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はるかな物語2  作者: 東久保 亜鈴
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第1話 心の悲鳴

佳奈は、日に日に明るさを取り戻してきた。


だが、両脚が麻痺している状態は変わっていなかった。


家の中での移動も車椅子で、茂子にいろいろと世話を焼いてもらわないと、家中どこに行くのも一人ではいけない状態だった。


茂子は元気にしていても、それなりに年を重ねていて日常の家事のほか、佳奈の世話でかなりの重労働だった。


それを間近でみている佳奈も、元のように自分のことは自分で出来るようにならなければと思い、家族や、担当の医師から勧められているリハビリをする気に、ようやくなっていった。


担当の医師からは、今までの状況が状況なだけに、足の筋肉もすっかり落ちてしまい、まずは筋力をつけるリハビリから始めるようにリハビリプランが組まれていた。


そして、ある日、佳奈は初めてリハビリに行ったが、あまりの辛さに一度でめげてしまい、心と体のあまりのギャップに茫然自失に陥る。


ちょうど足が痺れた時のように、感覚がなく、座っている分にはいいが、何かにつかまり立ちするとビリビリするような、それがもっとひどい状態だった。


春彦は、佳奈を見舞う前日に、茂子から舞を経由して状況を聞いていた。


「リハビリは、ただでさえ苦しいそうよ。

 大の男でも音をあげてしまうほどだって。

 何て言っても、麻痺している足を動かそうとするんだから。

 リハビリで平行棒のような棒に捕まって立ち上がろうとしただけで頭の先まで感電したみたいにビリビリとするらしいわ。

 私には想像できないわね。」


前の晩、春彦は舞に誘われ、自宅でお酒を一緒に飲んでいた。


「俺も人に聞いただけだから、実際にどの位辛いかは想像できないよ。

 でも、あのしっかり者で簡単に音を上げるようなやつでない佳奈が、音を上げるんだから相当つらいんだろうな。」


「そうね、それに、あと心配なのは茂子がいつまで持つかなんだよね。

 平気、平気と電話じゃ言っているけど、佳奈ちゃんも子供じゃないから、それだけ色々な世話で体力的にも大変だろうし、年を取ってきたら、変な話、茂子も一樹さんもいなくなったら、佳奈ちゃんどうするんだろう。

 なんて心配しちゃうわ。」


舞は、お酒のおかわりというように、空になったコップを、春彦に差し出した。


春彦は、そのコップにお酒を注ぎながらしみじみと言った。


「そうだよなぁ。

 佳奈には、兄弟姉妹がいないからなぁ。」


「そう、我家もそうだけど、年が近い従兄の光ちゃんがいるから、あんた一人になっても、あまり心配してないよ。

 いざとなれば、何とかなるだろうし。」


「まあ、光ちゃんは、しっかりしてるし、頼りがいがあるからなぁ。

 でも、結婚したらわかんないよな。

 奥さんに夢中で、こっちには気を留めてもくれなるよね、きっと。

 でも何で結婚しないんだろう。

 結構、もてると思うのだけど。」


光一も春彦ほどではないが、そこそこ背も高くすらっとした結構モテる部類だった。


「まあ、あいつは、まだまだできないだろうねぇ。

 あれを、あれを引きずっている間はね。」


「そうかぁ、そうだね。」 


ぐびっと、春彦はコップのお酒を飲みほし、新しく注ぎなおした。


「おっ、いい飲みっぷりだね。

 このお酒、“熟女の誘惑、火のごとし”って言う奴なんだけど、いけるだろ?

 この餃子もおいしいよ。

 でも、あんまり飲み食いしたら、佳奈ちゃんに嫌われるからね。

 ニンニクとお酒のにおいが混じったら一発でアウトよ。」


舞は親指を立てて、野球のアウトのジャスチヤ―をして見せた。


「わかっているよ。

 しかし、相変らず無茶苦茶な名前の日本酒だな」


「でも、春も最近変わったね。

 少し前までは、おっかない顔で無口だったのに、最近は、良く飲み、良く話すようになったじゃない。

 それも、佳奈ちゃんの影響かな?」


「そっかなあ。」


佳奈の名前が出て、春彦は、佳奈のこれからが気になって仕方がなかった。


次の日、日曜日の昼下がり、春彦は毎週の日課になってきた佳奈の見舞いに家を出た。


舞からは、出がけに何かお土産を買っていくようにと言われていた。


道すがら、ふと、『中屋』と看板に書かれた大衆食堂の前で足を止めた。


そこには、学生の時によく佳奈と立ち寄り、歩きながら食べた鯛焼きが昔のまま売っていた。


お店自体は、昭和の香りのする食堂で、その軒先で、今川焼と鯛焼きを作り売りしていた。


学生相手を意識してか、値段が安いのと、ボリュームがあるので、中高生たちにたいそう喜ばれている店だった。


また、鯛焼きの中身も種類も豊富で、餡子、カスタードクリーム、抹茶クリーム、チョコレートクリーム等があり、それも、人気に拍車をかけていた。


(佳奈はよく餡子の鯛焼きを食べていたな。

 頭から食べるか、尻尾から食べるかなんて、くだらない話をしたっけな。)


