初春⑥
初春⑥
インターホンを鳴らす。
反応はない。しばらく、待つことにした。
その間に、考える。もし、あのとき、僕が自殺収集をしていた理由を華音に伝えたら、彼女は自殺しなかっただろうか。意味もなく考える。本当に、意味はない。
玄関から三十代半ばの女性が顔を覗かせた。
冬美さんだ。
今、帰宅したばかりなのかもしれない。それとも、出かけるところだったのだろうか。外行きの恰好をしていた。
僕が一人であることを、冬美さんは不思議に思ったようだった。
「久しぶり。今日はどうしたの?」
「有川くんに貸していたものがあるんです。元々、月島さんに貸していたものだったのですが、彼女が亡くなってしまって……。もしかしたら、有川くんが持っているかなって」
「月島さん……亡くなったの?」
頷く。
わざわざ伝える人もいないだろうから、知らないだろうとは思っていた。
「どうして?」
「自殺です」
『自殺』という単語を耳にした冬美さんは、指先に棘が刺さったかのように表情を歪めた。
「悲しいことは続くものなのね」
彼女は僕を家に招いた。
有川の父親は留守のようだった。
「私はリビングにいるから、探し終わったら声をかけて。お茶を用意しているわ。ちょうどお茶菓子もあるし」
有川の部屋の位置を口頭で説明される。礼を言って、そこに向かった。
階段を上がってずっと右。
言われた通りに進むと、見るからに立て付けが悪そうなドアを見つけた。何度も何度も乱暴にドアを閉めたら、こんなふうになるかもしれない。
けれど、見た目に反して、ドアは素直に言うことを聞いてくれた。
『開かない金庫』のあとに『開かない扉』と戦いたくなんてない。僕はドラマの探偵でも、RPGの勇者でもない。
現れた部屋は暗く、手探りで蛍光灯のスイッチを探す。
突起物に手が触れて、それを押す。カチッという音と共に有川の部屋が姿を現した。
窓がない部屋だ。漫画本の詰まった本棚と、簡素なベッド、小さなテーブルとパイプ椅子。部屋というより物置だ。独房の方が、いくらか健康的かもしれない。
有川が死んでから、誰も足を踏み入れていないのだろう。カーペットの上に粉雪のような埃が積もっていて、僕の足の形を記録していた。
対比として頭に浮かべたのは、華音の部屋だ。
彼女の部屋は清潔感があって、心地が良かった。けれど、有川の部屋は息苦しい。部屋の空気が埃っぽいからではないだろう。壁や天井が迫ってきて、押し潰されてしまいそうな閉息感を覚える。
クローゼットを開ける。ジャケットやダッフルコート、ジーパンなどが乱雑に並んでいた。服の種類は多くない。夜、有川が羽織っていた上着も、この中にあった。
捜し物はすぐに見つかった。
くしゃくしゃになったそれを掌の上で広げる。
予想していたもので、驚きはなかった。それでも、心臓を鷲掴みにされたような胸の圧迫感を覚える。
写真だ。
僕と華音が写っている。




