第14話 ひとつひとつ
春彦と佳奈は、佳奈を乗せて来た春彦の車を停めてある駐車場に戻るが、木乃美たちも、佳奈を見送りに一緒に駐車場についてくる。
そして、春彦が佳奈を助手席に乗せようと抱き上げると、皆から“やんややんや”歓声が沸いた。
「わっ!
これが、あの有名なお姫さまダッコ!」
「実物を、初めて見たわ」
「いいなぁ、佳奈。
私も抱っこされてみたいわ。」
佳奈は、笑いながら「妹の特権だから、いいでしょ。」と、いつものセリフを言った。
春彦も照れながら、佳奈をそっと助手席に座らせた。
「木乃美、わざわざ、海外から、ありがとう。
久美も慶子も京子も、今日はありがとう。
すごく、すごく、嬉しかった。」
佳奈は、涙を見せながら言った。
皆、うんうんと頷いて見せた。
「じゃあ、明日ね。」
木乃美が、そういうと、皆も負けじと口々に会いに約束をしていた。
「私も明日は仕事だけど、また、すぐに会いに行くから。」
「近いうちに、顔を見に行くからね。」
春彦は、佳奈の車椅子を積み込み、運転席に乗り込み、助手席の窓越しに、助手席の周りに集まっている佳奈の友人に向かって口を開く。
「おーい、何かおおげさじゃないか。
まあ、木乃美は、仕方ないけど、大木たちは、いつでも会えるだろ。」
「春彦、うるさい!」
木乃美が怒ったように言った。
「そうよ、こっちも久し振りの再会なんだから、水を差すことを言わないの。」
「立花君は、佳奈を無事に連れて帰ることだけ考えればいいの。」
一斉にブーイングを浴びた春彦は、首をすくめる。
佳奈は、そんなやり取りを聞いて笑い転げていた。
「じゃあ、またね。」
春彦は、車を動かし、佳奈は皆に別れを言った。
皆、春彦の車が見えなくなるまで、見送っていた。
「ねぇ、あの二人、どう思う?」
久美が誰とはなく尋ねる。
「また、佳奈は、兄妹だからって。
ほんと、正直じゃないんだから。」
「でも、立花君も鈍そうだし…。」
「どうなっちゃうんでしょ。」
慶子がため息交じりに言った。
「じゃあ、2次会は、佳奈と立花君の関係について論じてみようか。」
「木乃美は、まだ、時間は大丈夫なんでしょ。」
「うん。
でも、時差ボケで、ねむーい。」
木乃美が、眠そうに言った。
「しっかし、木乃美もすごいよね。
まさか、飛んでくるとは思わなかったわ。」
「そう、普段は、おっとりしているのに、そういう時の行動力はびっくりするわね。」
京子や久美が、あきれ顔でいった。
「まあ、昔から木乃美は佳奈が一番だからね。」
「えへへへへ。」
木乃美が満足げに笑った。
「じゃあ、2次会に出発!!」
「おおー!!」
4人は久々の再会を楽しむように、駅の方向に歩いて行った。
佳奈は、走っている車の中で、しばらく目をつぶっていたが、春彦に向かって、低い声で話しかける。
「ところで、春彦君。
いえ、立花君。
これは、どういうつもりかな。」
『来た!』春彦は、思わず身構えた。
「いや、えーと。
この前、久美に偶然会って…。」
「偶然に会って?」
「それで、佳奈さんの話になり…。」
「私の話になり?
何かな?」
冷ややかな声で佳奈は続けた。
(こえー、やっぱり、絶交かな…)
春彦は、覚悟していた。
「で、事故に逢ったこと。
佳奈が皆に会いたがっていることを、お話ししました。」
佳奈の迫力に押され、春彦は丁寧語になっていた。
「ふーん、それで?
