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はるかな物語2  作者: 東久保 亜鈴
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第18話 私の幸せ

茂子が玄関を開けると、春彦が立っていた。


「あら?

 春彦君、今日は会社の旅行じゃなかったの?」


茂子は、びっくりして尋ねた。


「ええ、でも、用事があるって、朝早くに向うを出たので。」


「え?

 用事って?」


「あははは、佳奈にお土産を持ってくるって用事です。」


「まあ。」


茂子は、にこにこと笑った。


「お母さん?」


リビングの方から、佳奈の声が聞こえた。


「佳奈、春彦君よ。

 お土産持ってきてくれたんだって。」


「えー、春?」


リビングの方で、がたがたとせわしなく動く音とともに、佳奈が車椅子で玄関に出てきた。


「佳奈、どうしたの?

 やっぱり、具合悪いの?」


佳奈を見るや、春彦は心配げに声をかけた。


「え?

 具合なんて悪くないよ?

 悪そうに見えるの?」


佳奈は、怪訝そうな声で応えた。


「あっ!」


茂子は何かに気が付いたように、声を上げた。


「佳奈、パジャマ!」


「え?

 あ!

 きゃあ、春、見ないで!」


佳奈は、車椅子の上で身体を丸めて、うずくまった。


「春彦君、少し待っていてね。」


茂子は、佳奈の車椅子を押して、佳奈の部屋に、佳奈を連れて行った。


「もう、パジャマのままなんだから。

 早く着替えなさい。」


「だって、春が来るとは思わなかったんだから。」


茂子と佳奈の会話が聞こえ、春彦は一人微笑んだ。


(なんだ、具合、大丈夫じゃないか。)


「佳奈、じゃあ、春彦君にリビングで待っていてもらうからね。」


「だめー。

 私の食べかけのホットケーキが置きっぱなしなの。

 春に食べられちゃう」


「まあ。

 春君が食べる訳ないでしょ。

 それより、どうしましょう。」


春彦は、我慢できずに、ゲラゲラと笑い出した。


「あー、春が笑ってる!」


「そんなこと言っていないで、早くしなさいよ。」


どたばたが、ようやく収まり、春彦は佳奈の部屋に通された。


佳奈は、白い花柄のワンピース姿に着替えていた。


「別に、パジャマ姿でもいいのに。

 結構、可愛かったよ。

 それに、以前はパジャマだったときあったじゃない。」


春彦はからかい気味に言った。


佳奈は顔を赤らめ言い返した。


「何言ってるの。

 その時も、パジャマじゃなくて、部屋着よ、部屋着!」


「ふーん。

 そうなんだ。」


佳奈が退院してから見舞いに来た最初のころは、ベッドの上で、春彦にはパジャマ姿と思っていた。


「それより、どうしたの?

 旅行は?」


「うん、今日は自由行動だし、流れ解散だっていうから、用事があるって言って、とっとと帰ってきたんだよ。」


「え?用事って?」


佳奈は、茂子と同じことを聞いた。


「教えない。」


春彦は、ニヤニヤしながら言った。


「えー、何?」


「はい、これ。」


春彦は、ホテルの名前の入っている大きめの手提げ袋を佳奈に渡した。


「お土産。

 さすがに、マグロはなかったので、アジの開きで勘弁してね。」


「まあ。」


佳奈は、嬉しそうに袋を受け取り、ごそごそと中を確かめた。


「これが、アジの開き?

 大きいね。

 でも、私、アジの開きって好きなの。

 これは?」


佳奈は今にも鼻歌を歌いだしそうにご機嫌で袋の中の探索を続けた。


そして、包装紙に包まれた大きい箱を取り出し、春彦に尋ねた。


「それは、温泉まんじゅう。

 ホテルで食べたけど、結構、うまかったよ。

 それに、今朝、蒸かしたて。」


「わー!

 私、お饅頭、大好き!!

 ね、食べていい?」


春彦は笑いながら頷いた。


「やったぁ!

 あれ?

 あと、これは何?」


佳奈は、袋の中に残っていた小さな袋を取り出した。


「ん?

 開けてみて。」


佳奈は、袋を開けて中身を手に取った。


「わー、かわいい。

 これ、携帯のストラップ?」


佳奈が手に取ったのは、きれいな石を細工したイルカの人形が付いたストラップだった。


「何かいいものないかなと思ったんだけど、そんなものくらいしかなくて。」


「ううん、そんなことないよ。

 すごく嬉しい。」


佳奈は、早速、自分のスマートフォンに取り付け、しげしげと眺めていた。


「それ、実は俺とペアなんだ。」


「え?」


佳奈が、聞き返すと、春彦は、ごそごそとバックからスマートフォンを出して見せた。


そこには、佳奈と色違いのイルカのストラップが付いていた。


「本当だ。

 春、ありがとう。

 大事にするね。」


佳奈は、目をキラキラさせながら、自分のと、春彦のストラップを見比べて、笑顔で言った。


佳奈と春彦が楽しそうに話していると、茂子が、お茶を持って入ってきた。


「お母さん。

 見てみて。

 ほら、春からお土産たくさんもらっちゃった。」


佳奈は、うれしそうに茂子にストラップを見せていた。


「まあまあ、良かったわね。」


「うん、それと、アジの開きと温泉まんじゅうも。

 温泉まんじゅうよ!

