敗北の後の話
「う……ううん。う。」
「あっ、起きた?」
「ここは?」
「まだ洞窟。もう少しです出られると思うんだけど。」
イリスはそう語るマコトの背中の上で目を覚ました。
マコトはイリスをおぶって洞窟の来た道を戻っていたのだ。
「そう…………あいつは?」
「突然いなくなった。…………今日は話に来ただけだからって。」
マコトは事実だけ眈々と伝えた。
イリスは意識は戻ったがまだ力が入らないのか手はまだだらんと垂れ下がったままであった。
「…………私達負けたんだね。あいつに。」
「そうだね。それもあっけく。」
マコトは歩みを止めることなく語った。
マコトもイリスほどではないが疲労はあるし体の痛みもあった。
しかしマコトは決してその事を言わず歩みを止めなかった。
「…………悔しいな。手も足も出なかった。」
「…………俺も見てることしか出来なかった……」
やっと手に力が戻って来たのか、イリスが右手で握り拳を作った。
「あれだけ、…………あれだけ憎くて……本気で殺してやりたいと思ったのに…………ダメだった……」
「………………」
今度はイリスの左手がマコトの服を強く掴んだ。
マコトはそれに対して何も言わなかった。
「私はあの時、あいつの言葉を否定した。あの声は父では無いって言った。でも、本当は分かってたんだよ。あれは父の声そのものだって。」
「……やっぱりそうなんだ。」
マコトはあの時イリスは否定したがそうなんじゃないかと思っていた。
カタラはイリスのお父さん、ヴェスタ公国の王様であるヴェスタ=ロイスの魂に乗り移っていた。
どうやったかは分からないが自分の体の代わりとして使い生きていたのだ。
「私は自分の中の父がそんな事になっているのも気が付かなかった。あの時少しでも疑問を持っていれば父は死ななくても済んだのかも……」
イリスの目から大粒の涙がこぼれた。
彼女の両手がマコトの両肩を掴んだ。
「最後に…………死ぬ前に父が私に『呪いを終わらせてくれ』って言ったのも本当はそれに気付いてて私に教えたかったのかも…………でも、私にはその時に気付くことは出来なかった。私が気付きさえすれば…………」
「…………」
イリスの涙は止まることなく流れた。
その間もマコトは無言のままだった。
「結局はあいつの手のひらの上だった…………これからも勝てやしない。…………私は無力よ……」
「それは違うよ。」
マコトはハッキリと否定した。
今だに暗い洞窟の中を歩くマコトの足取りは重く、ペースも早くない。
しかし、その足は確かに外へと向かっていた。
そのマコトが放つ言葉は力強かった。
「確かに、俺もイリスもあいつの手のひらの上だったけど、君は少なくとも俺を救った。そんな君は無力じゃない。」
「…………でも、私はあいつに勝てる力はない……それが分かっただけでも十分。勝てない私は死んだも同じ。」
「生きてるよ。」
マコトはイリスの言葉を再度真っ向から否定した。
本当の過去。
実力差。
イリスが今まで信じてきたものを全て否定し、どん底にある彼女をマコトは再度否定した。
「今のイリスは間違ってる。君は死んでなんかいない。」
「だって私は!…………」
「少なくとも!…………少なくとも今はまだ死んでないよ。俺は今、イリスの生きてる暖かさと重さを感じてる。それは生きてる事の証明だ。確かに終わった過去は悔やんでも悔やみきれない。けど今からはどうにでもなる。強くなれる。一人で勝てないなら仲間を増やせばいい。やれることはある。生きている限り。」
「…………生きてる。」
マコトの言葉はイリスに染み込むように入っていった。
自分が否定していただけでイリスも同じように感じていた。
マコトの背中から感じ取れる暖かさを。
同じく生きているという証明を。
「…………俺はイリスがカタラにやられた時、本当に怖かった。イリスが死んだらどうしようと思った。でも生きててくれてた。その時思った。イリスには生きてて欲しいって。何があっても。だから自分から死ぬなんて生きてる限りは言って欲しくない。」
「……マコト。」
「だからさ。今は二人で強くなろう。これからを生きるために。それが今俺たちに出来ることじゃないか?」
二人が歩く先に光が見えた。
外の灯りだった。
もう夜が明けていたようだった。
マコトは歩みを止めずに真っ直ぐ先を見たまま歩いた。
「ふふっ。」
「……何だよ?急に笑って。」
「分かった。頑張って生きるよ。そして強くなる。あいつに勝つために。だから手伝ってね。」
イリスは両手をマコトの首もとにぐるりと回して耳許でそうささやいた。
マコトは予想外の攻撃にドキドキした。
「お、おう。」
マコトが返事をするとイリスはまたくすくすと笑った。
「ふふっ。後もう一つだけ…………私が今重いのは鎧のせいだからね。そこだけは勘違いしないでね。」
「あ、ああ。鎧ね。そうだね。」
「うんうん。」
イリスの本気なのか冗談なのか分からない一言にマコトは返事を濁して答えた。
イリスはマコトの返事に満足げだったのでマコトはそのまま流すことにした。
「てゆーか、そこまで言えるくらい元気なら歩く?重…………くはないけど、俺もボロボロだし。」
「ダーメ。私はもっとボロボロだからこのまま。」
「そんな…………理不尽な。」
復活したイリスは完全に元の調子に戻っていた。
「おっ!外だ。」
「やっとだね。」
「…………歩いたのは俺だけどな。」
外は入ってきた時とは日が出てきたせいか風景が違って見えた。
山の斜面にいた二人からはちょうど登ってくる朝日が二人を照らした。
「おーい。二人ともー」
二人に何処からともなく声がした。
聞き覚えのある声だった。
「おっ!リブレじゃん。おーい。」
斜面の下からリブレが元気に登ってきた。
どうやら無事だったようだった。
リブレも落石の後を戻ったせいか全身汚れていて所々血が滲んでいた。
「お前大丈夫だったか?随分土だらけだな…………それに頬とか血が出てるけど大丈夫か?」
「ん?あたしは全然平気だよ。でも、良かった。二人とも無事みたいたね………どうしたの?お姉さん。」
リブレは背負われたイリスを心配して声をかけた。
イリスは心配されているのに気付きマコトの背中から降りた。
「ちょっと疲れただけ。もう大丈夫よ。マコトが心配性だったから気を使ったのよ。」
明らかに分かる空元気を振り撒いたイリスはマコトの背中を二回叩いた。
「ありがとね。マコト。」
「いてっ、いてっ!俺も怪我人なんだぞ。一応。」
「あははは。」
マコトはわざとらしく大袈裟に振る舞ってその場に笑いが起きた。
イリスはその後は普通に歩けるようで自力で歩いていた。
「所で敵は?」
リブレが二人に聞いた。
それに対してマコトが首を横に振った。
「逃げられたよ。でも、もうナチューロには手を出さないってさ。」
「本当?流石は二人だね。」
マコトはリブレには嘘をつくことにした。
無論余計な心配をさせないためだ。
イリスの方もこれをいち早く察知していて…………
「そ、そうね。私の方が戦う場が多くて大変だったけとね。」
「そっかー。お兄さんはもっと稽古しないとね。」
「まあ、そうだな。脱非戦闘員だな。」
そんのことを言いながら三人はコルツさんへの報告もあるのでひとまずナチューロに帰ることにした。
次回で一章終了です。(予定)
最初から読んでくれた方々ありがとうございます。
良かったらどんな感じだったか。
点数でもいいので採点してくれると参考になってありがたいです、
因みにこの話は二章へと続きます。(伏線何個か作ったし。)




