1−1:ダンジョンだよ中谷さん
はじめまして。
少々バイオレンスを含んだ、笑いありの作品にできたらと思います。
楽しんでいただけたら幸いです。
異世界に行ってみたいと思った事はあるか?
俺はある。
もちろん、今流行りの異世界チート系主人公として。
大事なのは、チート能力が使えるって点だ。
せっかく異世界に行けるんだったら、無双とかハーレムとかやりたいじゃないか!!
だからな…間違っても、着の身着のまま漂流とかやめてほしい訳だよ…。
だからこそ…だ。
俺、中谷望は困惑していた。
何故って?それを聞きたいのはこっちだ。
いや、自分でも何を言っているのかわからないが、もう一度言う。
なぜこんな状況になっているのか、聞きたいのはこちらなのだ。
今、俺の目の前には1匹の熊がいる。
涎を垂らしながら、ギラギラとした目で、こちらを品定めするかの如く見つめてくるのだ。
凶悪な爪と、額に光る一本の角。
(待て待て!どういう事だこれは!?俺、今バイト終わって帰る途中だったよな!?く…熊!?いや…角があるから熊じゃない…?って…どっちにしろないわ!どういう事だよー!!?)
□□□
時は少し遡る。
俺は警備員の夜間勤務が終わり、帰路につく所だった。
もちろん、自宅とかはつかないマジもんの警備員だ。
小さい頃から親父に鍛えられながら、柔道と合気道を嗜んでいたのが幸いし、教師のツテもあってこの仕事にありつけた。
昨夜は色々と面倒事が重なり、クタクタになっている。
いつもは始発で帰れるのだが、通勤ラッシュにぶつかってしまったようだ。
人混みに流されながら、ようやく目的のホームにたどり着く。
『間もなく、…ホーム……到着致します。黄色い線の……。』
欠伸を噛み殺しながら、ぼーっと立っているとアナウンスが聞こえてきた。
どうやら、電車が到着したようだ。
ドアの開く音が聞こえ、後から思い切り押されてしまう。
転ばないように注意しつつ、電車に乗った。
いや、電車に乗ったつもりだった。
窮屈な圧迫感が消え、不思議に思い顔をあげれば密林が広がっていた。
(………why?いやいや、今電車乗ったよな?何で森の中?え?俺寝てる!?立ったまま!?これ夢か!?)
直ぐ様後ろを振り向くが、もちろん見渡す限りの緑だった。
今まで、あれだけ感じていた人の気配が無くなっている。
念の為、頬を思いっきり抓ってみる。
「いででででで!」
夢の中では痛みを感じないというが、それは嘘なんじゃないか?
いや、嘘だといってほしい。
だって、こんなにも痛みを感じるのだから…。
これではまるで、夢の中じゃないみたいではないか?
夢だと思っていたいのに、頬の痛みがソレを否定する。
いまいち現状がわからなくて、辺りを見回してみる。
木が生い茂っていて太陽等は見えないが、光源があるのか普通に明るい。
体感温度は、暑くもなく寒くもない感じで、非常に過ごしやすいと言える。
太陽もあたっていないのに、肌寒く感じないというのも不思議な感じである。
地面は土がむき出しになっている。
かと思いきや、所々にレンガっぽい石造りの道があるようだ。
(…森の中じゃないのか…?街道?にしては、木が多いような?)
とりあえず石造りの道に出ようとした所で、物凄い気配を感じ、立ち止まる。
ガサガサと、草をかき分けるような音が聞こえる。
どの方向から聞こえるのか、集中して聞き分ける。
(……なんだこの感じ…!?右の方向からだな…?)
息を殺しつつ、音が聞こえてくる方向から遠ざかろうとするが、うまく足が動かない。
隠れて様子を伺いたいのは山々だが、体が言う事をきかないのだ。
そうこうしている内に、荒々(あらあら)しい息遣いと鼻につく獣臭さを感じる。
(えっと…これは…。何か嫌な予感しかしないんだが!?これ、都会で聞こえて良い音じゃないよな!?いや、森の中に居る時点でもうアウトなんだけど!)
自然と体が震えてしまうのを、自分を抱きしめる事で抑えようとする。
今までに感じた事のない空気に、腰が抜けそうになる。
武術は嗜んでいたが、所詮人間相手だ。
野生生物と組手なんて経験、あるわけが無い。
「グルルルル……」
近い。
唸り声が聞こえ、ビクっと肩を竦める。
草木が揺れ、浅黒い巨体が見え隠れする。
チラッと見えたのは、テレビでも見た事がある姿だった。
間違っても、落し物なんぞ拾ってくれそうな気配はない。
やがて…凶悪な爪を持った熊が現れた…。
回想終了。
そして冒頭に戻る訳だ。
お読みいただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。