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はるかな物語2  作者: 東久保 亜鈴
12/19

第12話 嬉しい策略

次の日曜日、佳奈の作ったてるてる坊主のご利益か、朝からいい天気だった。


春彦は車を佳奈の家の前に着け、迎えに行く。


佳奈は、薄ピンクのワンピースに、この前と同じ麦わら帽子をかぶって、玄関先で待っていた。


「お待ちどうさま。」


「今日は、よろしくお願いします。」


佳奈は、にこやかに答える。


「じゃあ、春彦君、お願いしますね。」


茂子も出てきて、春彦にお辞儀をした。


「はい、じゃあ行ってきます。」


そう言うと、佳奈を車椅子から抱き上げる。


「きゃっ!

 え?

 なんで?」


「何言ってるの、車椅子ごと助手席に入れないだろ。」


「…そ、そうね。」


恥かしそうに、佳奈はうつむき加減に言った。


春彦は、佳奈を抱きながら車まで歩いて行く。


佳奈は、最初は恥ずかしそうだったが、春彦の首に手を回し、だんだんと笑顔になっていた。


そして、春彦からほのかに木乃美と二人で春彦をイメージして調合したオーデコロンの匂いがするのに気が付く。


「春、この前のコロン試してくれているんだ。」


「ああ、匂いを嗅いでみたら結構好きかなって香りだったんで、会社にも、つけて行ってるんだよ。

 この前、お客さんの幼稚園の園児からも良い匂いがするって。

 幼稚園の先生もいい匂いってさ。」


「その先生って、若いの?」


佳奈は訝しがるように言った。


「ああ、みんな二十歳くらいかな。」


「外にはつけて行っちゃあかん!」


佳奈は、少し睨みながら言ったが、でもすぐに笑い飛ばした。


二人は車のところにたどり着くと、助手席の前で立ち止まり、春彦は器用に片手で助手席のドアを開け、そっと、佳奈を助手席のシートへ座らせる。


それから、佳奈を助手席に残し、今度は佳奈の車椅子を持ってきて、後ろのドアから車内に車椅子を畳んで入れ込み、最後に運転席にまわると車に乗り込んだ。


「佳奈、シートベルト出来るか?」


「うん、大丈夫。」


「じゃあ、行こうか。」


「うん。」


子供のような大きな声で佳奈は頷いた。


佳奈は、最初は車内をきょろきょろ見渡し、あれはなんだ、これはなんだと興味津々と春彦に尋ねてきた。


春彦は、佳奈にわかりやすく説明していた。


次に、佳奈は車外の流れる景色を楽しんでいた。


「ねえ、ねえ、見てあの看板、面白い絵が書いてあるわよ。」


「『どれどれ』って、こっちは運転しているんだから、よそ見させないようにね。」


春彦は、苦笑いしながら言った。


「はーい。ごめんなさい。」


佳奈は、舌を出していった。


(佳奈は、余程、嬉しいんだろうな。

 興奮しまくりじゃない。)


春彦は、無理もないと思っていた。


しかし、佳奈の興奮の原因は、春彦の車に乗せてもらったこと、しかも、助手席に乗った女性は佳奈が初めてだということを聞いていたからだったことも半分あることを春彦は気が付いていなかった。


ご機嫌な佳奈を乗せ、車で20分ほど行ったところで、目的地の桂川レイクサイドパークに到着した。


春彦は、駐車場の広めのところに駐車し、まず、佳奈の車椅子を下ろす。


そして、助手席に回り、ドアを開け、佳奈を抱き上げようとした。


「えへへへ。」


佳奈は、目いっぱいの笑顔を見せ、自ら春彦の首に手を回し抱きついてくる。


「おや?」


春彦は、いきなり佳奈に抱きつかれ少し驚いたが、佳奈の優しい香りが心地よかった。


「だって、車椅子まで、連れてってくれるんでしょ?」


佳奈は、笑顔で言った


「当然。」


春彦も笑いながら、軽々と佳奈を抱き上げ車椅子まで運んでいった。


そして、そっと佳奈を車椅子に座らせた。


「車の鍵かけてくるから、ちょっと待っててな。」


「はーい。」


春彦は、茂子の言った『まるで小さい子みたい』というセリフを思い出し、ちょっと吹き出した。


「どうしたの?」


「何でもないよ。」


春彦は手早く車から荷物をだし、車のドアをロックし、佳奈のところに戻ってきた。


「春、バックありがとう。」


「だいじょうぶ?

