1−4:ダンジョンだよ中谷さん
目の前に広がる青空は、今まで見た景色の中で1番綺麗だと思う。やはりここは、大自然の真っ只中だったようだ。
吸い込む空気的に、外って感じしないんだけど…。青空があるのだから、外なのだろう。不思議な事もあるもんだ。
こんな天気のいい日は、芝生に寝転がって昼寝でもしていたいのだが…。
絶賛絶体絶命中なので、そんな事は許されないだろうなぁ…。
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目の前の崖を認識し、熊に感動してしまった恥を投げ捨てる。スピードを落とし、立ち止まってから森の方を振り向く。
なおも、超スピードで走ってくる虎。
これもしかして、止まりきれなくて崖に落ちるんじゃない?気分はチキンレースだな。
熊も、覚悟を決めたような目でこちらを見てくる。
同じ危険を味わった、仲間のような感覚だ。
このまま難を逃れれば、親友になれそうな気さえする。
まぁ…さっき食べようとした事は、忘れられないけどね?あとで覚悟しとけよ…!
さぁ、そのままのスピードで突っ込んでくるがいい!奈落の底を見せてやろう!とか煽ってみたいが、ちょっと黒歴史を思い出しそうなのでやめておく。
崖に落ちるんじゃね?と期待していたが甘かったようだ。崖がある事を知っていたのか、虎は、大きく真上に跳躍してスピードを殺してしまった。
そういえば、名前の横にエリアボスって書いてあったのを思い出す。そりゃあ、エリアボスなら地形を把握していても、不思議ではないよな…と、妙に納得してしまった。
着地時、物凄い轟音をたててクレーターを作っている。あんな感じで踏みつぶされたら、ぺちゃんこどころか、体が爆散しそうだ…。
悠々と近づいてくる騎士虎。
さっきまでは熊の方しか見ていなかったのに、標的が俺に移ったようだ。解せぬ。俺なんもしてないよ?
射殺すような目で、熊の方を睨み、動くのを牽制している。ネコ科の目に睨まれた熊は、先程同様動けなくなっているようだ。肝心な時に使えない熊だ。
どうやら、小さくてすぐに死にそうな俺から潰す事にしたようだ。
全く。笑えない冗談はやめていただきたい。
それにしても…熊もデカいと思ったが、この虎もかなりデカいんだよな…。
アレか?レベルが上がるにつれ、体も比例してデカくなんのかな?まぁ、反比例する訳はないよな…。レベルが上がるにつれて、体が小さくなるとか罰ゲームも良いとこだ。
「ヴゥゥゥ…!!グルァァァァオォォ!!!」
おっと、そんな事考えている場合じゃなかった。
目の前の虎が地面を蹴り、一瞬で距離をつめてくる。
何か、さっきまで結構焦っていたのだが、今は妙に冷静になっている。人間、死期が近くなると心が穏やかになるというが…こういう事なのだろうか?違うよな?
右手を振りかぶる虎。
猫パンチか。普通の猫だったら可愛いのにな…。優しく殴ってくれたら良いのに。デカい肉球を、思う存分堪能したい衝動に駆られるが、そんな事してみろ。大事故になるぞ?
「っ…!ととっ…!!」
「ヴグゥゥ!?ガルルルル!!」
虎の右猫パンチを、大きく体をひねる事で躱す。
目だけは逸らさない。次の攻撃に備える為に、よく観察しないといけないからだ。
視界の端に、熊が映る。虎が俺に夢中になっているので、様子を見て援護してくれそうな感じだ。やるやん!コイツをどうにかできたら、さっきの事を水に流すのも吝かでは無い。
更に飛んで来る左猫パンチも、横に飛び退いて、転がりながら躱す。
(フハハハ!!甘い!甘いぞ!!何年、うちの猫様とやり合っていたと思うんだ!攻撃パターンなぞ、全てお見通しだぁ…!!?)
とか、調子に乗った所で失敗に気付く。俺は何故転がって避けたんだ!実家の猫様とは、サイズが違うんだぞ!?転がったりしたら、踏みつぶしていいよ☆って言ってるモノじゃないか!?
案の定、前足の両方で踏もうとしてきた。それを、間一髪で躱す。
「ちょっ…!!タンマ!!っうは!!?」
「ギャウゥ!!ガウッ!!」
何度も踏み潰そうとするので、転がって躱すが…ちょっとギリギリすぎて、余裕が無くなってきた。
そういう時に限って、ピンチになるものだ。
上手い事誘導されていたらしく、何故か虎の真下に居る。横に転がるにも、前足が邪魔で逃げるに逃げられない。
(これは…もう駄目っぽいな…。畜生…まだ生きたかったなぁ…。)
目の前には虎の口。大きく開いた口からは、涎が垂れてくる。頭からかぶりつこうって訳だな…。
口から垂れた涎が、顔にかか……くさっ!!口臭さっ!!?ちょっ…これは勘弁してよ!!!ないわー…せめて足からいってくれたらいいのに!!そしたら、臭い感じないうちに失血死しそうなのに!!
顔に涎がかからないよう、渾身の力をこめて顎を押し戻そうとする。
「く…っそぉぉ…!!」
少し閉じたが、それまでだ。油断してただけのようで、すぐに押し戻される。
そんな時、大きな衝撃が虎を襲った。
「グルァァァァァァ!!?」
「ガフゥー!!ヴルルルル…!」
熊が、後ろから思いっきり突進をかましたらしい。熊には凶悪な角があったハズ…。と、いうことは…虎のケツが心配になるわー…。
衝撃で浮く虎の体。
畳み掛けるように…ケツから角を抜き、下から掬いあげようとする熊。
これは…うまく行くかわからないが、一か八かだ。
俺は、虎の喉元を思いっきり掴み固定する。そして、巴投げの要領で腹を蹴り上げ…。
「グルァァァァァァ!!?」
━━━ポーン
「………あれ?」
大した効果はないと思っていた。かなりの体格差があったのだし、ちょっとダメージ入る位で、その隙に下から抜け出そうと思っていたのだ。
それなのに、虎は空中へ投げ出された。
「…………は?」
「ガウ……?」
「ゥゥゥゥゥ…………………」
呆気に取られる、1人と1匹。
尾を引くように小さくなっていく、虎の声。
信じられないような顔で見つめてくる熊。そんな目で見るな。こっちだって訳がわからないのだ。
い…いや!!本当に、どういう事だよこれぇぇぇぇ!?
ここまでお読みいただきありがとうございます。
訳のわからないまま、自分の力を目の当たりにした中谷さんの運命やいかに!?
と、いう所で…次回は一度幕間を挟みます。
今後ともよろしくお願いします。