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隣国のリュミナリアから昨日の舞踏会へ来ていた宰相、神官長、そして妙な親近感を持ち、一夜にして心友となった魔術師が隣国へ帰還するという。
本来ならもう少し滞在してもらってもいいのだが、こちらもキドラクの正式な立太子式と私との婚約式、あちらもあちらで早急に帰還してやるべきことができたらしい。
国王の名代でキドラクと私、そしてヤツが率いる騎士団が護衛として国境の川べりまで見送りに来ていた。
「ステラ、また手紙書くね」
「サーヤも。……その、頑張って」
手に手を取り合って慰なぐさめあう私達。
周りにいる騎士達もよくよく訓練されていながらも、私達への生温かな視線だけは如実にキドラクに付き従う苦労を物語っている。
それに加え、こちらは一人でも手に負えないというのにあちらは二人。
彼女の心痛を察するほかない。
今度、胃痛に効くという薬を送ろうかしら……ってサーヤは魔術師だったわね。
しかも実力者と名高い宰相と神官長のお眼鏡に適ったほどの良質な魔力持ち。
それに異世界からやって来たというから、きっとこの世界にあるものよりも自力でなんとかしてしまいそう。
むしろ、私にも作ってくれると嬉しい。異世界の妙薬ならこのストレスフルな状況にも耐たえられるかもしれない。そして確実にリピーターになる自信がある。
「宰相殿、神官長殿、それから魔術師殿。今度直にお会いするのは我々の婚約式になるでしょうね」
「ひっ!」
やにわにキドラクに肩を抱かれ、ヤツの方へ引き寄せられる手に思わず漏れてしまう声。
まかり間違っても婚約式を控えた女が出す声ではないとは分かってる。
それでも出てしまうのだから、最早これは生理的にムリというやつだと思うのだけど。
そんな私の失態を見なかったことにするようにあちらの神官長は笑みを浮かべたままだ。
サーヤも言っていたけれど、これは確かにキドラクと同類の人種に間違いない。
彼とて自分に関係ないものは基本笑ってやり過ごす。
それが正しい処世術ではある。特に自分の発言一つで国を良くも悪くも動かす力のある王族は。
この国の上位貴族の娘である私とてそれは熟知している。
昔っからキドラクの笑みには振り回されてきたのだ。
そういえば、いつもニコニコニコニコと笑う姿を見て、もしかして人造人間なんじゃないかと馬鹿なことを思ったこともあったような。
「ふふっ。楽しみにしていますね?」
少しの間遠い記憶を探っていた私の耳に、神官長の当たり障りのない返事が入ってきてここが外交の場だと思い出した。
キドラクと一緒というのが実に気に入らないけれど、国王陛下から直々に命ぜられた任務だ。しっかりとこなさなければならない。
たとえそれが王太子妃候補として与えられた役目であっても、やるべきことはしっかりやる。
中途半端に投げ出すことは私の仕事に対するプライドが許さない。
……やっぱり、王太子妃になるという道を投げ出すこと以外は、という注釈をつけておいてもいいかしら?
「見送りいただき、ありがとうございました。ではまた、外交の場で」
「王太子殿下、あの、差し出がましいようですが……なんでもありません」
宰相の言葉に続き、恐る恐る告げたサーヤの言葉は、サーヤの方に顔をグルリと向け、意味深な笑顔を浮かべる神官長の無言の圧力によって封じ込められた。
(ごめん、なんも言えない)
(分かってる。私も言えない)
私とサーヤ、二人は目線で会話が成立していた。
本来対等にはなり得ない私達と彼ら。
無言の圧力など通常設定だった。