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はるかな物語2  作者: 東久保 亜鈴
19/19

第19話 悪夢の姿

数日後、いつものように春彦は仕事を終え帰宅すると思わぬ客が待っていた。


「ただいま。」


春彦がそう言って玄関に入ると、見慣れない男物の靴があった。


(珍しいな、誰かお客さんかな?)


自宅で海外の書籍の翻訳を仕事にしている舞だが、出版社との打ち合わせは、電話や郵送がほとんどで打ち合わせの必要があった場合は、舞が出版社に出向くか、どこか喫茶店で行い自宅を使うことは皆無に近かった。


なので、舞のところに男性が訪ねて来るのは滅多になく、不思議がって家に上がると、舞が声をかけてくる。


「おかえり、春彦。

 お前にお客さんだよ。

 早くこっちに来なさい。」


(え?

 俺にか?)


舞に輪をかけて春彦に客が訪ねてくることはなかったので、春彦は面食らう。


「はいはい。」


そう言いながら、春彦はリビングに入って行くと、俊介が舞に勧められてビールを飲んでいた。


春彦に気が付くと、俊介は人懐っこい笑顔を向けた。


「立花、お疲れ。

 お邪魔している。」


「いやいや、こっちも、俊介が来るとわかっていれば、もっと早くに帰ってきたんだけど。」


春彦は相手が俊介だとわかり、表情を緩める。


「いいから、あんたもこっちに来て飲みなさいな。

 佳奈ちゃんの時、いろいろ危ないこと手伝ってもらったんだから、きちんとお礼言ったの?」


「あ、いえいえ、お姉さん。

 きっちりお礼は頂きましたから、もう気にしないでください。」


「まあ、お姉さんなんて。

 さ、もっとビールを召し上がれ。

 日本酒もあるわよ。」


舞は、俊介の『お姉さん』攻撃に上機嫌になっていた。


(まったく、もう)


それにはさすがの春彦も笑うしかなかった。


「それよりも、菅井は、もうだいぶ良くなったんだって?

 この前、久美が会えたって大喜びしていたよ。」


「ああ、心の傷は大分よくなったんだけど、まだ、足が麻痺したままだ。

 本人は、そんな姿を見せたくなかったらしいけど、皆に会えて考えが変わって、大喜びしているよ。」


「そうか……。

 あれだけ、たいへんな目にあったもんな。」


俊介は、春彦のコップに缶ビールを注ぐ。


「サンキュ」


春彦は注がれたビールを美味しそうに喉に流しこむ。


「さっきもお姉さんから話を聞いていたんだけど、随分よくなったようだよな。

 お前の献身的な働きがあってのことか。」


「え?」


横で舞がニヤニヤ笑っていた。


(まったく、余計なことを吹き込んだな。)


春彦は、一瞬、苦い顔をしたが、とっとと話を変えることにした。


「本当は、俊介に佳奈からも挨拶させたいんだが、本人が切り出すまではと思っているんだ。

 ごめんな。」


「そんなこと、気にするな。

 折角、良くなってきたところで、また、嫌な記憶を思い出し、ぶり返したら、元も子もないからな。

 それに、今回の件は久美にも言っていないしな」


「そう言ってもらうと、助かる。」


「そうそう、猿島と猪俣も菅井のこと気にしてたよ。

 この話をきかせれば、喜ぶだろう。」


「そうだ、猿島さんは大丈夫か?

 彼女も大変な目に遭ったんじゃないか。

 大丈夫なのか」


春彦が顔を曇らす。


それに呼応するように、俊介も複雑な顔をする。


「体の方は、もう良くなって、以前と変わらなく仕事をしている。

 精神的に強いのと、猪俣がべったりと貼り付いているからな。

 本人も『大丈夫だから気を使わないで』と言っているし、会社ウチは親父の理念で社員全員家族のようなものだから、決して、彼女を一人で考えこませないようにしているから、おそらく大丈夫だろう。

 それに犯人がぼろぼろの状態で見つかったので、少し留飲を下げたのもあるかな」


俊介はチラリと春彦の顔色を窺うが、春彦は顔色ひとつ変えなかった。


「そうか」


俊介は、春彦が犯人を倒したのだろうと確信はしていたが、あえて聞くことはなかった。


コトリと舞が、春彦の前に缶ビールを置いた。


「さてと、私は部屋に行くから。

 積もる話があるだろうから、ごゆっくり。」


そう言って舞は自分の仕事場としている部屋に行こうとした。


「あっ、舞さんにも聞いてもらいたいことがあって。」


俊介は、立ち上がった舞を引き留めた。


「え?」


舞は怪訝そうな顔で福山の方を振り返った。


「実は、警察関係者に聞いたのですが、例の事件で捕まった犯人グループに別部隊がいるのがわかったそうです。

 その部隊はかなり危険な奴らだそうです。」


俊介は、舞と春彦の顔を交互に見ながら言った。


「警察が躍起になって解明しようとしているのですが、何人いて、どんな組織なのか全く掴めていないそうなんです。

 ただ、その一人がこの近くで見つかったんですが、口を封じられたそうです。」


「まあ、嫌ね」


舞は顔を曇らせた。


「で、そいつらが、どうもこの付近にいる可能性があるので気を付けて欲しいと言われて。

 今日は、それを伝えに来たんです」


「え?