それで、今日のサプライズなわけ?」
「う、うん。」
「ふーん。
私をハメたわけね。」
「いや、そんな…。」
春彦は運転しながら、しどろもどろに答えていた。
佳奈は、また、黙り込んで、助手席側の窓から外を眺めていた。
そして、少し間をおいて、また、佳奈は口を開いた。
「それだけじゃないでしょ。
木乃美には?」
佳奈の問いかけに、春彦は真面目な声で応えた。
「ああ、木乃美には、かいつまんでだが、経緯は全部話した。
あいつには、ちゃんと伝えておいた方が良いと思った。」
「……。」
それから、佳奈は行きと違い、黙って車外の風景を見ていた。
微妙な沈黙が続き、佳奈の家についた時、春彦は、ほっとしたように息を吐いた。
そして、運転席を降り、助手席に回り、助手席のドアを開けると、佳奈は、泣き笑い顔で、春彦の首に腕を回し、しがみついてきた。
春彦は、バランスを崩しそうになったが、しっかり、佳奈を抱き留め、抱き上げた。
佳奈は、春彦にしがみついたまま、涙声で、でも、嬉しそうな声を出す。
「春。
今日は、ありがとう。
すごく、すごく嬉しかった。
また、皆に会えたし、みんな変わってなかった。」
「はいはい。」
「木乃美にも、何て話そうかって。
私の大事な友達だから、隠さないほうが良いのか迷ってたの。
当然、他の友達にもだけど……。」
「他の連中には、おいおい話せばいいって。
皆、わかってくれるよ。」
「うん。
そうだね。」
春彦は、佳奈をあやすように言った。
「じゃあ、このまま、玄関まで、連れてってやるよ。」
「うん。」
春彦は、佳奈を抱き上げながら玄関に向かって歩き出した。
「春は、私の失くしたものを、一つずつ、取り返してくれるみたい。」
「そっかぁ?」
「うん。」
「じゃあ、もっともっと、取り返してやるよ。」
「うん。」
佳奈は、力強く答えた。
「あらあら。
春彦君、たいへんじゃない。」
茂子は、春彦の車が玄関の前に止まったのに気が付き、家の中から玄関に出てきていた。
春彦は、佳奈を室内用の車椅子にそっと降ろす。
「あら、佳奈、どうかしたの?
何かあったの?」
そして、泣きはらしたような佳奈の顔を見て、一瞬、ぎょっとして聞いた。
「うん。
あのね、今日、みんなに会えたの。
ほら、学生時代に仲良かった4人と。」
「あら、あの仲良し4人組?」
「うん。
皆、心配していてくれたのよ。
木乃美なんて、わざわざ、今日のために、海外から戻ってきてくれたの。」
「まあ、そうだったの。
よかったわね。」
春彦は、二人の会話を邪魔しないように、車に戻り、佳奈の外用の車椅子を持ってきた。
「春彦君、今日もいっぱい佳奈がご迷惑を掛けたみたいで、ごめんなさい。」
茂子がすまなそうに言った。
「いえいえ、そんなことないですよ。
じゃあ、車を停めておけないので、これで、今日は帰ります。」
「えー、帰っちゃうの?」
佳奈は、残念そうに言った。
しかし、車を停めておけないということで、あきらめざるを得なかった。
「お茶でもと思ったのに。
本当に、ありがとうね。」
茂子も、本当に済まなそうに言った。
「じゃあ、佳奈。
またな。
また、次の週末な。」
春彦は、にこやかに言った。
「うん。
気を付けてね。」
佳奈も笑顔で答えた。
(今日は、4人の話で、佳奈と茂子さんは盛り上がるだろうな。)
なんて、考えながら春彦は、佳奈の家を後にした。
春彦は、車を運転しながら、昼間、木乃美が背後に回ったのを気が付かなかったことを思い出していた。
「なぜ、木乃美が後ろにいたのに気が付かなかった?
木乃美だから?
殺気がなかったからか…。
終わって、気が緩んだか?
いや、まだ終わっていない。
あいつらの目的や狙いがわからない。
なんで俊介のところに現れたのか。
なんで、おれや佳奈のことを尋ねたのか…。
もし、今日のこともどこかで見られていたら、佳奈だけじゃなくて木乃美達も気を付けないといけないな」
春彦は険しい顔をしてハンドルを握っていた。
翌日、佳奈はリハビリを終え、自宅に帰り茂子とお昼ごはんを食べ、くつろいでいた頃に、木乃美が遊びにやってきた。
「こんにちは。」
「あら、木乃美ちゃん。
久し振りね。
今、海外でお勉強しながら、働いているんだって?」
佳奈と木乃美は良く両方の家に上がり込んで、話しこんだりしていたので、茂子とも親しい間柄だった。
「ええ、これでも今、調香師になるため、頑張っているんですよ。」
木乃美は明るい声で応えた。
「木乃美?
お母さん、木乃美が来たの?」
佳奈の部屋の方から声が聞えた。
「そうよ、木乃美ちゃんよ。
さあ、木乃美ちゃん、上がって、上がって。
佳奈ったら、朝から楽しみにしていたのよ。」
「私もです。
じゃあ、お邪魔します。」
木乃美は、お辞儀をしてそう答えると、いそいそと佳奈の部屋に入っていった。
「アコちゃん、いらっしゃい。」
佳奈は、興奮からか昔の呼び名で木乃美を呼んでいた。
「遊びに来たよ。」
木乃美の目の前には、以前と変わらない佳奈の笑顔があった。