 俺が持とうか?」


「大丈夫よ。

 いつも肩に引っかけて車椅子を動かしているから。」


「そうか。」


春彦は、佳奈のバッグを佳奈に手渡した。


自分の荷物はデイパックで、背中に担いでいた。


「じゃあ、大丈夫だったら、まずは、池の方に行ってみようか?」


「うん。」


「佳奈、池まで道が狭いから、ゆっくり押してやるよ。」


「えー、大丈夫だよ。」


「まあまあ。」


春彦は、佳奈の後ろに回り手押しハンドルを握ると、ゆっくり車椅子を押して歩き始めた。


「春、ありがとう。

 でも、春が疲れたら、自分で動かすからね。

 無理しないでね。」


「はいはい。

 でも、今日はいい天気で気持ちいね。」


「本当。

 何か、何年振りって感じ。

 うーん、気持ちいい!」


佳奈は、思いっきり深呼吸と伸びをした。


周りは木々が青々と茂り、澄んだ空気と気持ちの良いお日様の暖か、たまに吹き抜けていくそよ風、すべてに満喫していた。


「いつからだろう、こういうのを忘れてしまって。」


「あっ、佳奈、バッタがいる。」


春彦は目ざとく見つけて佳奈に言った。


「わー、本当だ。」


佳奈は興味津々、バッタを見ていた。


春彦は、そんな佳奈を見てくすりと笑った。


「佳奈は、虫も平気だよな。」


「うーん、たいていの虫は平気だけど、グロテスクなのはさすがに…。

 悠美姉も虫が平気だったでしょ。

 よく見せられているうちに、慣れちゃったのかな。」


佳奈も笑いながら答えた。


そうこうしているうちに、二人は調整池を周回する広い道に出た。


そこは、ジョギングやサイクリングを楽しんでいる人、犬を散歩に連れてきている人、いろいろな人が楽しんでいるところだった。


「春、ちょっと、自分で動かすね。」


「ああ。」


春彦は、佳奈の車椅子から手を離した。


道の片側には調整池の護岸、逆の方は草木が茂っていて、ところどころに芝生の広場や遊具が置いてある広場があり、子供たちのはしゃぐ声が風に乗って聞こえてきていた。


「わー、風が気持ちいい。」


佳奈は、思わず車椅子から手を離した。


春彦は、そっと、佳奈に気が付かれないように車椅子の手押しハンドルを掴む。


しばらく二人は、風景を見たり、他愛のない会話をしながら楽しんでいた。


「佳奈、疲れたろう。

 そこのベンチのところで、少し休もう。」


「うん。」


春彦と佳奈は護岸のベンチに近づき、春彦はベンチに座り、佳奈はその正面に車椅子を寄せた。


「はい。」


佳奈はバッグの中からチョコレート菓子を出して、春彦に渡した。


「おおー、サンキュー。」


2人はお菓子をつまみながら、ペットボトルのお茶でのどを潤した。


「佳奈?!」


「?」


2人が一息ついた後、佳奈は名前を呼ばれ、後ろを振り向いた。


振り向くと、見覚えがある3人の女性が立っていた。


「久美?

 京子?

 慶子?」


「そうよ、久美よ。

 佳奈。」


「佳奈。」


「かな~。」


3人は、涙声で佳奈の車椅子の周りを取り囲み、佳奈の顔の高さと同じ高さにしゃがみ込んで佳奈の手を取った。


「どうしたのよ。

 連絡も取れなくなって、皆心配したのよ。」


久美が、心配顔で言った。


「そうよ、交通事故で、怪我したんだって?

 だから、車椅子なんだって。

 なんで、言ってくれなかったの?」


京子も、涙声で言った。


「それに、何で電話やメールを切っちゃったのよ。

 すごく心配したのよ。

 何かあったんじゃないかって。

 そうしたら、交通事故に逢っていたなんて。」


慶子も、泣きながら佳奈の手をつかんでいた。


「みんな…。」


佳奈は、いきなりでびっくりしたが、すぐに、皆が心の底から心配していてくれていたことを感じ、急に目頭が熱くなってきた。


「ごめん…。

 ごめんね、皆。

 私、こんな体になっちゃって、気が動転して…。

 みんなにこんな姿見せられないって…。」


佳奈は、泣きべそをかきながら3人に謝る。


「ばか!」


「そうよ、私たちが、それで佳奈のこと笑ったり、知らん顔すると思ってるの。」


「まったく、もう。

 心配ばっかりさせて。」


4人は泣き笑いしながら、お互いを確認していた。


春彦は、微笑みながら一歩離れたところで、そんな4人を見ていた。


少しして、皆が落ち着いて来た時に佳奈が尋ねた。


「ところで、どうして、ここに?」


久美は、春彦を指さした。


「立花君が、教えてくれたの。」


佳奈は、それで納得し、春彦を睨みつける。


「ふーん、あの立花君がねぇ。」


佳奈は、久美のマネをしていった。


「立花君、後でお話ししましょうね。」


春彦は、佳奈が怒っていると思い、首をすくめて見せた。


そして、心の中で、『まあ、良くてもしばらく絶交かな』と覚悟していた。


「そうだ、木乃美は?」


慶子が、誰にともなく聞いた。


「佳奈と木乃美は、昔からすごく仲良かったもんね。」


京子が続けた。


「でも、木乃美は、仕事の関係で、海外に住んでいるのよ。」


久美が答えた。


「そっかぁ、じゃあ、折角久し振りに全員集合かと思ったけど、しょうがないね。」


慶子が残念そうに言った。


そんな会話を少し離れたところで聞いていた春彦は、不意に後ろに人の気配を感じ、背中に何か尖ったものが当たった気がした。


(しまった。

 油断した。

 ナイフか?)


春彦は身を固くする。


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