第11話 てるてる坊主
次の日曜日は、あいにくの雨で、春彦は佳奈の部屋で窓の外に振る雨を見ながら話をしていた。
「今日は、雨で残念賞だね。」
「本当。
昨日、てるてる坊主を作って飾っておいたのに。」
佳奈は、残念そうに言った。
「佳奈、てるてる坊主、ひっくり返してたんじゃないか?」
「えー、そんなことないよ。
だって、ひっくり返すと雨になるんでしょ。
ちゃんと、まっすぐに気を付け!って。」
「おっ、知ってたんだ。」
「もう、すぐにバカにして。」
佳奈は、笑いながら言った。
最近は、良く笑うようになったなと春彦は心の中で思い、嬉しくなっていた。
「今度は、どこに行こうか?」
「うーん、どこにしようかな…。
でも、どこでもいい。
春が連れて行ってくれるところなら。」
「おっ、こっちに振ったな?」
「えへへへ。」
佳奈は、楽しそうに笑った。
「途中にちゃんとした施設があれば遠出も出来るかな?」
佳奈は、少し考え込んでから、小さな声で言った。
「車椅子用の施設があるところなら、安心なんだけど……。」
「佳奈、電車で駅3つくらい行ったところに大きな川があるの、知っているよな?
その川に沿って調整池があって、その湖畔に広い公園とかいろいろあるところ。」
「あー、知っている。
小学校の時に遠足に行った、桂川レイクサイドパークでしょう?!
広場や、遊具施設や、芝生にいろいろ。
すごく広くて、自然がいっぱいあるところ。
いいなぁ、行ってみたいなぁ。」
「あそこさ、駐車場のところに休憩やレストランや自然観が入っている大きい施設が出来たんだ。
あそこなら、施設もきちんと整っているし、きれいだよ。」
「本当?」
佳奈は、目を輝かしていった。
春彦は、インターネットで調べ、実際に、下見に行っていた。
「ああ、この前、そこの近くに用事があって、ついでに、見てきたから間違いないよ。」
「用事?」
「ん?
なに?」
「ううん、何でもないの。」
佳奈は、春彦の話し方から、用事ではなく自分のために、いろいろなところを見て回ってくれていること察し、目頭が熱くなるのを感じた。
「でも、そこまでは電車で行かなきゃだめなんでしょ?」
「ああ、だから、俺の車で行こう。
佳奈の車椅子、畳めるやつだろ?
まあ、畳まなくても、そのまま詰め込めると思うから大丈夫。」
「え?
春の車って、確かワンボックスタイプの大きい車でしょ?
私を乗せてくれるの?」
「もちろん。
社会人になって、買ったやつだから、まだきれいだよ。
それに、母さん以外は、まだ、そんなに人を乗せてないんだよ。」
春彦の車は、佳奈を助け出した時に、意識のない佳奈や茂子、一樹を乗せ、病院に担ぎ込むのに使ったり、いろいろと活躍していたが、春彦は、そんなことはおくびにも出さなかった。
「いいの?
汚したとか言って、怒らない?」
「当たり前だろう。
何で佳奈が乗って汚れるんだ?」
「ほんとう?」
「ほんとう!」
佳奈の小さな子が半信半疑で聞いてくるような言い方に、春彦は笑いながら答えた。
その時、ドアをノックする音がし、茂子が、お茶とお茶菓子を持って入ってくる。
「お邪魔しますね。
何にもないけど、紅茶とクッキーを持ってきたの。
食べてね。」
「すみません。」
春彦は、お礼を言った。
「お母さん。
桂川のレイクサイドパーク、覚えている?」
「え?
ええ、昔、小学校の遠足とか、良く佳奈を連れて行ったから覚えているわよ。」
「あそこ、駐車場のところに、レストランとかいろいろなものが入った施設が出来たんですって。
車椅子でも利用できるんだって。
それでね、今度、春が車で連れて行ってくれるって。
ねえ、お母さん、行っていいでしょ?」
茂子は、春彦がきちんと佳奈のことを考えてくれていることを知っているので、二つ返事で許可した。
「いいわよ。
春彦君が一緒なら、安心だから。
今の季節、池の周りの木々も青々して、気持いいでしょうね。」
「わーい、やったー。
お母さん、ありがとう。」
「まあまあ、まるで小さい子みたい。
とても、二十歳を過ぎた社会人とは考えられないわ。」
茂子は、苦笑したが、内心は、明るい佳奈を見て嬉しかった。
「春彦君、いいの?