 この近くに潜んでいるの?」


「でも、なんでこんなところに?

 普通だったら遠くに逃げて行くんじゃないの?」


舞は、嫌な顔をした。


「もしかして……。」


春彦は言葉を濁した。


「ああ、もしかしたら、俺たちを狙っているんじゃないかなと思う。」


「それって、逆恨みってこと?」


舞は、呆れたような声で言った。


「ええ、確証はありませんし、違うかも知れません。

 でも、何か理由が合ってここら辺に潜んでいると思いますので、しばらくは気を付けてください。」


「そうね。

 春、しばらくは佳奈ちゃんのところにも行かないほうがいいかも。

 あの娘に火の粉がかかると折角よくなってきたところなのに、また、不安定になるといけないからね。」


舞は、心配そうに言った。


「そうだね。

 でも、なんて言おうかな。

 毎週、顔見に行っていたのが、急にいかなくなると、あいつも怪しむというか、変に考えなければいいんだけど。」


「そうね……。」


舞と春彦は、少しの間考えこんでいた。


「まあ、佳奈のことは、あとで考えることにするとして、俊介も、わざわざ伝えにきてくれたけど、お前も危ないんじゃないか?」


「俺の方は、周りにたくさんいるから、簡単には手を出せないと思うけど、立花の方が心配だからな。

 お姉さんも十分に注意してください。」


「ありがとう。

 私は、危ないことには勘がいいから大丈夫。」


舞の勘の良さは、春彦も薄々わかっていたので、舞の言うことを頷いて聞いていた。


それからしばらくして、俊介は春彦の家を後にする。


「途中まで、送るよ。」


春彦はそういうと、俊介は笑って答えた。


「そんな、俺、もうろくしてないよ。」


「まあまあ、こっちも近くの店で酒買って来いってさ。

 お袋が。」


「そうか、でも、おばさん、お酒強いよな。

 でも、話してて楽しかったよ。」


「そうか?

 まあ、いろいろと手がかかるけどな。

 でも、お前の方が操縦はうまいかも。

 何せ、『お姉さん』だからな」


「あははは」


二人は笑いながら夜道を駅の方に向かって歩いて行った。


俊介の家は、電車で一駅の距離だった。


しばらく歩いたところで、二人は、何かの気配を感じ立ち止まった。


「立花!」


俊介が春彦に警告を発した。


「ああ。」


身構えたところに、暗がりから一人の男が音もなく現れた。


その男は、逃亡した親衛隊の一人だった。


二人は、顔を見たこともなかったが、瞬時に相手がそうであることを確信し、緊張する。


その男は、にやりと笑ったかのように顔を歪め、無言のまま、手に持っている拳銃をゆっくり持ち上げた。


「……」


春彦は、男と俊介のちょうど間にいた。


(避けると、俊介に当たるか)


そう思った矢先に、ビリッと頭に電気が走った気がし、そして、春彦はまるで自分を撃てと言わんばかりに両腕を広げ、男に向かって走り始めた。


それと、ほぼ同時にパン、パン、パンと渇いた銃声が3回聞こえた。


「春彦!」


銃声のあと、春彦は走った勢いのまま男にぶつかり、そのまま二人とも地面に倒れこんだ。


「春彦!!」


俊介は、もう一度、春彦の名前を叫んで、倒れこんだ二人のところに駆け寄った。



その頃、佳奈は自分の部屋でくつろいでいた。


「春彦は、今頃、何やってるかな。

 また、舞さんにつかまって、お酒、付き合わされているのかな。」


舞に絡まれて困った顔の春彦を想像し、思わず、笑顔になっていた。


「?」


佳奈は、急に何かの気配を感じ、ドアの方を見た。


「は…る……。」


そこには、青白く厳しい顔をした春彦が立っている気がした。


「は…る……?

 はる?

 春!」


佳奈の春彦を呼ぶ声はだんだんと大きくなり最後は絶叫に近くなっていた。


そして、佳奈はバランスを崩し、ベッドの下に転げ落ちてしまった。


「佳奈ちゃん、どうしたの?」


佳奈の絶叫に近い声に驚いた茂子は、佳奈の部屋に飛び込んできて、佳奈を抱き上げた。


「春!

 いやー!!」


佳奈は、茂子に気が付かないように、手を胸の前に握り合わせ、声を振り絞って叫んだ。


茂子は、大慌てで、佳奈の両肩をつかんで揺さぶった。


「佳奈ちゃん、どうしたの?

