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初春⑦

初春⑦


「私の母は、宏一が小学校のころに死んだの」

 唐突な独白に、僕は「はい、知っています」と反射的に返してしまった。

 居間に戻ると、冬美さんがお茶と洋菓子を用意してくれていた。パウンドケーキと煎茶との相性は良いとは言えなかったけれど、食べ合わせを気にするほどグルメでもない。

「宏一から聞いたの?」

「……はい」

 彼女は驚いたようだった。いや、怯えたようだった。あなたはどこまで知っているの、と。

 僕が知っているのは、有川から聞いたことと、自分で調べたことだけだ。それと、華音が有川のことを何も知らなかったという事実。

 同級生の住所を事故物件情報サイトに入力して検索しことがあった。有川の家に事故物件であることを示すピンのアイコンが表示されたのだ。

『西暦一九××年、女性、不審死』

 今から十年前のことだ。有川の母だろうと推測した。彼が片親だという話を同級生たちの会話で聞いていたからだ。だから、僕は彼に接触した。自殺を収集することは、僕が自分に課した義務であるから。

「あなたは宏一の特別な友達だったのね」

「いえ、たぶん、違うのだと思います。有川は僕に対して遠慮する必要がなかっただけです」

 彼女は首を傾げて曖昧な顔をする。それを友達というんじゃないの、とでも言うように。

「あの子、いつも周りに壁を作っているようだったから……。笑わないし、友達も少なかった」

「冬美さんに対しても、そうだったんですか?」

「ええ、そうね……残念なことだけど。でも、あるときから人付き合いが増えたの。きっと、あなたと月島さんのおかげよ」

「年が離れているからかもしれませんよ」

「そうなのかしら?」

 彼女は弱弱しく笑う。

「失礼かもしれませんが、おいくつなんですか」

「私? 三十四よ」

「十七歳離れていたら、話しにくいこともあるのかもしれませんね……」

「どんなことをあなたたちは話したの……?」

 彼女の視線が鋭くなった気がした。僕は慎重に言葉を選ぶ。

「僕も子供のころ、父を自殺で亡くしたんです。月島さんも同じです。僕たちは、親を自殺で失いました」

「ああ、そうだったの……」

 彼女は納得をしてくれたようだった。

「私の母は、宏一を溺愛していたの。宏一しか愛していなかったのかもしれない。必死に愛そうとしていたわ。それで……」

 何か言葉を続けようとした気配があったが、冬美さんは湯飲みに口をつけ、その言葉を煎茶と一緒に喉の奥へと流し込んだようだった。

 帰ります、と告げると、「宏一の友達でいてくれてありがとう」と頭を下げられた。

 彼女の目に滲んだ涙を見て、一つの「もし」を考える。

 もし、ここで僕が、「有川くんを殺したのは僕なんですよ」と言ったら、彼女はどんな顔をするだろうか。

 一滴の涙が、冬美さんの頬を伝って落ちた。

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