 食べよ、食べよ。

 ね、春。」


佳奈の心底喜んでいる姿を見て、茂子は昨晩の佳奈との会話を思い出し、複雑な気持ちだった。


それから、佳奈と春彦は温泉まんじゅうを食べながら、旅行のことやいろいろなことを楽しそうに話していた。


その頃、一樹は、ゴルフの練習から帰ってきて、リビングでくつろいでいた。


そして、佳奈の部屋から漏れてくる佳奈の楽しそうな声を聞いて、笑いながら茂子に言った。


「泣いたカラスが、もう笑ったってかな。」


「ほんとに。

 でも、このおまんじゅう、本当に美味しいわ。」


「うん、うまいな。」


一樹と茂子も佳奈の笑い声を聞いて、つられて笑い出した。


(でも、何とかならないかしら)


茂子は、笑いながらも、考えていた。


春彦が帰った後も、佳奈は鼻歌を歌うほど、ご機嫌だった。


茂子は、佳奈に話しかけた。


「ねえ、昨日の話し。

 本当にこのままでいいの?」


茂子の問いかけに、佳奈は、にこやかに返した。


「いいのよ。

 これが、私の幸せだから。」



春彦が夕方に帰宅すると、舞はリビングでくつろいでいた。


「お帰り。

 帰りに、佳奈ちゃんのところに寄ったんでしょ。

 佳奈ちゃん、どうだった?」


「ただいま。

 ああ、佳奈の奴、元気だったよ。

 温泉まんじゅう、2つも食べていたし。」


「ふーん、ところで私には?

 お土産あるでしょうね。」


「もちろん、ありますって。

 お酒のつまみになる、干物セット。

 イカでしょ、エボダイでしょ。」


「おー!!

 私の好きなのばかりじゃない。

 さすが、我が息子。

 早速焼いて、宴会じゃあ。

 今日のお酒は『処女の芳香』じゃ。」


「はいはい。

 『ガォー』ね。」


「ばか。

 吠える方の咆哮じゃないわよ。」


「わかっているって。」


春彦は笑いながら干物を焼いて、お酒を持って、テーブルについた。


舞は、待ちきれずに、先に、晩酌を始めていた。


しばらく、二人は、お酒を飲みながら、旅行の話をしていた。


そして、不意に、舞は話を変えた。


「そうなんだ、佳奈ちゃん、元気だったんだ。」


「ああ、おれが行ったときは、凄く元気だったよ。

 ほら、旅行に行く前の日、具合が悪いって言っていただろ。

 だから、心配していたんだけど、全く、そんな感じじゃなかったよ。」


「ふーん。」


(我が子ながら、あきれるほど鈍いこと。

 天性のものかしら。)


舞は、春彦の話を聞きながら思った。


「ところで、春は、佳奈ちゃんのこと、どう、思ってるの?」


いきなり聞かれて、春彦はどきっとした。


最近、佳奈を抱き上げたり、そばにいたりで、佳奈の柔らかな感触や、佳奈から漂ってくる甘い心地よい香りを思い出し、一瞬、返事に困っていた。


「ん?

なに、急に…。」


「おや?

 朱に染まって。

 どうしたのかな?」


「そんなことないよ。

 佳奈とは、幼馴染で兄妹みたいなもんだよ。」


「そうだわよね。

 まさか、恋愛感情なんかわかないわよね?」


「え?

 恋愛感情?

 もし、そうだと言ったら?」


春彦は、軽口のつもりで返したつもりだったが、舞はいきなり声を強く言った。


「それは、絶対に駄目だからね。

 私は、絶対に許さないからね。」


「え?」


春彦は、舞の剣幕に、ちょっと意外だった。


「なんで。」


「なんでも。」


「はいはい、わかったよ。」


佳奈の話しは、そこで終り、また違う話に移っていった。


その夜、春彦は、ベッドに横になり、佳奈からのメールに返事を書いて送っていた。


不意に、舞が言った恋愛感情という言葉を思い出した。


そして、佳奈のことを思うと、何か複雑な気分になっていた。


「いままで、そんな風に佳奈を見たことはなかったな。

 でも、佳奈は、今までのどんな女性よりも可愛いし、柔らかいし、良い匂いがする。

 何よりも傍にいると、気持が和らぐし…。

 小さい時から、一緒だったんだけど、最近、何か違うんだよな…。」


春彦は、悶々と考えていた。


「ひょっとして、俺、佳奈のこと恋愛対象として好きになってるのかな。」


と考えたところで、舞の剣幕を思い出した。


「母さん、何で、佳奈とのことで、あんなに向きになったんだろう…。」


春彦には不思議で仕方なかった。


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