昔を思い出しながら、今日の土産はたい焼きにすることに決め、餡子の入っている鯛焼きを買った。


「佳奈、鯛焼き買ってきたよ」


いつものように、佳奈の部屋のドアをノックし声をかけた。


「うん、入って。」


昔と変わらない元気な声が聞こえた。


部屋に入ると、ベッドに腰かけた佳奈が笑顔で迎えた。


「ほら、いつも買っていた中屋の鯛焼き、買ってきたよ」


「わーい、やったー。

 私、餡子がいいって覚えていた?」


佳奈は、無邪気な声で返事をした。


「当然、ほらね。」


春彦は、袋から餡子と書かれている包装紙に包まれた鯛焼きを取り出し、佳奈に差し出した。


「わー。

 ねえ、食べていい?」


「もちろん。」


佳奈は、喜んで受け取り、さっそく、“ぱくっ”と、鯛焼きを一口かじった。


「うんうん、久し振りだけど、この味だよ~。

 おいし~!」


「あんまり、がっつくと、喉に詰まるからな。

 そういえば、佳奈は、鯛焼きを頭から食べるんだよね。」


「うん、頭から。

 尻尾まで餡子が詰まっているかなって考えながら、詰まっていたら今日はいいことあるぞってね。」


「鯛焼き占いか?」


「いいでしょ!

 春も、頭からだよね。」


「ああ、尻尾から食べると、頭が最後に残り、何か睨まれている気がするから。」


「鯛焼きに?」


佳奈は、けらけらと笑いながら答えた。


「春は、何味が好きだっけ?」


「おーい、自分は覚えているかって聞いて、俺のは覚えていないのかよ。」


「あはははは、まあまあ。」


「ちぇっ、佳奈にはかなわないな。

 宇治抹茶金時味だよ。」


「ウソばっかり、カスタードでしょ。」


「なんだ、覚えていたんじゃん。」


そんなこんな、他愛のない話をしていると、茂子がお茶を持ってきた。


「佳奈ちゃん、お茶を置いておくから、こぼさないようにね」


「はーい、って、子供じゃないんだから。」


「だって、腰かけていて、バランスをとるのがたいへんでしょ?」


「まあね…。」


佳奈の口調が暗くなった。


佳奈が触れてほしくなかったことを言って、しまったと思い茂子は話をそらした。


「春君、その鯛焼きは、十国屋の鯛焼き?」


十国屋は、この辺りでは老舗の和菓子屋で、値段も結構するので、学生は中屋が中心となっている。


「残念、これは中屋です。」


「そうよ、お母さん、私たちはそんな高価な鯛焼きじゃなくて、庶民的で、かつ、たくさん食べられる中屋の方なんだから。」


「そんなこと言いながら、結構、体重を気にしていたじゃん。」


「あっ、それは言わないで。」


笑いが部屋中を包み、和やかな雰囲気に戻り、茂子は退散することにした。


「じゃあ、私と一樹さんは、十国屋の鯛焼きでも買ってきましょうかね。

 お茶のおかわりは言ってね。

 じゃあ、春君、ごゆっくり。」


茂子が部屋から出ていったのを見届け、佳奈は、ぽつぽつと話しはじめた。


「そうなの、こうやってベッドに腰掛けているんだけど、脚がしびれて感覚がなくて、支えられなくて、よく、転がりそうになるの。

 嫌になっちゃうわ。」


「でも、今は、上手にバランスとれているじゃない。」


「気が張っているからね。

 油断すると、すぐ、よろよろって。

 だから、お茶碗もってお茶を飲むのがたいへん」


その言葉を聞いて、春彦は佳奈の隣に腰掛けた。


「じゃあ、これで、お茶飲むとき支えているから、寄りかかりな。」


「春……。」


春彦は、佳奈の湯呑茶碗をテーブルから取り、佳奈に渡した。


佳奈は茶碗を受け取り、少し、春彦に寄りかかりながら、お茶をすすった。


「ありがとう、春は優しいね。」


佳奈は湯呑茶碗を春彦に戻した。


そして何かを考えるように、しばらくうつむいていたが、意を決した様に顔を上げ春彦を見つめた。


佳奈は、思いつめた顔をしながら、ぽつりぽつりと話し始めた。


「春、一度だけ、一度だけ、文句を言わせて。

 一度言ったら、もう言わないから」


春彦は、軽くうなずいた。


佳奈は、それを見て、続けた。


「悔しいの。

 脚が、自分の足なのに、感覚がなくて、言うこと聞かないの。

 自分の足じゃないみたい。

 何も感じないのよ、こうやって、叩いても、つねっても。

 正座して、足が痺れた時みたいなの。

 それがずっとなの。」


佳奈は自分の足を叩き、声が徐々に涙声になっていった。


「歩きたい。

 また、前のように歩き回りたい。

 春と、鯛焼きを食べながら歩きたい。

 好きな時に外に出て、芝生に上とか、公園、お店をぶらぶらしたい。」


そして一気に何かが爆発したようだった。


「ねぇ、私、何か悪いことした?

 何か悪いことをして、天罰を受けたの?

 悪いこと、何もしていないよね?

 普通に暮らしていただけなのに、何で、こんなことになったの?」


春彦は優しく佳奈の肩を抱いた。


佳奈は、気持の高まりか声のトーンが上がり、涙声で続けた。


「なんで、こんな目に合わなくちゃいけないの?

 リハビリ、辛かったのよ。

 すごく辛かった。

 あれを続けても、前のように歩けるかわからないのよ。

 きっと、無理よ。

 私、これから、どうなっちゃうんだろう。」


一息つき、佳奈は低い声で搾り出すように言った。


「憎い。

 私をこんなにしたやつが憎い。

 …

 いけない、そんなことを言っちゃ。

 でも

 …

 春、私を助けて。

 どうにかなっちゃう。」


佳奈がこれほどきつく人を恨むような激しい言い方をするのを春彦は初めて聞いた。


そして、佳奈は心が悲鳴を上げているかのように可哀想なくらい悲しい顔をしていた。


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