯛焼きを購入し、公園に向かう。


鯛焼きは佳奈が持ち、膝の上に置いていた。


「うーん、鯛焼きのいい匂い。

 つまみ食いしたくなっちゃった。」


「こら。

 もう少し、我慢しなさい。」


春彦は偉そうにして言う。


「はーい。」


佳奈は、舌を出して返事した。


「しかし、『中屋』のおばちゃん、相変らずだったよね。」


「ああ、まったくすっ呆けて、何がナデシコちゃっちゃっちゃだよ。

 しかも、“ちゃっちゃっちゃ”だよ。」


「昔から変わらないよね。」


2人は声を出して笑った。


「でも、普通に怪我しているように見えたんだ。

 しかも、すぐ治るような…。」


笑いがおさまると、佳奈が考え深げに言った。


「そうだね。

 だから、良くなるよ。」


「うん。」


佳奈は、微笑んだ。


公園に着くと、いつものベンチのところに行き、佳奈は車椅子で、春彦はベンチに腰掛けた。


ベンチに座ると、いつもの高さに佳奈の頭があるようだった。


「わー、ここからの景色は、変わらないわね。」


「そうだね。」


「ここからの眺め、結構好きなの。

 ほら、あそこに通っていた中学校があるでしょ。」


公園から正面は、いったん窪地になり、また、丘のように登っていく、その反対の丘の中腹に学校があった。


「なんか、海外の番組でよく紹介されている地中海あたりで、こんな感じに丘の中腹にきれいな街並みがあるじゃない?

 そんな感じがするの。」


佳奈の視線の先には、丘の中腹は新興住宅街で白を基調としたきれいな家が多く立っていた。


春彦は、その風景を見ながら興奮気味に話をしている佳奈を優しく見つめながら相づちを打っていた。


「そうだね。

 結構、白い色の家が多いから、そう見えるね。」


佳奈は、視線を風景から膝の上の鯛焼きに移した。


「あー、鯛焼き食べるのを忘れていた!」


「食いしん坊の佳奈にしちゃ、珍しいな。」


「言ったなぁ。

 春には渡さないからね。」


「おいおい。」


2人はふざけあって、鯛焼きを頬張った。


それは、中学、高校と二人にとっては、日常茶飯事の光景だった。


「うーん、おいしいー。

 うちで食べるのもいいけど、こうやって外で食べるのも、格別においしい。」


佳奈は、嬉しそうに言った。


そんな佳奈を、春彦は嬉しそうに見つめていた。


「さあ、そろそろ帰らないと、おばさん心配しているからね。」


食べ終わって、一息ついた後、春彦は切り出した。


「うん。

 お母さん、結構心配性だから、そろそろ帰らなくちゃ。

 でも、今日は、いろいろあって楽しかったなぁ。

 春、ありがとう。」


「どういたしまして。

 また、ちょくちょく、来ような。」


「うん!」


佳奈は、力強く頷いた。


帰りは、途中から平坦な道だったので、佳奈が自分で動かすと言い出したので、春彦は佳奈の横について歩いていく。


ただ、片手はそっと佳奈に見えないように、車椅子の手押しハンドルに添えていた。


佳奈は、余程楽しかったのか、帰り道の間中、昔のように、他愛のない話を止め処もなくしていた。


春彦は、子供のようにはしゃいでいる佳奈を見て、自分も楽しくなっていた。


「ただいまー。」


佳奈は、家に帰ると茂子に明るい声で言う。


「まあ、上機嫌な事。

 楽しかった?」


「うん、とっても!」


「春君、ご苦労様。

 ありがとうね。」


ほっとしたように、茂子は言った。


「さあ、じゃあ、家の中に。」


茂子は家の中で使う車椅子を用意してきた。


「うーん、これが面倒なのよね。」


佳奈は、ちょっと不平を言った。


玄関で外用の車椅子を降りて、玄関を上がり、家の中で使う車椅子に乗り換えるのは、大変な苦労だった。


「どれどれ。」


春彦は佳奈の背中と脚に手を差し込んだ。


「?!」


突然のことで佳奈は声を失う。


茂子も、呆然と見ていた。


「よっと。」


掛け声とともに春彦は佳奈を抱き上げる。


「きゃっ。」


佳奈は思わず、春彦の首にかじりついた。


春彦は佳奈を横抱き、別名“お姫様だっこ”をして、車椅子から持ち上げ、玄関を上がり、そーっと家の中の車椅子に佳奈を下ろした。


「……。」


佳奈は、しばらく茫然としていた。


そして、小さな声で「ありがとう。」と言った。


「どういたしまして。」


春彦は、笑顔で答えた。


「また、いこうな。」


春彦の声に、佳奈は万遍の笑みを浮べ答えた。


「うん。」


茂子は、しばらく、そんな二人を眺めていて、心配が取り越し苦労だったことを実感した。


春彦が、常に佳奈に気を配っていたことは今の態度で嫌というほどわかった。


茂子や佳奈に家に上がっていかないかと勧められたが、春彦は久し振りの外出で佳奈が疲れているだろうからと、丁重に断り、佳奈の家を後にしたが、気持、後ろ髪を引かれる思いをしていた。


腕には、まだ、佳奈の感触が残っていた。


「佳奈って、あんなに軽かったんだ。

 それに、やっぱり、いい匂い…。」


「くすっ」と誰かに笑われた気がして、はっと春彦は周りを見渡す。


一陣の心地よい風が、春彦の傍を通り抜けていった。


春彦が帰り、佳奈は自分の部屋で部屋着に着替えベッドの上でくつろいでいた。


茂子は、佳奈の着替えとか手を貸した後、お茶を持ってくるねと部屋を出ていった。


そして、お茶を持ってきて、佳奈に今日のことを尋ねた。


佳奈は、待っていましたとばかりに、楽しかったこと、鯛焼きがおいしかったこと、鯛焼き屋のおばさんが面白かったことなど今日起こったことを、顔を上気させて話した。


茂子は、相槌を打ちながら、生き生きとしている佳奈を見て、うれしくてたまらなかった。


そして、話しは最後の“お姫さまダッコ”に話が及んだ。


「もう、いきなりで、びっくりしちゃった。

 春ったら…。」


佳奈は、顔が熱くなるのを感じた。


「あらあら、いいわねー。

 わたしなんて、一樹さんにやってもらったことあったかしら?

 で、どうだった?

 抱っこされた感想は?」


茂子はからかうように聞いた。


「えー、びっくりしたけど…。

 春って、たくましかった…。」


佳奈は顔を真っ赤にしながら、最期の言葉は消え入るような声になっていた。


「え?

 何?

 なんていったのかな?」


茂子はからかうように言った。


「もう、お母さんたら。

 妹の特権よ!」


佳奈は、茂子を叩くふりをした。


「えー?

 妹?」


「うん。

 悠美姉の弟妹だもん。

 春が最初に悠美姉の弟になり、私がその次だから、兄妹になった順で、私が妹!」


「まあまあ、その妹さんが赤くなってること!」


しばらく、佳奈と茂子の笑い声は絶えることがなかった。


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