 何かあったの?」


そう言いながら茂子は、病院で佳奈が目覚めた時に今と同じように絶叫したことを思い出していた。


(また、あの悪夢がよみがえった?)


そう思いながら茂子は佳奈の名前を呼び続け、肩を揺すっていた。


そうしているうちに、ふと佳奈の叫び声が止まり、我に返った佳奈は恐る恐る茂子に話しかけた。


「お母さん?」


佳奈は、今初めて茂子に気が付いたように返事をした。


「『お母さん』じゃないわよ。

 いったいどうしたの?」


茂子が、佳奈の顔を覗き込むと、佳奈は唇を震るわせ、ドアの方を指さした。


「お母さん、春に何かあったの。

 ドアのところに、春が怖い顔して立ってたのよ。」


「そんなことないわよ。

 私が急いで部屋に入ってきた時、佳奈、一人だったわよ。」


「そんなことない。

 あれは春だったわ。

 春に何かあったに違いないわ。

 お母さん、どうしよう。」


佳奈は、再び取り乱し、茂子に泣きついた。


佳奈の体は震えていた。


「どうしたんだ?」


騒ぎを聞きつけ、一樹も佳奈の部屋に入ってきた。


「佳奈がね、春彦君を、ドアのところに立っている春彦君を見たんですって。

 何かあったに違いないって。」


「そんな……。」


そんなことはないと茂子と一樹は思いながら、心に不安が渦巻きだしていた。


二人は、犯人グループの中に親衛隊と呼ばれているメンバーがいて、警察に摑まることなく逃亡していることを知っており、急に、そのことが脳裏をかすめていた。


「そうだ、佳奈ちゃん。

 春彦君の携帯にかけて見たら。

 番号知ってるんでしょ。」


茂子は名案を思い付いたように言った。


「う、うん。

 そうね、掛けてみるわ。」


佳奈は、急いで自分のスマートフォンを握り、春彦のスマートフォンに電話した。


そして、すぐに落胆した様に言った。


「電波が届かないところか、電源が切れているかだって……。」


佳奈は、そのアナウンスの声で尚更、不安に押しつぶされそうになるように言った。


「じゃあ、私が舞に電話してみるわね。

 舞なら、きっと春彦君のことわかるから。

 ね。」


「うん……。」


茂子は急いで自分の携帯を取りに行き、携帯を掛けながら、また、佳奈の部屋にもどってきた。


「もしもし?」


電話の先に舞の声が聞え、茂子は、心なしかほっとした。


そして、佳奈の方に舞が電話に出たよと合図した


佳奈も、舞が普通に電話に出たので、ほっとしていた。


「ごめんね、夜遅くに。」


「そんな遅くないじゃない。

 一体どうしたの?」


舞は、茂子の声の調子がいつもと違うことに気が付いた。


「ううん。

 それより、春彦君、いる?」


「え?

 春彦?」


舞は、ますます違和感を感じていた。


「春彦なら、友達を送りながら、買い物に行かせたわよ。

 それが、どうしたの?」


「いやね、佳奈がね、今しがた部屋で春彦君を見たって大騒ぎして。

 何かあったんじゃないかって。

 それでね、春彦君の携帯に電話してもつながらないし。

 あっ、ごめんね、変なこと言って。」


「ううん、大丈夫よ。」


そう言いながら、舞は、俊介の言ったことを思いだした。


(何か理由があって、ここら辺に潜んで)


(それって、逆恨みってこと?)


舞は、急に胸が締め付けられるほどの嫌な感じに襲われた。


「舞?

 どうしたの?」


急に舞が黙ったのに茂子は心配して呼びかけていた。


舞はその声で我に返った。


「茂子、ちょっと悪い。

 用事を思い出したの。

 また、あとで掛けるね。」


そう言うと、舞は電話を切り、戸締りもそこそこに家を飛び出し、いつも買う酒屋の方に向かって歩き出した。


そして、舞の向かう先に、パトカーと救急車のサイレンが聞えてきた。


「まさかね、まさか春彦がね。」


そう呟きながら、舞は髪を振り乱しながら小走りになっていた。



「用事が出来たって、電話切れちゃった。」


茂子は、呆気にとられたように自分の携帯を見つめていた。


佳奈は、スマートフォンにつけているイルカのストラップを、ぎゅうっと握っていた。


「春、大丈夫よね。

 春に、何かあったら私は……。」


そんな騒ぎに関係なく、夜は更けていく。


第2章、お届けしました。

前を向き進みはじめた佳奈。

佳奈を意識し始めた春彦。

その二人に悪夢が襲います。

第3章は、佳奈と春彦に影響を与えた悠美の物語も紹介していきたいと思っています。

第3章のスタートまで、少しお待ちください。

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