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はるかな物語2  作者: 東久保 亜鈴
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第2話 わたし、頑張る

春彦は、佳奈の頭に手を回し、自分の胸に佳奈の顔を押しつけるように、力をこめて抱きしめる。


「大丈夫、いつでも俺がいるから。

 佳奈のそばにいるから。」


佳奈に言い聞かせるように、耳元で呟いた。


佳奈は、春彦の腕の中で、小さく頷き、春彦の胸に顔を埋め、じっとしていた。


春彦の心臓の音と、体温の暖かさで、佳奈は高ぶっていた気持ちが溶けていくのを感じていた。


春彦は、腕の中の佳奈の柔らかな感触と心地の良い匂いに、何とも言えない気持ちになっていた。


二人は、そのまま、じっとしている。


まるで、ずっとこのままで居たいと望んでいるように。


しばらくして、声を出したのは佳奈だった。


「春、苦しいよ…。」


「あっ、ごめん。」


春彦は、佳奈を腕の中から離した。


しばらくして、少し深呼吸をして、佳奈は、春彦に笑顔を向けた。


「春は、バカ力なんだから。

 私の鼻が潰れたら、どうしてくれるの?」


「そんなに力を入れていた?」


春は、心配な顔で聞いた。


佳奈は、顔を横に振る。


「ううん。

 …

でも、春、ありがとう。

 これで、すっきりしたわ。

 もう、泣き言は言わない。

 これから、頑張って、リハビリもやるし、歩けるようになるからね。

 お母さんに負担を掛けないように、いろいろなことを自分で出来るようにならないとね。」


腕を曲げ、力こぶを見せるポーズをした。


その途端、「きゃ」と佳奈は、小さな悲鳴を上げ、バランスを崩した。


春彦は、とっさに佳奈を抱き寄せ、転げないように支える。


「ありがとう。」


佳奈は悔しそうな顔を一瞬見せたが、すぐに笑顔で、春彦を支えにして体勢を立て直した。


「頑張るわ。

うん、絶対に頑張る。」


「ああ、頑張れよ。

 何もできないけど、いつでも、応援するから」


「でも、甘やかさないでね。

 怠けたら、厳しく叱ってね。」


「それは、いやだ。

 ベロンベロンに、優しくしてやるよ。」


「なによ~、それ。」


佳奈は、また、朗らかな顔つきに戻っていた。


「あのね、春。

春がいてくれてよかった。

春といると、心が軽くなっていくの。

何でもできる気がしてくるのよ。」


「それは、それは。

光栄ですなぁ。」


「また、偉そうに。」


佳奈が、けらけらと笑う。


つられて、春彦も笑い出した。


「頑張るからね。」


佳奈は、春彦に、また、半分は自分に言い聞かせるように言った。


春彦が帰った後、佳奈の部屋でお茶等の後片付けをしている茂子に佳奈は話しかける。


「お母さん」


「ん?

なぁに?」


「あのね、私、もう一度、リハビリ頑張るから。

 頑張って、早く自分のことが自分で出来るようになるから。

 そして、お母さんに負担を掛けないように頑張るから。」


それまで、苦しいリハビリに耐え切れず、ふさぎ込んでいた佳奈から、リハビリを再開する、そして、何よりも自分をも思いやってくれている佳奈の言葉に思わず、茂子は片づけている手が止まり、佳奈をまじまじと見つめていた。


「どうしたの、お母さん。

 私、なんか変なことを言った?」


「ううん、そうじゃなくて、びっくりしたの。

 そう、頑張るのね。

 じゃあ、お母さんも一緒になって頑張るからね。」


「しばらくは、今まで通りご迷惑をおかけしますが、なるべく早く自分でできるように頑張りますから、もう少し助けてくださいね。」


佳奈は神妙な口ぶりで言った。


「うんうん。」


茂子は、頷きながら思わず涙ぐんでいた。


「やだ、お母さん、どうしたの?

 泣かないで。

 もう、嫌だとか言わないからね。」


「うんうん、わかった。

 でも、急にどうしたの?」


佳奈は、手を前に組み、伸びをしながら


「うーん、なんかね、春としゃべっていたら、何か頑張るぞって気分になってきたの。」


佳奈は、春彦にいろいろ言ったことを茂子に話したが、抱きしめられたことは言わなかった


「そうなの。

じゃあ、それですっきりしたのね。

 でも、春君、いろいろ言われて、面食らっていなかった?」


「えへへ。

ハトが豆鉄砲くらったみたいに、目を白黒させていたのよ。」


佳奈は、楽しそうに言った。


(本当は、抱きしめてくれたんだけどね)


心の中でこっそり呟く。


「あら、春君、可哀想に。

 今度、何か御馳走しなくちゃね。」


茂子も楽しそうに答えた。


「じゃあ、明日、病院の先生に早速電話しておくね。」


「うん、お願いします。

 あと、ギブスと松葉づえと車いすもね。」


「はいはい、出しておくね。」


「うん、後ででいいから、部屋に持ってきてね。」


「えっ?