佳奈をお願いしちゃって?」
「ええ、全然問題ないです。
来週の日曜日に、天気が良ければ行こうかと思います。」
「楽しみだなー。
てるてる坊主、たくさん作って置かなきゃ。」
佳奈は、屈託のない笑顔で言った。
春彦と茂子もつられて笑い出した。
その夜、春彦は舞につぎの日曜日に佳奈と車で出かけることを話した。
「ふーん、桂川レイクサイドパークかぁ。
あそこなら、施設もいろいろと整っていて、しかも、建物は出来たばかりだからきれいよね。
春彦にしちゃあ、なかなかいい線ね。」
舞は、湯飲み茶わんに入れた日本酒を飲みながら、言った。
「ああ、この前、母さんに佳奈のこと聞いたから、それであそこならってね。
小さい頃、よく連れて行ってもらったから。」
「そうよ、覚えている?
あんたったら、いらないっていうのに、バッタやカマキリをいっぱい捕まえてきて、同じ虫かごに入れたでしょう。
そしたら、少しして、バッタが減ってきて、私に逃がしたでしょうって言ってきたのよ。
可哀想に、見たらカマキリたちが丸々と太ってたわよ。
ああ、気持ち悪い。」
舞は、腕を組んで身震いした。
「あはは、そんなことあったね。
後で、よく見たら、みんな食われてたって。」
「もう、その話は気持ち悪いからおしまい。」
舞は眉を寄せて、あからさまに嫌な顔をする。
「何言ってるんだよ。
自分から言い出しておいて。」
春彦は、苦笑いした。
「まあ、本当に、あんたとあのひとってきたら、良くカブトムシやクワガタも捕まえてきたわね。
あのひとの方が夢中になっていたようだけど。」
「ああ、父さんね。
父さん、虫取りの名人だったよ。
あと、ザリガニ、カニ、魚釣りと、いろいろ楽しかったな。」
「何を言っているの。
楽しい思いをするのはあなたたちだけ。
その都度、後始末は私だったのよ。
カブトムシなんて夜中飛びまくって羽の音がうるさくて仕方なかったんだから。
ザリガニは臭いし、指を挟まれそうになるし。
魚だって、食べられもしないようなやつばっかり。
少しは、マグロとか喜ばれるものを持ってくればいいのに。」
舞は、怒って言った。
「マグロは無理だろう。」
春彦は笑って言った。
「いいのよ、別に魚屋さんの袋に入っていても、切り身になっていても。
乾き物でもいいわ。
お酒のつまみになるから」
「はいはい、今度、刺身を買ってこようね。」
春彦が宥めるように言うと、舞は話を変える。
「ところで、車で行くって?
運転、気をつけなさいよ。
佳奈ちゃん、バランスが取れないかもしれないから、急ハンドルや急ブレーキを掛けたら転がっちゃうからね。」
「ああ、よくわかっているよ。」
「まあ、あんたのことだから、大丈夫とは思うけど、慎重にね。
乗り降りもたいへんだから、ちゃんとエスコートするのよ。
それと、佳奈ちゃん、お年頃なんだから、おトイレに行きたくなっても言わなくて我慢しちゃうかもしれないから、気を付けてあげるのよ」
「えー、佳奈がそんなことするか?」
「ばか。
前の時ならそうかも知れないけど、今は違うんだからね」
「了解です。」
春彦は、真顔で答えた。
そのあと、しばらく二人で酒を飲みながら話をしていると電話が鳴った。
「こんな時間に珍しいわね。
誰かしら?」
舞は、呟きながら受話器を取った。
「もしもし?
はい、立花ですが。
……。
あら、久し振りね。
元気にしていた?」
春彦は、親しげな会話を聞きながら、電話の相手は舞の知り合いからと思った。
「春?
いるわよ。
ちょっと待ってね。」
舞は、電話を保留にして、春彦の方に振り向いた。
「春、あんたに電話よ。」
舞は、ニヤニヤしながら顎で受話器の方を差し、春彦に早く出るように促した。
「え?
誰?」
春彦は、舞の知りあいだとばかり思っていたので、面食らいながら、立ち上がり受話器の方に手を伸ばした。
「あんたの良く知っている子。
お楽しみよ。
早く出なさい。」
「ああ。」
佳奈だったら携帯にかけてくるし、舞の顔では会社関係という顔でもなさそうだしと考えながら受話器を取った。
春彦が受話器を取ると、舞はニヤニヤしながら保留を解除して自分の座っていたところに戻っていった。
「もしもし?」
春彦は、誰だろうかと身構えながら声をだした。
「もしもし、春彦?」
電話の主の声に聞き覚えがあった。
「木乃美か?」
春彦は、耳を疑った。
「そうよ。」
電話の主は、海外にいるはずの木乃美だった。