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 冗談じゃない!



 王宮で開かれた舞踏会に参加した貴族皆が、王宮の貸し与えられた一室で寝静まっている明け方近く。


 衣服を普段着せられているドレスから身軽な乗馬服に着替え、馬小屋に向かう一つの影。


 この国の宰相であり、サイーディル公爵の娘、ステラシアとは私のことである。




「よしよし。いい子ね?」




 馬小屋の中を覗き込み、普段遠乗り用に借りている一頭の馬を見つけ、私は駆け寄った。



 馬小屋番は……やった!いないじゃない!!


 絶好の逃走チャンス到来に、これを逃さずいられようものか。



 杭に結ばれている手綱を解き、馬を外に連れ出した。


 昨日までの婚約者だった王太子と一緒になって遠乗りをしているフリをしていたから、周りの令嬢などよりよっぽど馬に乗る機会は多いはず。大抵の令嬢は馬で移動といったら馬車がつきものだもの。


 領地でもお父様の視察について回る時はいつも馬だから、馬の扱いにはそれなりに慣れている。



 これでこんな所からはさっさとおさらばね。


 これからは、私のめくるめく領地経営の夢が始まるのよ!




「こんなところにいたんだ。私の婚約者殿は」




 馬小屋に置いてあった(くら)あぶみを装着し、片足をかけて馬にまたがろうとした時、悪魔の声が間近で聞こえた。


 いや、間近なんてもんじゃない。すぐ背後。


 恐る恐る振り返ると、満面の笑みを浮かべた私の今の婚約者にして第二王子、そして現王太子・キドラクの姿があった。



 あいっかわらず何を考えているか分からない笑みを浮かべるこの男と私、そして元王太子にしてこの男に取って代わられた第一王子は幼馴染みという間柄になる。


 世の中の令嬢であれば、喉から手が出るほど羨むらしいこの立ち位置。


 私にしてみれば、まったく微塵も、欠片も、毛の一本ほども理解ができない。あれこれ制約の多い貴族の令嬢なのに、なぜ好き好んでさらに自らに制約を課すのだろうか。



 第一王子はまだいい。他に寵姫がいて、そちらにばかり目がいっている。王子妃にするには少々身分が低い男爵家出身だけど、これには抜け穴もある。その寵姫自身がより上位の家の養子になればいい。貴族というのはおかしなもので、出自を重んじておきながら結局は何かしらやらかす時の身分が大事なのだ。


 まぁ、その寵姫のおかげでここ何年間かは私も好きにできた。まだ幼いころから王妃様が嬉々として誘ってくる王太子妃、ひいては王妃修行も、この国で最高の地位にある女性から得られる知識ならばと思って歯を食いしばってやり抜いた結果、お父様からもある程度の自由は認められている。


 私にとってみれば寵姫さま、ありがとう状態だ。



 他の令嬢達は事あるごとに私に彼らのことを言ってくるけど、なぁんにも問題じゃない。むしろ、グッジョブだ、もっとやれ、と声高にして叫びたかった。


 お父様の手前、そんなことは口に出さなかったけど。



 しかし、コイツは違う。


 第二王子にして、騎士団長。


 武に秀で、二十歳にもならないその若さで騎士団員全てをまとめ上げる故に脳筋かと思えば決してそうじゃない。


 むしろ、生まれた順番が逆であれば、この国は歴代最高の王太子、国王をすんなりとした経路で迎えることができただろう。


 私だって、一応臣下として忠実に仕えるつもりだ。




「どこに行くつもりかは知らないけど、私、逃げ出すものは追いたくなるんだよなぁ。だって楽しいだろう?自らの敗北を感じて逃げ出す様を見るのも、最善かつ最短でじわじわと囲いに追い詰める手段を考えるのも」




 このとんでもない性格を改善する気があるのであれば。


 ……無理だろうが。



 いや、改善どうこうの話ではなく、ヤツのこれは不治の病と同じ。


 隣国のリュミナリアにもそれはそれは腹のドス黒い神官長がいると聞いてるけど、ヤツのソレとどちらが黒いだろう?


 ……いや、不毛な考えかもしれない。正解は甲乙つけがたいと私の心友なら言うだろう。




「どうしたの?行かないの?行ってもいいのに。逃がさないけど」

「……あのね、私、前から言ってると思うけど、領主代行をしてる方が性に合ってるの。分かるでしょう?」

「そうだね。君は身体を動かしている方が合ってる」

「だったら、なんでこんなことになってるの。私は王太子と婚約破棄。王太子は寵姫と結ばれ、私は領地に戻ってお父様の代わりに領地経営に乗り出す。みんなハッピーエンドじゃない。それがどうしてあなたと婚約の結び直しになってんのよ!そもそも、もっとあの寵姫の教育しときなさいよ!!なによ、アレ!国王陛下も王妃殿下もそりゃあ扱いに困るはずよ!しかも隣国のリュミナリアの神官長と宰相が名代で来ている目の前で私との婚約破棄を企てるなんて!国の顔に泥を塗る気!?」




 ……いけない。話が脱線してた。いつのまにか、別の話になってるし。



 一応、ヤツは腐ってもこの国の第二王子で、昨日からは王太子殿下となった身だ。


 とりあえず謝っておこう……って、なによ、その笑みは。



 肉食獣が獲物を見つけた時の心情を思わせる嬉し気な笑みを浮かべたヤツの口角は憎たらしいほど上がっている。


 こんな表情をしてる時は大抵良からぬことを考えている時だ。




「……なに?その笑みは」

「いやぁ?私、自分が思っているよりも結構君のこと好きだったんだなぁって思って」




 私の背筋を何か冷たいものがつたい落ちた。


 くらにかけていた手を引っ張られ、体勢を崩した私の耳元にヤツは口を近づける。




「本当に逃がしてあげる気、なくなっちゃた」




 低く甘い声に、黄色い悲鳴を上げるどころか、私の全身から血の気がサアッと一瞬で引いて行った。



 私が一瞬抵抗を止めたのをヤツが見逃すはずがなかった。



 しめたものとばかりに私の身体を抱き上げ、あろうことか肩にかついだ。




「ちょっ!これっ!」




 別に横抱きで運んで欲しかったわけじゃないけど、令嬢を、しかも貴族の令嬢の中でもトップの家柄を誇る公爵令嬢を俵担ぎにするのはいかがなものか。



 しかも、慣れていないせいか、結構、その……怖い。


 顔面から地面に落とされそうで。




「ほらほら、ちゃんと抱き着いておかないと地面に落とすよ?」

「落とす!?ちょ、やっぱり今、落とすって言った!?」




 コイツならやりかねない!!むしろ嬉々としてやる!



 私のこの男に対しての信頼値なんて底辺どころか底辺突き破ってマイナスまでいっている。


 そんな男にいつまでも大事な身体を預けておくなんて危険行為極まりない。




「下ろしなさいよ!」

「ダメダメ。だって、君、今、すっごくイヤだろう?」

「え?当たり前じゃない」

「だから私はすごく気分がいいんだ。このまま君の部屋まで連れて行こう。王宮の中では侍女達はもう仕事をしているだろうから、どんな目で見られるだろうね?」

「……下ろして」

「え?」

「下ろしてってば!!」

「聞こえないなぁ。しかも君、見た目に反して意外と胸あるね」




 いっぺん死んでくれたらいいのにと、軽く殺意を覚えた瞬間だった。




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