部屋に持ってくるの?」


「うん、早く自分でベッドから降りたり、家中、動けるように練習、練習。」


「わかったわ。

 でも、あまり急にはじめないのよ。」


「はーい。」


茂子は、心配そうに言って、片づけをした後、ギブスと松葉づえ、車いすを持ってきた。


佳奈の場合、腰から下の両脚が麻痺しているため、歩くことも、立ち上がることもままならない状態だった。


ただ、麻痺は両脚の付け根からだったので、腰でバランスをとって座ったりすることができた。


リハビリは、脚から腰に脱着式のギブスをつけ、歩行練習をすることで、脚の神経を刺激し、徐々に感覚を取り戻させる位というもだった。


「さて、まずは、ベッドから降りて、車いすに乗れるようにならなくっちゃ。」


佳奈は、自分に言い聞かせる。


しかし実際はそんなに簡単にいくはずはなく、ギブスをして車いすに乗ろうとして、バランスを崩し、倒れてしまう。


「きゃっ。」という悲鳴とともに、ガシャンと倒れる音がして、茂子が佳奈の部屋に飛んできた。


「どうしたの?」


見ると、佳奈が横倒しになった車いすの横でうずくまっていた。


「佳奈ちゃん、大丈夫。」


茂子は、佳奈のそばに駆け寄り、佳奈に手をかし、座らせた。


「えへへ、バランスを崩しちゃった。

 急にはうまくいかないね。

 でも、頑張らなくっちゃ。」


車いすのぶつけたのか、佳奈のおでこがうっすら赤みを差していた。


「練習するときは、私が傍についていてあげるからね。」


茂子が心配そうに言った。


「大丈夫よー。

 一人で出来なきゃ意味がないんだから。

 気を付けてゆっくりやるから、心配しないで。」


「でも…。」


「いいから、お母さんは用事があるでしょ。

 何かあったら、大声で呼ぶからね」


「もう、無茶しないのよ。」


佳奈に言われ、茂子はしぶしぶと部屋から出ていった。


そのあと、何回か佳奈の部屋から、物が倒れる音が聞えていたが、茂子は佳奈が声をかけるまでじっと我慢していた。


佳奈が自ら頑張りはじめたことを嬉しく思いながら、また、怪我しないか心配な茂子だった。


その頃、春彦は、佳奈の家から帰りながら、ふと近所の公園に立ち寄った。


その公園は、学校帰りに二人で良く立ち寄った公園で、遊具もブランコと滑り台、砂場にベンチが置いてあるこじんまりした公園だった。


春彦たちの住んでいるところは、小さな山に挟まれ、谷間を電車が走っていた。


そして、駅の周りは商業施設として発展し、またそれを挟むように両方の小高い丘の斜面には、新興住宅地として、家が整然と並んで立っていた。


公園は、開けた高台にあり、夕方になると正面の丘の街並みが夕焼けに朱く染まって見え、遠くには高い山々が見える見晴らしがよく、春彦と佳奈のお気に入りの公園だった。


春彦と佳奈は、両方の母親が幼馴染で大の仲良しだったことから、小さいころからこの公園で遊んだことがあった。


春彦は小学校低学年の時に、父親の仕事の関係から違う町に引っ越し、中学に上がった時に、また、この町に戻ってきたのだった。


そして転入した中学には佳奈がいた。


佳奈は悠美を介して、別の町にいた時も春彦とたまに会っていたので、春彦が転入してきたことをすごく喜び、早く学校になじませようと春彦の世話をよく焼き、周りから囃し立てられても、お互いに意を返すことはなかった。


そして、よく一緒に帰り、この公園で買った鯛焼きを頬張っていたのだった。


どちらかというと、二人とも一人っ子ということもあって、また悠美から弟妹扱いをされていたので、お互い仲の良い兄妹のような関係で、恋愛感情は、特に春彦には一切なかった。


ベンチに座って、春彦は、抱きしめた佳奈の柔らかい体のぬくもり、鼻腔をくすぐるいい香りを思い出していた。


そしてベンチの隣に座って鯛焼きを食べる高校時代の佳奈の制服姿、ポニーテールに眩しい白いブラウスに徐々に目立ってきた胸の膨らみ、その時のことが頭を過る。


「うーん、何だろう。」


今まで付き合ったことのある女性とは違っていた。


佳奈は、成熟した女性とは、全く違っているが、妙に心が騒いだ。


「痛っ!」


急に、頭に何かが当たった感触がして、周りを見回すと、どんぐりのような木の実が足元に落ちている。


「佳奈は、これから大変なんだから、浮ついた変なことを考えるな、ってことかな。

 でも…。」


春彦は、独り言を言い、頭をかきながら家路を急いだ。


(まったく、もう、仕方ないんだから。

うふふ。)

 

そんな春彦の横を一陣の風が吹き抜け、何か声が聞えたような気がした。


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